冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して18年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

泣ける本

2014年12月15日 | 読書
子どもの本って、意外と泣ける本が多い。
最近はすっかり遠ざかっているが、子どもが小さかった頃は、読み聞かせをしたものだ。
そんな中、読みながらこっちが泣けちゃうという本も何冊かある。
ところが、子どもは全然泣きもしない。子ども向けだけど、大人になって読み返すと、新たな発見がある本は多い。大人はいろいろな(いいことも悪いことも)経験を積んできているので、自分の通ってきた人生を振り返ったり、などなどといったことから、本に対する理解が深まっているのかもしれない。

あくまで私が読んだことのある本の中から泣けちゃう本を挙げてみる。

100万回いきたねこ
舞台化されたりと、有名な作品ですね。百万回生まれ変わってきた猫は自分のことだけが大好きで大事だったのだけど、最後に自分より大好きな相手と出会うことでもう生まれ変わることはなかった、という話。
大切に出来る相手がいるという喜び、大切に思ってきた相手が死んでしまったときの苦しみ、こうした経験を経ることが実は人生にとって大切な必要なことなんだなぁ、と思う。

きつねのでんわボックス
大切な我が子を亡くしたきつねの母親が、お母さんが病気で入院している先に毎晩のように公衆電話から電話をかける男の子に出会う。いつしか男の子が自分の子どものように思えてくる。
そのうち電話ボックスが取り外されることになり、男の子のために電話ボックスになったきつねは、生きる希望を見出していく、という話。
もう、これは読み聞かせ不可能です。泣いちゃうから。
きつねと子ぎつねの幸せな日々の描写からしてすでに泣けそうだし、死んじゃうところでさらに涙ボロボロ。
最後に、電話ボックスになったきつねが自分の中に暖かい光がともるように感じ、心の傷が癒されていく様子でもまたウルウル・・

次2冊は英語版でしか読んだことがないが、どっちも泣けます。

Love you forever
作者はカナダ人。もう昔からあって有名な作品。息子が赤ちゃんの時から成人するまで、お母さんはいつでも「ずっと大好きだよ」と言い続ける。いたずらいろいろされても、わけのわからんティーンエイジャーになっても、反抗的になっても、お母さんと離れて暮らすようになっても、お母さんは息子に「ずっと大好き」とこっそり寝ているときに伝える。そのうちお母さんは年老いて今度は息子がお母さんを抱きかかえて「ずっと大好きだよ」と伝える。なにがあっても親にとって子どもはずっと大切な大切な存在であること、どの親にも共感できることに違いない。書店で立ち読み禁止、泣いちゃうからね。

The Giving Tree
日本語訳「おおきな木」というのが出ているらしいが、私は英語版のみ読んだことアリ。
号泣しちゃうほどではなく、うるっとしちゃう程度ではあるが。
本の裏側に作者の顔写真がでっかく載っているのだけどそれがちょっと怖い・・それはさておき。
少年がいつも一緒に時を過ごした大きな木、少年が成長するにつれ、木のことは忘れていく。人生につまずくたびに木のところへ行くと、木は実をさしだし、枝をさしだし、幹もさしだす。最後には切り株だけになってしまうが、ここに座って休みなさい、と最後まで自信を与え続ける。
木のほうは少年からなにかを期待することはなくただひたすらに与え続ける。キリスト教的観念も入っているなぁ、と感じる。見返りを求めないで与え続けること、それはとても難しい。あなたにはできますか?と問われているようであり、(そして私の答えは「ちょっと無理かも・・・」であったりするのだが)いろいろと考えさせられる一冊。子どもも大きくなったら再読すべき本だと思う。

泣けちゃう本ではなくても、大人になってから読むとあらためて面白いなぁと思えるものや、意外な発見をできる子ども向け本はいっぱいある。そんなわけで我が家の子どもの本はいつまでも処分されることなく残されている。

さて、年末年始、日本にて過ごします。
ブログはしばらくお休み。
読んでくださった方、どうもありがとうございます。
どうぞ、良いお年をお迎えください!



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子どもの病院

2014年12月13日 | 子ども・家族
息子がいきなりお腹が痛いと言い出した。
しばらく様子を見たら治まるかなぁと思っていたが、あんまり痛がるので、クリニックへ連れていくことにした。
ファミリードクターに連絡したら、午後1時なら空いているというのだが、その前に見てもらいたい・・・ということで、ウォークインクリニックへ行くことにした。実は、このウォークインのほうがうちからも近いので行くのは楽である。
子ども向けウォークインもあるという便利なところだが、息子はもう子ども向けでなくてもいいだろうと普通のほうへ連れていく。

それほど長い時間待つこともなく診察をしてもらえた。すると盲腸かも?と言われた。実は私ももしかして?とおもってネットで調べたら、ちょっと症状が似ているようなので言われた時は、「やっぱり?」と思った。ただ、もしそうだとしたら困るなぁ・・・という思いも錯綜する。

お医者さんが言うには、エマージェンシー(救急病棟)へ行った方がいいという。それもチルドレンズホスピタルという子ども専門の病院がいいという。エマージェンシーはいいとしても自分のうちから近いほうへ行ったらだめかな、と聞くと、やっぱり11歳だとまだ子ども、専門のところへ行く方が安心だよ、という。
チルドレンズは結構遠いし、場所もおぼろげに覚えている程度。外はざーざー雨が降っているし・・大丈夫かな。
しかしどうこういっているひまはない。そのままチルドレンズへ向かった。

車の中で息子は「いたい!いたい!」と大騒ぎ。さらに「吐きそう」とげろげろ~~。
仕方ない事態とはいえ、騒ぐ子供を後ろに乗せ更に臭い車内という状況の中、あまり知らない道で車を走らせるのは結構つらかったっす。
でも母は頑張った。無事にチルドレンズに到着。が、しかし!駐車スペースが全然見つからない。ぐるぐる回って探すも1つもスペースなし。え~~ん(泣)。確かにここの駐車場はいつも混んでいるのは知っていたけど・・・
どうしよう・・・と途方に暮れたとき、「Valet Parking」の文字が目に入った。これはレストランとかホテルなんかによくある、店の前に乗り付けてるとスタッフが車を駐車場に運んでくれるというサービス。もう、これを使うしかない!と思い、そこにいたひょろりとしたなんか茫洋なお兄ちゃんにお願いする。「すみません・・車の中、臭いです。よろしく・・・」と。

ちょうどエマージェンシーの目の前だったので、とても助かった。
中に入り受付してもらうまで15分くらい待ち、受付が終わってから待つこと約3時間。エマージェンシーとはいっても待ち時間は3時間~4時間は当たり前。ものすごく緊急性の高い患者は先に回されるが。
それにしても、子ども専門の病院というのは、悲しい気分になる。
治療室に入った子どもの泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
まだ赤ちゃんという感じの子をストレッチャーに乗せて、救急隊員が中に入ってきた。受付の人との話がちょっと聞こえてきたところからすると、どうも自動車事故に遭った感じ・・・・
目を真っ赤にしていまにも泣き出しそうなのをこらえているお母さんがいて、お子さんは大丈夫なんだろうか・・・と他人のことながら胸が痛くなる。

やっと息子が呼ばれて治療室に入る。お医者さんも盲腸を疑っているようだが、症状がばっちりそろっているというわけでもなく、判断が難しそう。それに痛みもだんだんおさまっているようだ。
このまま帰って様子を見てもいいけど、いちおうIVして血液検査をしてもいいし・・と言われた。それで検査をお願いする。すると看護師さんがいろんなものを載せたカートを押して2人登場。血液を取りIVを取り付けるために手首周辺に針を刺すが、うまく入らない。手の甲にうつってトライするがまたダメ。そのたびに痛い思いをして「まだやるの?!」と息子。左手の方に変えて、ようやくうまくできた・・・
IV(点滴)なんて大人でも痛いのに(私も一度経験している)3回も刺されてさすがにかわいそうだった。

採血しIVをとりつけ、「1時間くらいね」と言われる。ながいなぁ・・・
その間に血液検査をするという。
途中、トイレに行きたいと息子が言い出した。そこで、IVの器機をカラカラおしながらトイレへ。なんか病人みたいだ・・・
痛みはほとんどなくなってきていて、お医者さんがいうには、疑いが完全に晴れたわけではないのだが、血液検査の結果も良好で大丈夫そうだから帰っても良いとのこと。そのすっきりしない診断に不安もいだくのだけど。
また痛くなったら来てください、って・・・大丈夫なのかな。

ともかく治療は終わってみなさんにお礼を言ってエマージェンシーを出たのは、治療が始まってから3時間後。
いやはやほんとに長い一日だった。
帰りはもう真っ暗な中、相変わらず雨はザーザー降っている。車の中は臭いが、いちおう息子の痛みも治まってちょっとひと安心。ほんとに大丈夫なのか不安なままではあるけど。
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都会で買い物

2014年12月04日 | 生活
日本に行くにあたり、ちょっとしたお土産などを買って帰る。
正直なところ、日本のものはいいものが多く、カナダのこれ!といったものがなかなかないのが悩み。
とくに毎年のように帰っていると、買って帰るものもだんだんネタ切れになっていく。

一方、毎年帰ると日本側からはリクエストを頂くこともありそのほうが助かったりする。
選ぶ必要がなくなるのでね。
私の実家の場合、メープルシロップ、ジャムなどいくつかリクエスト商品がある。それならどこで買えばいいかわかっているのでそこに行けばよいだけ。

ただ、いくつかの商品はあの場所のあの店、に行かないとない、ということがあり、そのために私はこの間バスとスカイトレインを乗り継いで都会に買い物に出かけた。
もっともその界隈は私は結構好きなところなので出かけていくのは構わない。とはいえ年に1~2回くらいしか出向くことはないのだが。そこに行かなくても日常の買い物は近所で事足りるので、特別な買い物以外出向かないからだ。

先週金曜日の夜、突如として降り出した雪がうっすらとつもった。土日だったから子どもの学校の送り迎えもないのでまだ良かった。サッカーも雪が降ったらお手上げ、試合は中止となった。
雪は金曜日の夜しか降らなかったようだが(その後もちょっとちらついた時もあったようだけど降ったうちにはいらず)、気温が低い日が続き、天気が良くなっても雪はなかなか溶けない。
雪の後は、私はなるべくバスが通るような大きな道を選んで走るようにする。そういう道は交通量も多いし、除雪も早くに入るので安全なことが多いのだ。一方、脇道それるとちょっとすべりやすかったりするので注意が必要。
運転せずに済むならそれにこしたことはないが、どうしても必要になってくるのが厄介だ。

うちのあたりはまだまだ溶けない雪が結構残っている。
さて、都会へ出向いたらまぁびっくり、全然雪がない。ここらへんは降らなかったの?って思うほど。
さすが都会だなぁ、と感心してしまった。
うちからバスとスカイトレインで1時間弱ってところでこんなに違いがでるんだ。

そして目指す店で目指す商品を探したが、ない!
棚に並んでなければ、ほとんど決定的に在庫もないのがカナダの常だが、わらにもすがる思いで店員さんにも聞いてみる。いちおう在庫確認してくれた店員さんは「ごめんね、売り切れだ」。
がーん、その商品のためにここまで来たのに。ここにしかないからここにきたわけなのだから。
たまたまその商品がセールになっていたらしく売り切れてしまっていたようだ。
しばし呆然としていたが、どうにもならない。
また改めて買いに来るつもりはない。それに日本へ出発まであと2週間ほどのそのあいだに在庫がまた入るという可能性はかなりかなり低い。
だからまた来てみるだけ無駄だろう、と思う。
今回は泣く泣くあきらめる・・・・しくしく

そんながっかりがあった一方、他のほしいと思っていた商品は手に入ったし、ふらっと入った店でビーニーを買ったら、レジで4割引きくらいの値段になっていて「え!セールになってたんだ~!」と喜んだ。店員さんまで「あら、ほんとだ。セールになってたね」などと言っている。商品のタグにセール価格なんて書かれてなかったから。
お得な気分でホクホク・・・
ちなみに、ビーニーとは。ニット帽なのであるが、娘の説明によると、トゥークというのは頭の形にぴったりしたニット帽で、ビーニーは頭のてっぺん部分が少し余ってぺたんと後ろに倒れている感じになるもの。
娘がそういうのを買ってきてかぶっていたのを見て私も欲しくなったのだ。
そういや、最近はそれかぶっている人を多く見るのよね。

ところでこの界隈にて、確か去年も12月初めごろに買い物に来た時にもいた、不思議なおじさんにこの日も遭遇した。小柄な中年おじさんなのだが、道を歩きながら、大声で歌っているのだ。
歌っているのはクリスマス近いのでクリスマスソングなのだが、どうも言語はドイツ語っぽい。
なかなかうまい歌声で、朗々と気持ちよさそ~うに歌っている。
滅多にいかない場所でまた見かけるとは、このおじさんはしょっちゅうこのあたりを歌いながら歩いているに違いない。
都会にはいろんな人がいる・・・

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涙もろい・・

2014年12月01日 | 生活
若かりし頃、初めて就職した先で、先輩にきっつーいことを言われて思わず涙・・・といった経験をしたこともある。年を重ねるにつれ、面の皮もかなり厚くなり、そういうことではまず泣くことはなくなった。(そりゃそうだ)
いまだと、仕事場で理不尽な思いをしたとしても泣くことはなく、怒るってことになる。

しかし違ったところで涙もろくなってきたと思う。これもまた年のせいなのだろうか。

たとえば感動する物語とか映画とかでうるっとするようになってきた。
特に子どもと動物系に弱い。
また、こんなことでなぜうるっとするのか?!と自分でもわからないけど、
子どもが発表会などとかで一生懸命だしものをしている姿とかでもうるっとしてしまう。

この前は4D映画で子どもが北極にいく電車に乗って出かけ、そこでサンタクロースに会う、という話を見たのだが、子どもがわくわくしているところ、美しい光景、サンタさんとの出会いなど見ているだけで、涙が浮かんでしまった。自分でもなんでこういうことでうるうるしてしまうのかよく分らないんだけど。

クリスマス、というと、昔日本に住んでいたころは、むしろ恋人たちのもの、といったイメージだった。
小さい頃は家でクリスマスパーティーなんてのをしてもらったけど、大きくなったら関係なくなったし、どっちかというと誰と過ごすかが問題(彼氏がいるかどうかが問題)だったわけで。
それが、こちらに住むようになってからはクリスマスというものは家族で過ごす大事な時であり、多くの人にとって心に残る思いでが詰まった時期でもあるということに気が付く。また、クリスマスという時期には、シェアする、与えるといったことの大切さを学ぶときでもあるということも分ってきた。
そんなわけで、クリスマスのノスタルジーというものが確かに多くの人の心に存在していることを感じる。
息子が10歳くらいの時、クリスマスというと、胸がキューっとなるような感じがするんだと言っていた。
すでにこれくらいでも、クリスマスのノスタルジーを感じるんだなぁ、と思ったもんだ。

私はこちらで生まれ育っていないので、やっぱりクリスマスの特別な感じはあまり心に宿っていない。ただ、そういうものが空気の中にあるってことを感じることができるようになってきた、それだけの年数を過ごしてきたんだな、と思う。
数年前から、日本にクリスマスとお正月の時期に帰っているのだが、カナダにいるとお正月の情緒ってのがなくって、なんだかなぁ、と思っていたが、日本のクリスマスというのも情緒がないなぁ、と初めて気がついた。

話はそれたが、ちょっとしたことでうるっときちゃうのは、時に恥ずかしい思いをするので困る。
上にあげた映画だって他の人はうるっとしてないので(別に感動物語でもないし)、私だけうるうるしているのも変だ。
自分でもどうしてうるうるなのか説明ができないから余計厄介。

どうしてこんなに簡単にうるうるしてまう涙腺になってしまったのやら。
年を取るのも困るなぁという側面の一つなのだなぁ。

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