冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して18年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

トーナメント

2013年02月26日 | 子ども・家族
なんだか知らないうちに、娘のサッカーチームはトーナメントのようなものに参加することになったようだ。
どうもこういうののシステムが分かってないんだけど、確か去年か一昨年にコーチから「トーナメントに出場したいがそのためには出場を希望するかを聞かなくてはならないので、お返事ください」と連絡があった。結局、人数が集まらなかったらしくお流れになった。確かその時は、出場するのに多少お金を払う必要があって、それがちょっとね・・と思う人もいたのかもしれない。(ちなみにうちは出場を希望していましたが)

今回のトーナメントはそういうお知らせはなし、お金も払っていないので、また違うシステムなんだろうか・・?
で、よく分からないのである。そもそもトーナメントを誰がまとめているのかとか全然わからなくて、ただコーチから今度の日曜日の試合からトーナメント始まるから、と言われたのみ。
だから、私としてはいつもの日曜日の試合とあまり変わらないが、その延長線上という感じで捉えている。

さて、トーナメントは勝ち抜き戦らしい。勝っている限り次がある、つまり負けたらその時点で終わりってことだ。
それがこ24日日曜日から始まった。
おそらく、それぞれのチームの勝率みたいなものを提出していて力の差があまりなさそうな組み合わせから始まっているだろうとは思う。
しかし、娘のチームは弱い・・・6対0なんていう点差のすごい負けっぷりも喫している。勝ったのは多分2~3回だけ、引き分けで終わると喜んじゃうというような感じだった。
なので、娘には言わないが私もだんなも「てことは、この日曜日でサッカー、終わるな・・」と思ったわけである。
もともとサッカーは3月半ばでなのであるが、ちょっと早めに終わるね、みたいな。

娘はなんだかプレッシャーを感じてたみたいだ。大抵後半でゴールキーパーをするのだが、「とめられなかったらどうしよう、それで負けが決まったらどうしよう・・・」と緊張するみたい。
大体において、なんでゴーリーなどやるんだ?というのが私の気持ちである。点を入れられるのはゴーリーだけのせいではない、チームスポーツなんだからそれは当たり前である。とはいえ、やっぱりゴーリーは責任が重いと思う。だから、私からするとどうしてそれをやると希望するのか分からない、のである。私なんて責任が軽いところを絶対選ぶ。
ま、そんなことをあれこれいってもしょうがない。もともとすっごい強いチームでもないんだから、気張ることもないのだ。

さて日曜日、あさから雨降りだ。ざーざー降っているが、もちろん中止にはならない。
場所が今までになく遠くて車で30分以上かかった。
ものすごく広いフィールドにいろんなチームがいて試合がおこなわれていた。
さすがにトーナメントともなると「雨だから」と休ませる人は少なかったみたい。ほとんど全員がやってきていた。人がそろっているほうが交代要員がいる点で大いに助かる。

試合もやはりいつも以上に盛り上がった。前半に娘のチームが1点入れてこちら側は一気に盛り上がった。
雨が降り続く中、見ている私たちも大変ではあるが、さすが今回は親たちも気合が入っている。
うちだって家族全員で来たもんね。(犬も。でも大雨だったのでちょっと散歩させたあとに車に入れておいたが)
後半になって娘がゴーリーとして入る時「どきどきする~~~」と緊張気味だったので、「心配するな、あなたひとりで守っているんじゃないだから、ディフェンダーもついているし!」と言っておく。
後半にも娘のチームは1点得点を挙げた。後半はもう両陣営応援の声がすごい!雨の中観戦は大変だったけど、雰囲気は楽しかった。

なんと信じられないことに、娘のチームが2対0で勝利し、来週もまた試合に出られるということになった。
「まさか思ってもなかったわ」というセリフは心の中に押し込めておいたが。
1勝したし、もう来週は負けても、ま、いいか!とか、ほんと私って志、低いですな。
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お休みばかりの2月

2013年02月23日 | 子ども・家族
この2月は学校が休みのときが多くて、なんだかだらけてしまった。
休みでなくても、スキーで終日出かけて授業がないというのもあったし。

まず2月の初めの週はスキーの日が金曜日にあった。4年生から7年生が対象で希望者のみ、とはいえおそらくほとんどの子は行くので残った子は他のクラスと合同になって授業を受けたりする。(担任の先生もスキー引率に行くクラスもあるので)
毎年この時期に3回くらいおこなわれ、大きなバスをチャーターしてウィスラーまで行くのである。
ウィスラーはここから2時間くらい。そんな遠くに行かなくてももっと近場で30分くらいでいけるスキー場もあるのになぁ、と思うのだが、ともかくこの学校ではウィスラーに行くのである。
スキー場の規模としてはウィスラーが近場のところよりは大きくて楽しいとは思うが。

娘は7年生でいよいよ今回が最後のスキートリップとなる。「最後かあ・・」と残念そう。
息子は4年生で今年いよいよ初めてのスキートリップだ。
私は2人ともいってくれるので助かるので嬉しい。今までは朝6時に娘を学校に送り、家に戻って、息子を通常の学校の時間である9時前に連れて行く、帰りも同じように2回に分けて迎えに行くのが面倒だった。(たった3回のことですが)

スキーの日は終日つぶれるので授業は当然ない。さらにその週末が終わった月曜日がプロDデーときた。
これは先生たちの研修日ってことで、生徒は学校に行かない。年間で6日くらいこのプロDがある。
そしてこの週の終わりの金曜日はまたスキーだ。
さらに!週があけて月曜日は新しく出来たBC州の祝日、ファミリーデーが。
ファミリーデーはすでに実施している州もあるがなぜか翌週の月曜日。BCだけがこの州に設定している。
ともかく、今年から出来た新しい祝日。別に何もしませんでしたが。
そんなわけで、2週間続けて学校で勉強するのが週に3日だけってことになった。
もちろん、子どもは大喜びだ。

それから少し過ぎてこの金曜日22日も再びプロDデー。なんでひとつきに2回あるんだ?!
ともかくこのプロDのおかげで週末は3連休となった。
2月4週間あるうちの3週間は4連休か3連休となったわけで、「勉強しろよ~」といいたくなる。

そういいつつも、学校がなければ朝早くおきてお弁当を作ったり、子どもの学校の送り迎えがなくて楽でもあるのだ。(スキーの日はお弁当も作って送り迎えもあるけどね)
だから私のほうもなんだかだらけてしまう。

まあ、3月入ったら3週目は春休み。あっというまになってしまいそうだよね。
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ペニーがなくなる

2013年02月20日 | 生活
カナダのお金の一番小さい単位は、1ペンス、愛称はペニーである。
まあ日本でいうなら1円硬貨みたいなものである。
そのペニーを廃止するということになった。
2月3日をもって、カナダの造幣局はペニーを市場に出さないし、製造もしない。
市場に出回っているペニーはだんだんと回収していく、ということ。
まったくなくなるにはかなり時間がかかるとは思う。

ペニーがなくなるということで、支払いに変化が現れる。
つまり、5セント以外の金額をどうするかということ。四捨五入、というわけではなくて、近い数字にされてしまうようだ。例えば、2.02ドルなら、2.00ドルとなり、2.04ドルなら2.05になるらしい。
これは現金支払いのときに適用されるらしい、ということは、デビットカードやクレジットの場合は、2.02ドルならそのままということになるってこと。

で、私がここで疑問に思っているのは、例えば、支払い金額が10.06ドルだったとする。現金で支払うなら10.05となるだろうが、クレジットカードでなら10.06となるだろう。じゃあ、1セント得するためなら現金で払えばいいってことになるのかな・・・
でもレジの人が、10.05って言ったときには、それが10.04だったからなのか10.06だったからなのか、はたまた10.50だったからなのかは、暗算が得意な人でもなければすぐには思いつかないだろう。
そうすると、たとえば、一年間の買い物を通してトータルで得をしたかソンをしたか、どっちに傾くことになるのだろうか・・・?などなど、埒の明かないことを考えてみる。

さらに、ややこしいと思うのは、数年前に導入されたHSTという税金が廃止されて、もう少しすると前に使っていたGSTとPSTという2本立てシステムに戻ること。この2本立てシステムになると税金計算がもっとややこしくなる。HSTなら12%と、計算できるのだが、GST5%にPST7%(だったっけ?!忘れてしまった)とか、PSTがかからないもの、とかあれこれ複雑。
もうこうなると、ペニーの繰上げ、切捨てなどは何がなにやらになるだろう。もっとも1セントを巡って得も損もそれほどのものでもないんだろうが。

ペニーがなくなるのは、簡単に言えば、役立たずだからということである。
こんな細かいのはなくてもよろしい。ということだ。インフレ傾向か?!
最近は現金よりもカードで買い物をする人が多いという点からも、このような細かいお金はいらなくなってきているというのも確かである。
うちのだんななんか、現金で買い物をしてお釣りをざらざらっとポケットに突っ込み、それを小銭の入ったビンとかにざらざらっといれて・・・(1ドルとか2ドルコインはとっておくが)ということをする人は多い。
たくさん溜まった小さいお金たちを集めてロールに詰めて銀行に持っていったりするのは私の役目。(そして両替されたお金は私がもらう)
たいした額にはならないが。

ペニーがなくなるので、お店のほうも徐々にそれにあわせてきている。だが、まだ何もしていないところもあるようだ。
昨日行ったお店では、4.46ドルといわれて、ペニーを使いたい私は6セントを出した。
今日行ったお店には張り紙があって、ペニーはもう受け取らないしおつりとしても出しません、と書いてあった。
もう一軒行ったお店では、2ドルの買い物をしたので頭の中で12%を計算して「2.24ドルね・・」と私は思い、お財布の中を見たらその金額がきっかりあるので、ペニーを使いきれるぞ!と思っていたら、「2.25ドルです」といわれてしまった。がーん、ここはもう新しいシステムに対応しているのね・・・ということで、私の財布の中のペニー4枚が使われずに終わったのであった。

ロールに詰めて銀行に持っていくか~~とか思うものの、ロールって50枚入れないといけないしなぁ、
でも、ペニーを回収し始めているんだったら、ロールに詰めないでもっていっても受けてもらえるのかなあ、などなど考えている。
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中国正月のお祝い

2013年02月18日 | 生活
去年もあったのだが、私の住むタウンハウスで中国人の家庭の人たちが企画した中国正月を祝うパーティーが今年も開かれた。
去年もちょこっとのぞきにいったのだが、来ている顔ぶれの半分は知らない人だった。今回も同様。日常、顔を合わせる機会の多い近所の人以外、特別知り合いが増えていないからね・・。
知っているといっても、どこに住んでいる(もしくはどこら辺に住んでいる)かを知っているか、犬の散歩で顔を合わせる人であるか、という程度で名前を知らない人ばかり。
あっちも私の名前を知らないだろう。
私の名前が日本語名であるからだろうけど、一度いったくらいじゃ覚えてもらえない。近所の人も何回か聞いてまで覚えることもなかろうと思っているのか、ある人などは私のことは「○○さん(だんなの名前・こちらは英語名で難しくないのですぐ覚えられるようである)の奥さん」という名前で呼んでいる。

ともあれ、パーティーはどんなものか見てみたかったのでちょろっと顔を出してみた。
今年も、料理がたくさん出されていた。誰かしらが作ってきたものもあるし、レストランからテイクアウトしてきたものもある。炒飯に炒麺に、酢豚、野菜を炒めたものなどよく見かける中国の料理が並んでいる。また中国正月にたくさん作るという水餃子も(中国でも北のほうの習慣らしい)。
これだけの料理を用意したり、パーティーを企画して、いろんなものを並べたりという作業も結構大変だろう。
お金もかかるだろうし。それをやってくれている人たちに感心してしまう。
費用や労力はその人たちの負担となるわけだから。

行ってみたら、渡されたのがこの写真の袋。
中国もお正月にはお年玉をあげるらしいことは聞いたことがある。金額はどれくらいが相場なのかはよく知らないが。
こちらでは小さな袋にコインの形のチョコレートが入っていたり、5セント玉が一つ入っていたりするのをお客さんとかに配る会社やお店もある。
シンガポールに住んでいた時、中国系の人が多いので中国正月の様子を垣間見ることができた。
中国系の人は勤勉でお店も年中無休っていうところが多いが、中国正月だけはお休みになる。この日ばかりはどこもかしこもお休みで、町は閑散としていた。(ただし観光客が多く集まるところは開いている)
その時に聞いたのは、お年玉は子どもに限らず、独身の人が年長の人からもらうっていうのもあるんだとか。
さすがに40歳くらいで独身の人はもらえないのかもしれないが・・(真偽はわからず)
前に香港で働いていたという日本の女性が「お正月になると会社の若い子が「ゴンシー、ゴンシー」って言いながら手を合わせて(握りこぶしを合わせるおめでとうの挨拶みたいなポーズ)お年玉を催促するのよ。」と言っていた。ゴンシーとは、恭喜発財という謹賀新年というような正月の挨拶の最初の2文字である。(あと2文字はファーツァイというような発音)
これは北京語読みであり、香港などからの移住者が多いバンクーバーでは広東語の読み方である「ガンフェイファッチョイ」という感じの発音も多く聞かれる。

袋に魚の絵があるのは、魚という字の発音と正月の挨拶の一つである「年年有餘」(お金やモノに余裕がありますように)って言葉の最後の字の発音が同じだから縁起物になるらしい。
そして、お祝いの色はやっぱり赤と金ですよね。

角のテーブルには書道セットが置いてある。
すずりではなくて、小さいビンに墨汁を入れて筆をさしてあるので、筆には墨がたっぷり・・つきすぎているが。
それを落としていってちょっと書いてみる。
おいてある紙が半紙ではなくて少し表面がつるっとした赤い紙なのでちょっと書きにくいけど。息子は喜んで知っている漢字を書いてみていた。

そして他のテーブルにはやっぱり中国正月のお約束(?)麻雀セットが。
私はやり方をまったく知らないので、手を出さず眺めているのみ。

終わりのほうの時間になったら、クイズがあった。十二支についての問題。私が聞いたことのあるお話とは微妙に違うところがあるものの、大体おんなじようなものだ。
うちの息子はこういうのに張り切るので分かっても分かってなくても手をあげてワーワー騒いでいた。
そしてもらったのが、こういう飾り。


昔、近所のスーパーで働いていた時の同僚が実は近所に住んでいてその子もパーティーにちょこっとやってきていたので少し話す。
今は看護師として働いている彼女はスーパーで働いていた人たちの最近の様子を結構知っていて、なんでこんなに情報通なのかしら・・?と思っちゃう。
何人かとは今もちょこちょこ連絡を取っているみたいだし、マメだなぁ。
いまも名前をきちんと覚えてくれているし(私の覚えにくい名前でも!)ありがたいわー。
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バレンタイン

2013年02月16日 | 生活
2月14日はバレンタイン。
さすがに7年生ともなると、娘もカードを作って持っていくとか言わないだろう、と思っていた。
が、息子がカードを用意しているのを見ていて自分もやりたくなったらしい。結局、なにやらこさえていた。
息子は自作の漫画(?)のようなものを描いて(2種類)それをコピーしてきてくれという。
漫画にしては特にオチもないし、なにより絵が下手だが、本人は自己満足しているらしく。「これいいでしょ!」とやたら自慢げ。イヤ、全然、と思いつつもあまりはっきりいっても可哀想なので、「そうだねぇ」とぼかし気味にいっておく。
ま、みんなにあげよう、そしてそれを自分で作る、という気持ちが大切よね、と思うし。

コピーをとってきたらその紙を切ってチョコの小さい箱にテープで止めて宛名を書く。もちろん本人がすべてやるのである。私はコピーをとってきてあげたし、チョコも買ってきてあげたからすでに十分貢献している。
バレンタイン用に、小袋にはいっているものや小さい箱に入ったお菓子が売られているので(しかもその袋や箱に、ToとかFromって書かれているから便利)そういうのを買っておく。

娘はいきなり「私も作る」と言い出した。えー、それなら一緒にやってくれたらコピーしに一緒に行けたのに。2度手間になっちゃったではないの・・と思いつつも言わずにとってきてあげることにする。
こういうことをいうと、すぐにいじけるので(でもすぐ立ち直るが)面倒なのだ。

こちらは1枚の紙に6個イラストとなにやら言葉を書いていたのでコピーの枚数は少ない。
それを切ってチョコにつける作業はもちろん本人がやる。

息子も娘も「あとひとり思い出せない!」という、私も一緒に見て考えるがやっぱり分からない。子ども達のクラスの子は大体覚えているが、全員はさすがに・・・
息子のほうは、なんとか最後の一人を思い出した。「あー、○○ちゃんだ!」
そのついでに私が「あれ?!何々ちゃんも忘れていない?」と思い出した。息子は実は2人忘れていたが、その忘れていたことすらも気づいていなかったというわけ。
まぁ思い出せてよかったが・・
娘は結局思い出せず。
私が「こうなったら仕方ないから宛名を書かない状態で持っていって、学校にいってクラスメイトの顔を眺めたら「あ!この人!」って気づくだろうから、そしたらこっそり書けば?」と言ったが「えーー?」とか不満げ。
結局思い出せなかったので、やっぱり宛名を書かずに持っていったようだ。

放課後、息子はたくさんカードとお菓子を持って帰ってきた。まだまだこの年齢だとカードを用意させる親が多いようだ。全員とまではいかないが。
一方、娘は4~5まいもらって帰ってきたのみ。全部女の子から。やっぱり7年生になるともう持ってこない子が多いね。
親も「もういいでしょー」と思うだろうし、なにより子どものほうが「えー、そんなのもうやんないよ」というのだろう(特に男の子)。

で、娘に忘れていた子を思い出したわけ?と聞いたら、「うん!XXちゃんだった」とのこと。
無事に渡せてよかった事である。
おかしかったのが、息子が忘れていた○○ちゃんと、娘が忘れていたXXちゃんが姉妹であること。うちのきょうだいそろってそちらの姉妹のことを忘れていたとはなんとも失礼な気もするけど。
ところで、私は、バレンタインでもなんにもいただきませんでした。結婚して17年も過ぎるとこんなもん?
(正直なところ、300円くらいで買える菊の花の入った花束やらカーネーションの花束をもらってもいまいち感動が薄いので、なくてもいいくらいである)

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片付けられない

2013年02月11日 | 生活
しょっちゅう、言い続けていることだが、うちのだんなは片付けられない人である。私も整理整頓がすごく上手とは言わないが、だんなに比べれば片付けられるほうだと思う。つまり私はまぁ普通レベルなんである。
が、だんなは典型的片付けられない人である。だから、だんなが使っている一番下の階の部屋は汚部屋になってしまい使用することが不可能になりただのごみ溜めになっている。スペースの無駄使い。
そこを片付けろといい続けてもう10年近いわけであるが、その間、私も許せなくなってきて、片付けないと私が片付けちゃうよ(つまりほとんどのものを捨てるというのと同義)と脅すが、そのたびに「片付けるから」という。
そして片付けられないまま日が過ぎる・・なんてことを繰り返している。

こんな状態でだんながある日コロリと死んでしまったりしたら、この恐ろしいごみ溜めはどうするのか?ということが私の心配事のひとつである。(それを言ったら、母が「あんたそんなことより、これからの生活はどうなる?ってほうが心配じゃないの?」と言ったが、まずはこのごみのことのほうが心配である)

新聞に、ある年配の男性がやはり片付けられずに家の中にも外にもごみがたまってしまい、ついにその中に埋まってしまって出られなくなり、消防隊員に救助されたというニュースがのっていた。たしか離れて住む家族だかが連絡が取れない、と心配して通報して助けが向かったからいいようなものの、誰にも気づかれず衰弱死する可能性もあった。実際、発見まで数日かかっていてこの人は発見時には相当弱っていた状態だったらしい。
その記事を見ながら、うちのだんなもこのタイプだなぁ、と改めて思った。この人のような片付けられないケースはもう病気の粋に入るそうだ。うちのだんなも病気みたいなものだろう。

いい加減何とかしないなら、私が片付けてほとんどのものは処理する、または、私はしばらく実家(つまり日本)に帰るから・・と脅したところ、少しだけ効果が出て片づけを始めた。
このように少しだけ始めては途中でやめる、というのをずっと繰り返しているので、まだまだ油断はならない。
折を見て、脅しをかけ続けないといけないのである。
または私がこっそり少しずつ片付ける(=捨てる)ということもするのだが、ともかくすごい量で、そこに入っていくだけでもサバイバルなのである。崩れてきて怪我をする危険もあるので慎重に進めないといけない(冗談ではなくホントです)

そんなわけで下の階の部屋はあちこち大変な状態になっている。そんな中を私はかきわけて乗り越えて何かを取ったりする時がある。
下の階には洗濯機があるのだが、そのエリアにもなにかごちゃごちゃ置かれている時がある(勝手にそういうことをしやがるのである)。そうするとそれを除けたり、乗り越えたりして洗濯機にたどり着かなくてはならない。
忍者かなんかになっている気分。
この前は、新聞紙をリサイクルに出そうと運んでいた時、自分の手が自分の体の幅より出っ張っていたのを忘れていて、棚(だんなが勝手に置いてあり、どかして欲しいと頼んでいたがまだどかしていなかったもの)にしたたか手の甲を打った。これがメタルの棚だったから、もう痛いの何の!手の甲だからお肉も少ないので、手はしびれるし、腫れてくるし・・・涙でちゃいましたよ。
まあ、自分が悪いんだが、こんなところに置いておくのが悪い、とだんなを責めまくりました。

大体においてこの棚だって、ほんとはこの家の中にあった物ではなく他のところから移動してきたのだ。
外に倉庫を借りていたのだが、私が「片付けなさいよ」と何度も言い続けていたら「まずはあの倉庫を片付けてもう借りるのを止めよう」という考えにいたってしまったらしい。
私はここの家の中を片付けろっていったのに、どうしてそうなってしまうのか?
ただその倉庫もあっても仕方なし、という気もしていたので、借りる代金がかからなくなるのは悪くはない事である。
そこで、倉庫から荷物がうちの中に入ってきた。なんなの?!物が増えている!
なんというか・・・この男といると私の人生、平穏なことがない。
そろそろまた脅しをかけないと。なんか片づけが終わった気分になっているみたいだから・・・
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きまずい気分

2013年02月07日 | 生活
日本の話も出尽くしたところで・・・こっちでの生活の話題に戻ります。

私は犬の散歩で朝と昼の2回出ることが多い。平日だと子どもの学校があるのでそれにあわせるため私の散歩時間もなんとなく固定されてくる。
大抵は、朝に15分程度の短い散歩、昼間に1時間近くの散歩をするようにしてはいる。
が、雨の日は昼の散歩も10分くらいだったりして大幅短縮することもあるが。(雨の日は犬も歩きたがらないである)
散歩のコースも大体決まっているが毎日まったく同じではない。日によって短めコース、長めコース、などなどいろんなパターンがありその日の気分で決まる。

さて、昨日は家の近くの遊歩道のような場所を歩いていた。すぐ横には小学校がある。
そうしたら大きな犬が見えた。あれはロットワイラーだと思う。大きくて黒くて精悍そうで、犬に慣れていない人ならちょっと怖いだろうなというサイズ。
私は犬の散歩で歩き回っているので、この犬にも何度か会っている。ただ、飼い主と話をする程度になるのはほんの数回。
私の記憶ではすごく前に少し話をしたことがあるが、相手は覚えていないようだ。
犬を飼っている人同士、話が弾むこともあるし、簡単な会話のみをほどよくして終わるということもあるし、挨拶だけにこやかにして終わる、ということもある。また、まったくあいさつもせず、避けるようにしていってしまう人もいる。さまざまである。

この大型犬は元気だが、乱暴なタイプではない。うちの犬は他の犬が好きで寄っていくのだが、大きい犬はそのサイズ差で怖いらしくあまり積極的ににおいをかいだりしないでちょっと遠慮がちになる。
うちの犬なんて大型犬の足の下に入り込んでしまうくらいのサイズの差があるのだ。

犬がお互い挨拶している時に飼い主と話をした。
確か私の記憶ではこの飼い主は同じような犬をもう一匹飼っていたと思う、が、今は一匹しかいないようだ。
もしかして亡くなっちゃったかな?とか思ったけど、聞いてみた。
すると「それはね、ストラタのせいなんだ」という。ストラタとは集合住宅の住民の会みたいなもんで会長やら書記、会計なんかがいる。定期的にミーティングをやったりするのだが(そして年に一回は総会もある)、大抵やるメンバーは決まっている。学校のPACなんかと同じで、やる人はやるがやらない人は全然関わらない。

この飼い主はタウンハウスの持ち主から借りて住んでいる。2年くらい住んでいるのに、いきなりストラタの人がやってきて「ストラタの決まりで犬は1匹しか飼っちゃいけないんですよ」と言われたという。
「でも、このストラタの人自身が2匹犬を飼ってたのを知ってるんだ。だから言ってやった。あんたは偽善者だ、あんたも2匹飼っていたじゃないかってさー」ちなみにこのストラタの人の犬の1匹は死んでしまったそうである。
「自分たちが借りているだけだから、みんな冷たいんだよ。うちの近所に、毎日のようにうちに苦情をいってくるところがあってさ・・ほんと信じらんないよ」
という。

ここまできて私は「うーん、その近所の人って私知っているかもなあ」と内心ソワソワする。
なぜならこの飼い主の隣に住んでいるのは何を隠そう(?)私の友人である。
何回も遊びに行ったことがあって、「隣がかけている音楽がすごくうるさいので、静かにしてもらえるようにお願いしにいった」とか「隣は2匹も犬を飼っているけど、ほんとはいけないんだよ」とか聞かされていたのだ。
私はそこに住んでいるわけではないので、騒音の度合いも分からない。
犬に関しては、私が出会ったときに見る限りではしつけはきちんと出来ているいい子だと思う。
ストラタの決まりに関してはちょっとびっくりではある。私の住むタウンハウス(そことはすぐお隣ですが、違うストラタになる)はそんな決まりはないと思う。
しかしそれもそっちのストラタはそういう決まりだといわれれば、そうなんですか、としか言いようがない。

さて、ここで私は「その人知ってるわ、多分」というべきか、と思いつつ、別にこの飼い主さんとは友達でもないし、しょっちゅう会うわけでもないし、それにその近所の人ってのも違う人かもしれないし(でも十中八九その人だと思う・・・と、なんとなく話を濁して付き合っていた。

そのうち、「ところで君はどこから来たの?」というので「日本です」といった。さあ、この時点で彼はもしや私が近所の人と知り合いかも、と察知したかどうか??は分かりません。
彼は、隣が日本人家族だってことは知っているだろうからねぇ。

私としてはどっちの肩を持つつもりもない。だってほんとのところは分からないものね。もちろん心情的には友人寄りです。だから飼い主さんの気持ちをおもんぱかってオロオロする必要もないんだけど、なんかやっぱり気まずい気分。もっともそれは私だけが感じていてあちらはなんとも思っていない(つまり、私がその近所の人とおそらく知り合いだろうとかそんなことはちっとも考えていない)のかもしれないから、私一人が気まずい気分になっているかもしれないしね。

ところで、結局もう一匹はどうなったのか?誰かに譲ったのか、保護センターに連れて行ったのか、はたまた??というのが分からないままで会話は終わったのであった。
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カナダに戻る

2013年02月05日 | 日本のこと
3週間の日本滞在はあっという間に過ぎて、カナダに帰国。
冬は外遊びも寒いし、行くところあるかな・・なんてちょっと思っていたけど、ところがところが、結構忙しくあちこち出かけていた気がする。
冬ならではの楽しみというのもあったし、お正月を過ごせたのもよかったし、冬もいいなぁ、と思った。
また冬に来るのもいいかもねぇなんて思ったり。(寒いのを除けば・・・ほんと寒いのはツライ、気候的に言えば夏の暑さのほうがまだ私は耐えられそう←寒がりです)

日本に行くのは夏と冬とどっちがいい?と子ども達に聞くと、娘は「夏」と即答。理由は長く滞在できるから。
日本にいって遊びに行くところは夏も冬も同じようなところだったから、彼女にしてみればどっちでも楽しいようだ。
息子は「うーん、どっちもいいなぁ」と私みたいな答え。
冬はお正月があったり(お年玉もらえるもんね)、こたつがあったり、するしー、夏は長くいられるのが楽しいし。
と決めかねるそうな。
しかし、日本から帰って1ヶ月がたち、再び2人に聞いてみると娘はもちろん意見は変わらないが、息子は考えた末(?)夏かなぁ、長くいられるもん。といっていた。
とすると、次の日本行きはまた夏かな?

さて、カナダへの帰る日は1月4日。まだお正月休みの延長というかちょっと時期をずらしたお正月休みの人がいるのか、空港は結構な混雑だった。
出発カウンターの入り口まで車で連れてきてもらい、荷物を下ろして(1人2個まで預けられるから6個ある)カート2台に分けて運び込む。
カウンターの行列が思ったより長かったのでびっくりしたが、私はウェッブチェックインを済ませていたのでもっと短い列のほうになった。
必要ないかなぁ、と思ったけどやっておくもんだね・・・

セキュリティも混んでいるかもしれないし、ということでちょっと余裕を見て中に入ることにした。
セキュリティゲートのところで両親に別れを告げる。
中に入ってもしばらく外が見えるので手を振り振りすすんでいく。
息子はそれこそ本当に姿が見えなくなるまで振り向いては手を振っている。
セキュリティでは私がブーツを履いていたのでひっかかり(行きもそうだったから驚きはしないが)ブーツを脱いだり、またセキュリティのところを通り抜けたりなんてことをした。
チェックが無事終了して、次にすすむ頃、息子はべそべそしだした。
祖父母と別れてさびしい・・ということで目を真っ赤にしてしばらくぐずぐずやっていた。

出国審査も終わり免税店が並ぶ中を通っていく。そういえば雑誌を一冊かっていきたかったんだわ、と店に寄る。
表示価格よりも低い金額を言われたので「あれー?」と思ったら、そっか税金がかからないんだった。

飛行機に乗り込み、定刻に出発するも、ちょっとすすんだだけで滑走路でながーーいこと止まっている。
そのうちに機長のアナウンスが入り、お正月ということもあって混雑しており、離陸待ちの飛行機がたくさんいて順番まちをしている、という。
飛び立つまでに結構時間はかかったものの、飛行そのものは順調でバンクーバーには定刻どおりについた。
冬は偏西風の影響で日本行きには時間がかかり、逆に帰りは風に乗って順調にすすむらしい、と誰かがいっていたっけ。

日本を出る前にだんなが電話してきて「こっちに着くの何時だったっけ?」と聞くので「10時か10時半」といい加減なことをいったばっかりに、着いてからも待ちぼうけをくった。
飛行機は定刻で10時到着。きちんと着いてよかったあー。
息子がつかれたー、ねむいー、お腹すいたー(朝ごはんの頃、寝ていて食べなかった)と文句を言うので、日本から持参した焼きおにぎりを食べさせてゆったりと入国審査へ向かった。
いつも行列が出来ているというのに、もうそこには人の姿がほとんどない。みんなもう審査を通り抜けちゃったんだー。
機械でパスポートだの読み取ってもらう形式で、とても簡単な入国審査なのだが、いつもそのあとにオフィサーにもう一度パスポートを見せることになる(なんのために機械を使っているのでしょうか?これでも経費節約になっているのかな)が、ここで子供連れだと時間がかかったりする。
が、今回はパスポートを見たらすぐ終わり、あっけなく進める。

出てみると荷物はまだまだでてきているところでたくさん人が待っていたが、うちの荷物は比較的早めに出てきた。
そして到着ゲートに出てみるが、だんなはいない。
「どうせ時間がかかると思ってゆっくり来ているんだろう」と待っていたが、待っても待っても来ない。
こっちは疲れているし、今は日本時間なら夜中3時ごろだし眠くて仕方ない。
ようやく11時ごろだんなが姿を現した。「え~?10時半に到着っていってなかった?」うーん、10時か10時半っていい加減にいった私も悪いが、遅いほうの時間をとるあなたもどうかと・・・と自分のことを棚にあげていうのもなんだが。
ともかくともかく、カナダに到着。きっと散らかっていて掃除が全然されていない家に帰る憂鬱を抱えつつ車に乗ったのであった。(そして思っていた通りの家の状態でありました、嗚呼・・・)
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電車にのる

2013年02月02日 | 日本のこと
今回の日本滞在で出かけるために電車に乗ることも何回かあった。
子どもが小さかった時は電車でお出かけが心配だった。それは日本に限らずカナダでも電車やバスなどに乗りなれていない我が家の子ども達だから、騒いだりマナー違反があったりするかも、とドキドキしていたから。なんていっても日本の乗客はとても厳しい!!!
だが、子どもが大きくなってきたのでそれほど怖がらなくてもよくなってきた。

今回京葉線に何回か乗ったのだけど、この京葉線の車内には電車内テレビみたいなものがついている。音声は流れていないのでテロップがついている。ニュース、天気予報、お役立ち情報みたいなの、コマーシャル、とかが流れていて車内の暇な時間に眺めているのにはなかなか良い。もっとも乗客たちは見慣れているからなのか、全然見ていなくて上を向いてぼーっとテレビを眺めているのは私くらいだったかも。
他のみなさんは大抵自分自身の携帯とかスマホなどといったものを一心に眺めていた。

私が使う電車といえばあとは総武線である。これで東京方面へ向かうのだ。船橋のほうに住んでいる友人宅を訪れるのにも総武線に乗り船橋へ行き、そこから東武鉄道に乗り換える。
駅は人でごった返している・・そんな中をすすむのも日本ならでは・・である。うちの子どもたちは毎回日本の人の多さに驚く。
そういえば、東京のほうから帰ってきた時、途中で息子がどうしてもトイレに行きたいという。漏らされても困るので、津田沼で途中下車。運よくトイレはホームの階段を上ったらすぐにあったので良かったようなものの、これでなかなか見つからなかったらどうなっていたか・・(汗)

私の使う千葉駅は改修工事中らしくて、あちこち道が変わっており入ると「あれ?ここはどこ?」って気分になる。電車を降りても一瞬どっちへ行ったらいいのかわからなくなるが、それはみなさんの行く方向についていけば大体何とかなる。改札口の矢印もきちんとつけてあるので慌てなければ間違えない。
私はともかく、子ども達は切符を自動改札に入れるところで一瞬間が出てしまう。こうすればいい、ということはわかっているのだが、やりなれていないからちょっとだけ戸惑ってしまうのだ。こちらのスカイトレインには改札がないしね(それで無賃乗車が問題になっていて自動改札をつけ始めることになったようだが)。
だが、これはまだいいのだ。最近はみなさんICカードなるものを利用しているのでそちら専用の改札を通る人も多いので。
問題はそのカード専用改札に間違っていってしまって、「あー、切符を入れるところがない!」と慌ててそこを離れて切符も入れられる改札に移動するとき。ほとんどの場合、私の後ろにいた人が私が慌てて移動する時に「ちっ!」と舌打ちをする。「トロトロしてんじゃねーよ、まちがえんじゃねーよ」という気持ちなんだろうけど、時間にしたら数秒ほどだ。その我慢できなさ具合と舌打ちという動作をすぐしてしまうという点において日本の人は怖い・・・・・
そんなわけで私の目はすばやく切符が入れられるところを探すっていう作業を、改札に近づきながらするようになった(たどり着いてからでは遅いんでね)。

それからドキドキしたのは携帯電話である。
電車に乗ると絶対アナウンスが入る。携帯電話の使用はご遠慮くださいと。
わかりました。と心得て乗っていると、電話が鳴ってしまったではないか!!慌てて取り出して、口元を押さえて声が漏れないようにしこっそりと返事をする。すぐに通話は終了して(その時間は1分にも満たない)、電話の電源を切る。マナーモードにすればいいのだが、この携帯電話は親のを借りて持ってきておりそのやり方がわからないのだ。ひまなときに電話をいじって探してみたけど結局やりかたは分からず。きっと親もやり方分からないと思う・・多分分かるのは妹だけだろう。しかし聞くのを忘れてしまったし・・・
さて、その電話がなってしまったときの回りの反応と言ったら!!
何人かがギロっ!!!とこちらをにらんだ。そのうちの何人かは私が通話を終えるまで、だけでなく終わってからもしばらく私のことをにらんでいた・・怖すぎる。
もう怖気づいてしまってあわあわするのみ、ですよ。いつも回りの反応に鈍感なうちの子ども達ですら、異様なものを感じて「電話、きっておきな!!」と私に通告する始末。

その電話を掛けてきた主、つまり私の親だが(日本にいる時の私に電話してくるのは親と妹以外にいないが)電源を切った後も何回かかけてきた様子である。あとで電車に乗っていたから電話は取れなかったのよ・・というものの、なんとなく納得していない様子。まあうちの親も電車に乗ることが少ないし、ましてや電車内で電話を使うこともまずないからなぁ。ちなみにこの携帯ではテキストは送れない。テキストができるのはおなじ携帯会社の電話に対してだけらしい。それからすると親の携帯にテキストを送れるのだが、おそらく親はそれの使い方を知らない(これまた妹だけが知っている)・・まぁそんなわけでどうにもこうにもできなかったってことです。

カナダに戻ってバスに乗り、でっかい声で携帯で話している人を見て「あー、カナダに帰ってきたのね」と思ってしまう私でした。
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