冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して18年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

夏が終わりに近づいて

2014年08月25日 | 生活
夏が終わりに近づいている。もう8月も終わりだ。
このころになってくると夜明けがすこしずつ遅くなっているのを実感する。朝、6時半ごろから犬を連れて散歩に出ると、外の光の色が少しオレンジがかっていてだんだんと秋が近づいているのを感じる。また、夕方の時間帯もあたりがオレンジ色になってきて、これまた秋の気配漂い、うら寂しい気もちになってしまう。

日本にいたころは、秋の訪れは好きだった。暑い季節が終わりほっと一息つけるし、私の誕生日も秋だからかなんとなく好きな季節だった。しかし、夏の短いバンクーバーにいると(しかも日本に比べたらさして暑くもないし)、夏の終わりが寂しく思えるようになってきた。

秋の日暮れ時、まだ幼かったうちの子の手を引いて、家の近くの公園に遊びに行ったとき、オレンジの光で満たされた景色の中を歩いていると、いいようもない寂しさを感じた。あのときの寂しさはなんだったのか、分析してみると、夏の終わりを寂しく思う気持ちもあった気がする。それだけではなく、小さい子にかかりきりのその時の自分は、こんな風にしてずっと子どものお世話とかですぎていくのかなぁ・・・という漠然とした不安のようなものがあったのは確かだが。
なので、いま、オレンジ色の光の中を歩くと、そんな気持ちも少しよみがえったりする。言われ続けてきたことだが、こどもにかかりきり、という時期はそのうち過ぎていく。もう公園に子どもを連れていくこともない。子どもと歩調を合わせてのんびりと歩くこともない。ただ、子どもがいるということは、ずっとずっとなにかしらのお世話をしたり、気にかけたりということが続く、ということ、それは月日が経つにつれて実感している。
もの寂しい気持ちになる、とはいっても、別にこうした人生を嫌だとか思っているわけではない。
ただ、私はこうやって生きていくものだと、そんなものだ、と思っているだけ。

夏が終わり、となると9月からは新学期がスタートだ。
例年、学校は、レイバーデーの次の日からスタートする。レイバーデーは9月の一番最初の月曜日。今年は、9月1日なので、本来学校は2日から始まる。
しかし、まだやっているのだ、ストライキ。政府と教師側の交渉は全然進展なし。もうすぐまた話し合いがもたれるらしいが、それでもなんらかの解決が見られなければ、9月に学校はスタートしないだろう、と言われている。
そして、いままでの平行線の話し合いからすると、今度の交渉もうまくいくとはあまり考えられない。
先生もいままでなんども妥協してきたという思いから、今度ばかりは譲らない、と強硬姿勢らしい。
政府も、簡単に賃上げとかすると、他の労働組合も「じゃ!うちも!」とばかりにストに入られても困るし、と思っているのではないだろうか。

そんなわけで見通しは暗いのだが、さらに、不吉な予言のごとくいう人がいて(不吉な予言のごとくって言い回し、翻訳小説みたいです)「学校のオープンは、10月半ばくらいになるってうわさだよ」。
そんなことになったら、6月半ばから学校に行っていない公立校の生徒たちは、4か月もの夏休み、となってしまう。おそろしや・・・そんな風に子どもの学業をおろそかにするようなことを続けていいのであろうか?
一方、私立高に通わせている人は、普通に9月2日から学校が始まる。「あ、うちは私立高だからいつもどおりよ」と涼しげに、私の知り合いは言った・・・うーん、心配がなくていいね。
うちもお金があれば私立高に通わせたいところだ。貧乏人は教育をまともに受けることもできないのか?ここっていわゆる先進国ってやつだったよね?!とか、おもっちゃう。

知り合いが「ドリルとかやらせている?」と聞いた。
「全然」と私。「カナダ人みたいだね!」と言われてしまった。確かに私は緊張感が足りないかもしれない。やっぱり日本の母のように厳しく子どもの教育にこれ努めねばならないかもしれない。
しかし、嫌がる子どもにやらせるのがめんどーで・・・これだから、うちの子たちもロクなもんじゃないのでしょうね。

おまけ。
9月になると、サッカーシーズンがスタートだ。息子は気が乗らないまでも今年もリーグに入っている。一番下のレベルになったのでいっそう気が乗らないのだ。さらに、娘もサッカーを今年はやる!とか言い出したが、いままでさぼっていたので、相当ひどいプレーヤーになっている。コーチとチームメートには悪いがよろしくたのみます・・という気分。2人も週に2回の練習だとか。さらにスカウトのミーティングがあり、週末はサッカー試合。いよいよ私も(さらに)忙しくなる。
9月はどの親にとっても忙しくなる季節なのである。

コメント