冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して18年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

ぐち・グチ・愚痴

2012年11月25日 | 生活
愚痴、でございます。

前からうちの息子に関して「日本語を全然話さないのね」と見下すようにおっしゃってくれていた知り合いがおります。その人の子供はもちろん日本語ぺらぺらです。そしてそこのうちの下の子はうちの息子より何歳も年下だけど、うちの息子より日本語話すかも、ってくらい話します。

はっきりいって、息子は英語ばっかり話す!その通りであり、私としても困るんだけどどうにもならないでいる。
私が日本語で話しかけて、息子が英語で返すというへんな会話をしている親子なのだ。時折、日本語で言ってみてよ~と直させるが、毎回やっていると息子に「いや、もういい・・」と話してくれなくなるので、「これはマズイ」と思いやめたのだ。

さて、お子さんが日本語が上手なのが自慢のその知り合いは、子供が通っていた日本語学校について文句をいっていた。
曰く、「英語ばっかり話す子がいて困る」確かに日本語学校なんだから日本語を話してくれなくてはならない。
そして「英語ばっかり話すし、授業を妨害するので困り、結局うちの子はやめさせることにした」という。
その通り、妨害するのは良くない、他の子の迷惑になるし、勉強しにいっているのにそれじゃ身につかない、と心配もするのも分かる。
だから、この辺までは私も「そうだよね、それは困るね・・」と同意できるのだ。

ただひっかかるのはその人は「英語ばっかりになっちゃうような子は続けても仕方ないと思うのに、それでも親はそういう子でも日本語学校に連れてくるんだよね。そうするときちんと日本語を話すうちの子みたいな子供が迷惑」という発言をすること。
それがまったく間違っているとはいわないが、ちょっとひどいなぁ、と思う。
英語ばっかり話す子・・ってのがうちにもいるってのを、その人が指摘しているくらいなんだから、「あてつけてますか??」と思ってしまう。というか、あてつけているんでしょう・・・・・

つまり英語ばっかり話してしまう子はもう日本語学校に来るのなんて諦めて辞めてしまったほうが、他の人に迷惑をかけずに済むってことを気づいてないのが困るのよね、といいたいらしい。
確かに無駄かもしれないけど、私は続けることに意味があると思っているので、やめさせるつもりはない。
どこの日本語学校でもこういう生徒は絶対いる。そういう環境の中でどのように日本語を学ばせるか、ということが日本語学校の課題でもある。
「日本語なんてやっても無意味」と思っている子供にいかに続けさせるか、親にとっても課題だ。
親の言うことを聞いて、きちんと日本語学習に取り組み、日本語を話してくれる模範生ちゃんを子供として持っていない私であるが、それでも諦めきれないわけである。

以前、私の母が「カナダにいるんだし、日本語できなくたっていいんじゃない?」と言っていた。
彼女からすると、日本語にこだわるのが理解できないらしい。そんなに日本が好きならカナダじゃなくて日本に住んでればいいのに、と。これは日本に住む人の理論である。
しかし、何年か経つうちに、母がいったほどではないが、「それほど日本語にこだわる必要はないんじゃないか」と思うようになってきた。
うちの場合、家の中が英語環境に近い。学校では英語とフランス語。実際のところフランス語ですら「必要ないんじゃないの?」といわれることが多い。
そんな中で「日本語」にしがみつくことの意味が分からなくなっている。
だから日本語が上手な子供を見ると、すごいな、えらいな、とは思うけど、うらやましくは思わないし「ああ、なんでうちはこんなに駄目なの?」と嘆きもしない。
だんだんと、日本語能力もその子の個性のひとつのような感じに思えてきてるのだ。

そんななか、上に書いたようなことをいわれると、なんかすっごく否定されてる?って思う。まぁ、これも過剰反応ですね。気にすることはないのだ・・・と心の中でざわざわした感情が起きてもすこしずつ収めていくのです、犬の散歩でもしながら・・・・
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2 コメント

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いろいろな状況があるので (かーわん)
2012-11-27 05:43:29
子どもが日本語を話すかどうか、どれだけ話すか、
というのは大きくなってからはあんまり気にされなくなりますが、
小さい頃はとかく比較の対象になりがちですよね。
話せるに越したことはないですが、日本語ができるのがお母さんだけで、お父さんが話せないと、家庭の会話がみんなのわかる言語にならざるを得ないので、子どもが日本語をキープするのは至難の業です。もし、ちゃんとできたとしても、お母さんとしか話す機会がないと、丁寧語とカジュアルな日本語の区別ができないし・・・日本語が読めたからと言って何か直接的な良いことがあるわけではないので、動機も乏しいんですよね。
子ども達にも言語的センスが良い子と普通の子があるわけですし・・・(三人の子を見ていてもそれぞれ違います)
いろいろ言う人がいます。自分の発言がどういうふうに取られるかな、とか気にしない人も。
気にしない、チャーさん!日本語学校に連れて行ってあげてるんだから、えらいですよ!!ここはカナダなんだもの。

そうそう、私のブログにあったやつ、あとでメッセージ入れますね。
気にしすぎているんですよねぇ (チャー助)
2012-11-29 05:48:39
かーわんさん、ありがとう。

そうなのですよね、いろんな状況の人がいるのだから子供の日本語能力もさまざまになりますよね。

私もきにしすぎだなぁ、と自分で思うのです。それほどパーソナルにとる必要はないのだろうけど。やっぱり自分の中でも、もっと日本語ができてくれたらなぁ、と思ってしまっている部分があるからなんでしょうね。

でも、そういうことをあれこれ悩んでも仕方ない気もします。他にもいっぱい気にしなくちゃいけないことあるしね。

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