冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して18年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

フードバンク

2018年04月21日 | 生活
フードバンクとは簡単にいうと食べるものに困っている人に食べ物を寄付する団体である。
アメリカとかカナダとかには大きな組織があるが、日本にもあることを最近知った。日本のテレビ番組でこの組織の紹介をしていたのを見たのだ。
しかも設立(前身を含めて)して17年以上も経っているらしい。

こちらのスーパーの多くには、出入り口付近にフードバンクへの寄付を入れる箱が置かれている。買い物客はそこに自分のうち使わなかった余っている食品(腐らないもの。缶詰とか)を入れる。クリスマス近くになると、スーパーが商品をつめたギフトバスケットみたいなのを作り、それを5ドルくらいとかで売る。それを誰かがかうとフードバンクに寄付されるらしい。スーパーも寄付しているし、買い物客も寄付に加わっている形だ。
イベント会場でフードバンクへの寄付を募っているというところもある。うちの近くの小学校では小学校高学年向けのダンスパーティーが開かれるが、フードバンクへの寄付を1点でも持ってくれば入場料が割引になるというのもあった。
そんな感じでかなり根づいている。

日本のフードバンクは、アメリカのひとが最初にスタートしたらしい。この人の人生というのもなかなか波乱万丈で、私としてはそちらのほうがかなり気になったが・・・
ホームレスの人とか対象の炊き出しを手伝った時、「食べさせる」という表現をしていたことがとても気になったという。
施しを与えるとかでなく、よかったら食べてくださいという気持ちで食べるものを渡したい、というのが原点らしい。

それで思い出したのだが。
こちらにもさまざまな組織や団体が主にホームレスを対象に(貧困家庭を対象にしてるところもあるだろう)、食事を提供している。
そういうところのひとつでボランティアで食事を作る手伝いをしているという知り合いがいる。私からすると、それだけで尊敬に値する素晴らしい行為である。
その人がさらに素晴らしいのは、始めたころは「こういう人たちは恵まれてなくて可哀想だから、食べ物をあげるというような気持ち」で従事していたのだが、だんだんと「こうしたボランティアをやらせてもらっている」という気持ちになってきたと話してくれたこと。
こういう気持ちに至るということはなかなか難しいと思う。
自分では施しを与えるとかという気持ちを持っていないと思っていても、どこか心の中で「この人たちを助けている」と考えてしまうことはあるだろう。
人の役に立っているかもしれない、という気持ちは自分にとって気持ちのいいものでもあるし、自己肯定感にもつながる。

日本のフードバンクの創設者(日本語が達者)は、人間だからもちろん「ありがとう」と言われることは嬉しい、だけど、それをいわれるためにやっているんじゃないという。
私の知り合いといいこの人といい、私もそんな考え方にたどりつけるようになれるだろうか・・・と未熟者であるわが身を振り返って思うのであった。

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