冬は雨降り・・夏は素晴らしき・・住めば都

チャー助です。
カナダ・バンクーバーに移住して18年ほど。生活・子育て・日本について思うこと等を綴ります。

カナダ国内の時差

2018年12月05日 | バンクーバーとその周辺
私はカナダの太平洋側、BC州に住んでいる。
ここと、日本との時差は、17時間(サマータイム時は16時間)、半日以上もちがうってことになる。日本の方が17時間進んでいるので、カナダから日本に行くと出発したのが月曜日午後2時ごろで日本に着くのが火曜日の午後4時過ぎだったりする。逆に帰ってくるときは時間が戻っているような感じ。日本を月曜日の午後6時ごろ出発して、こちらに着くのが月曜日の午前10時過ぎっていうように・・・。

カナダは国土がすごく広いので、国内でも時差がある。
大西洋側のいわゆるマリタイムと呼ばれるあたり(ニューブランズウィック州、ノバスコシア州とか)と、太平洋側の時差は4時間。なぜかニューファウンドランドというところとだけは3時間半という時差。
カナダの大都市、トロントやモントリオールとは3時間の時差がある。ってことは、トロントでお昼の12時にはまだこっちは午前9時でやっとこ就業、就学の時間って感じなのだ。

カナダ国内の時差というものは、州ごとで分けられていると私は思い込んでいた。ほんとにごく最近まで。
最近発見したのである、実は、BC州内でも時差があるということを。
つまり、バンクーバ―と、限りなくアルバータ州に近い辺りとは1時間の時差があるのだった。
衝撃!(私にとっては・・)
ある仕事関係で、では当日は午前11時に連絡します・・みたいなやり取りがあった。当日、10時過ぎに「あのー、連絡来ないんですけど?」というような知らせがやってきた。へ?11時って言ったじゃん?勘違いしている?などと思ったが、なんとなーーく心配になって、調べてみたら、なんとその仕事先の人が住んでいるのは同じBC州内ではあるが、ほぼアルバータ州っていうような地域にお住まい。で、なんとなんと、1時間こっちより進んでいるのであった。
平謝りに謝りなんとかことを納めたのでした。

さらに調べてみると、カナダ国内でもサマータイムを実施していない地域もあるということも分かった。知らなかった・・・
さきほどのBC州内でもバンクーバーより1時間進んでいる地域はどうもサマータイムも実施していないらしい。他にも中部にあるサスカチェワン州のほとんどの地域もやってないそうな。州内で、サマータイム実施している所としてないところがあるのも不思議だ。
こういうのって、自治体レベルで決められるものなの??って感じ。
まぁ、サマータイムに関しては無い方がいいんじゃないかなぁ、と私は思うので、無いところはうらやましい。
だって、時計を年に2回直さなくちゃいけないのは結構面倒である。PCとか携帯電話とかは勝手に直っているけど。

カナダに住んで20年近いが、知らないことはたくさんあるもんだなぁと改めて思ったのだった。知らないことがたくさんあって当たり前のことなのだけど。
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ユニクロ

2018年04月06日 | バンクーバーとその周辺
春休みももうすぐ終わる。娘がメトロタウン内にある店でバイトをしており、その日は終わるのがモール閉店と同時だということなので、その1時間くらい前にモールに着いて買い物をし、娘の仕事が終わったら一緒に帰ってこようと計画した。

閉店まで1時間を切った時間に行ったら、いつも週末は大変な人ごみのショッピングモールもさすがに空いてきていた。それでも結構人がいるので、やっぱりすごいなぁ、と思う。
ただ駐車場が空いていたのは助かった。
ユニクロに行ったら、やっぱりここも結構人が入っている。すごいなぁ、と思う。去年の10月にオープンしたが、開店当初はホントにすごく混んでいた。それから半年くらいになるが、いまも人気は高いようだ。ユニクロはサレーやリッチモンドといった近郊の市にも来春オープンするらしい。躍進中である。

いまのところ服を買う必要はそれほどなかったのだが、見に行くことにしたのはマリメッコとコラボした商品が売られているということだったので。とくべつマリメッコのファンというわけではないのだけど、ネットで写真を見てるとTシャツとか欲しいかも・・という気持ちがムクムクと浮かんできた。
となれば見に行ってみようと。

マリメッコ製品は店頭にどどーんと並べられていた。おおー。バンクーバーあたりでもマリメッコのものを扱う店が何軒もあるので知られてはいるようだが、日本ほどの人気はないような気がする。日本人はマリメッコだから買う!という感じだが、こっちの人たちは店頭に並べられているからとりあえず見るけど、デザイン的に気に入れば買うという感じだ。
私はTシャツを買おうと思っていたので、どの柄にするかじっくり考えることにした。ちなみにTシャツは19.90ドル。2000円弱くらいか。もちろんこれに12%の消費税がつくが。
全面花柄のにするか、ポップな色とりどりの水玉にするか・・と考えたが、水玉はすでに2枚くらいしか残っていなかったので人気があったと思われる。そうすると街中で着ている人に出会う確率も高いかも・・・と思い、止めた。花柄も、いかにもマリメッコという感じだから魅かれるものがあったが、やっぱり地味系の自分にはしっくりこない。
で、無難なネイビーの地に白い水玉(水玉がおおきいから意外と目立つデザインだったりするが)のと、ぶっとい木(?)みたいなのがにょきにょきしているのにした。←デザインはともかく、色が黒とか灰色なんで地味。

Tシャツをじっくりと選んでいたら、近くの店員さんが「カゴいりますか?」と聞いてきた。「いえ、いりません」と答えたら、「あのー、もしかして日本人ですか?」と聞かれた。こんな短いセリフでなぜわかったんだ?その店員さんは中国系とのことだが、日本のアニメが大好きでアニメから日本語をかなり学んだという。だから私が日本語で話してもかなりわかるというのだ。すごいねー。ただし話す方はそれほど・・ということなので、英語と日本語交じりで会話した。
日本に今度行くんです~、と楽しそう。実はもう3回目となるらしい。アニメグッズとか買いたいらしくて楽しみにしているそうな。うーん、いいなあ。
ぐでたまが好きというこの彼女の靴がぐでたまだった!セリフが英語になっていたので、こっち(または中国?)で買ったんだろう。
だいたい、ぐでたまの絵のついた靴って、私は日本で見たことない。でもまぁネットでなら見つけられそう?

私の娘も日本のアニメ好きみたいよ、と言ったら、「コスプレする?」と聞かれた。いやいや・・・コスプレはしないけどね。こういうことを聞いてくるからには、きっとこの子はレイヤーに違いない・・・聞いてみるとやはりそうであった。
ネットでコスチュームは購入するというが、上から下まで揃えても100ドルくらいだよ、という。ふーん、そんなに高くないねと、私。
かつらなんか20ドルくらいでもある、という。中国のサイトだけど・・・。
あー、ということは中国語ができないと買えないね?と聞いたら、「私も実は中国の友達に手伝ってもらって買ってる」とのこと。

Tシャツも無事決定したので、お会計へ。ここの店舗は1階と地下に分かれているのだが、お会計は地下のほうにしかないので、階段を下りていく(めんどくさい・・)。レジはたくさん開いているが短いながらも列ができていた。すごいー(なんか感心してばかり)。
店員さんはおしなべて感じがよく、買い物したものは日本でもおなじみのあの白いビニール袋に入れてくれる。そしてテープはもちろんはじっこを折って貼ってくれるので、はがすときも簡単。さすが日本のお店である。こっちの店は、服のたたみ方もテキトーで(さすがにくるくる丸めて突っ込むなんてことはしないが)、ビニール袋にいれて、ハイ、ってわたされるだけだから、ユニクロとかほんと丁寧に感じる。
そういえば、開店当初は店の中で店員さんに会うたび、「Welcome to Uniqlo」って言われて、そんなに言ってくれなくても、と思ったが、さすがにそれはなくなってきていた。
日本だと、店の中で店員さんに会うと「いらっしゃいませー」と声掛けされるのがあたりまえなのに、こっちでやられると慣れてないから違和感。
レジの人の対応もそうだが、日本だと当たり前の接客が、こちらだと「なんかすごい!ていねい!」と感激しちゃうのが、自分でもおかしい。





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MUJI

2018年03月26日 | バンクーバーとその周辺
昨年、メトロタウン内に無印良品ができた。開店してすぐは行列ができて入店整理していたが、さすがにそういう混雑は無くなったものの、それなりにお客さんが入っている様子。
そして、12月にはバンクーバーのダウンタウンにも無印がオープン。ことし春にはリッチモンドにも店がオープン予定とか聞いている。快進撃ですなぁ。
こちらでの店名はMUJI。海外店舗はその名前で展開しているようだ。

さて、まだ行ったことのなかったダウンタウン店に行ってみたくて、娘と一緒に出掛けてきた。娘は1度行ったからもういい・・・などと言っていたが、彼女にとってみると無印って1回行ったらもう満足って程度の店なのね・・・

店舗入り口には店員さんが立っていて「Welcome to Muji」と声をかけてきた。店内でも店員さんがそのように声をかけてくることも多々ある。そういえば、ユニクロも同じような感じで、「Welcome to Uniqlo~」と声をかけてきてたな。娘はこれがイヤみたい。
入ると洋服売り場。いま洋服を買いたいと思っていないので、じっくりは見ずにさ~っと見て回る。
そして文房具売り場。文房具は見るのが楽しい!こちらはじっくり見てしまう。
インテリアグッズコーナーにはインテリア相談窓口みたいなのまであった。そして、あの(?)人をダメにするクッションもあって、何人かそのクッションに沈んでいた。うん、ダメになってるかも(笑)
気が付いたら娘もそんなダメになっている人の一人になっていた。
そのすぐ側にはコーヒーを売っているコーナーがあった。お値段はスタバなんかと同じ感じだ。本がたくさん並べてあって、それを読みながらコーヒーを楽しめそう。

キッチングッズや日用品なんかは思ったより少ない。あれ、これだけ?って感じだった。
ざっと見た感じでは洋服のほうが比重が重い感じ。そういうものの方が売れるのだろうか。
化粧品とかもおもったほど置いてないのがちょっと残念。
アロマのディフューザーは結構売れ線なのか?あちこちに置いてあった。それと、自分の好きな香りに調合してくれるコーナーもあった。
無印って商品の数が多いので、みごたえは抜群だ。あれこれ見ていて楽しいので、結構この店の中で時間がつぶれる。
お値段は日本の1.5倍から2倍といったところか。日本で買って来れたらいいけど、そうもいかない。でも絶対欲しい!となれば、ここで多少高くても買うほうがいい。たとえば日本で買ってもらって送ってもらうとかのほうが高くつくだろう。

この日、娘に靴下と髪の毛を結ぶゴムを買い、私はペンを1本買った。ゴムとペンは紙袋に入れてきちんとテープで止め、靴下と一緒にビニールの袋に入れてくれた。日本だったら当たり前な包装だが、カナダでやってもらうとちょっと感激。細かいねぇ~と喜ばしい声をあげたら、娘が「日本の店だから、日本の人が来てやり方とかも教えたんじゃないの」とひとこと。ほんと、その通り。よく分ってます。(カナダ育ちなのによく分ってる・・・)
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最低賃金

2018年01月09日 | バンクーバーとその周辺
最低賃金というものがある。州ごとにその金額設定は違っているが、いちおうどの仕事でも、少なくともその最低賃金が保証されているということになっている。
娘も息子もバイトをした際には、その最低賃金が支払われていた。賃金(Wages)というからには、時間給のことであり、月額いくらみたいなのはサラリーってことになる。

BC州の最低賃金は他の州や準州の真ん中くらいかな、11.35ドルである。一番高いのは最近まではお隣りアルバータ州だったみたいだけど(13ドル)、この新年からオンタリオ州がなんと14ドルとなって一番になったようだ。それも11.60ドルから一気に値上がりしたのはビックリ。さらに、来年1月には15ドルになるんだそうだ。すごい~~
オンタリオ州はカナダ最大の都市であるトロントや、首都であるオタワもあるけど、それにしても~、という感じ。

最近のレートで計算しても、11.35ドルは1000円ちょっとだから、日本の最低賃金よりはやや高いと思うが、それでもカナダの方ではそれほど高いという額ではないのだ。
それにしてもその金額を払わなくてはならない雇い主側は結構大変だろうと思う。

実際、今回の大幅な最低賃金アップで、オンタリオ州の外食産業(とくに大手チェーン店)が困っているらしい。たとえ賃金の上げ幅が25セント程度だったとしても、たくさんの従業員がいるところなら当然給料として支払う額が大幅に増えるだろう。ましてや今回は2.40ドルもアップ。これはかなりイタイ・・・
店によっては、有休をなくすなどといった福利厚生の部分でカットするという手段も講じるらしい。
もしかしたら、これからはあまり人を雇わないようにする傾向になるかもしれない。辞めさせるのは難しいから(とはいえ、レイオフという形で辞めさせるというケースは出てくるだろうけど)、誰かしら辞めたらそのあとは人を雇わずに残った人たちで回していくようにする・・とかして少しずつ減らすとか。
そうなると、新しく職を得るのもなかなか大変になってくる可能性もある。それを考えると、安易に今の仕事を止めない方がいいのかもってことで、職業選択の自由が意外と狭まったりして。
もちろん、人を辞めさせるとか、福利の部分をカットするとか以外にも、職場としては経費を見直すとかの努力も必要となってくるだろう。

最低賃金が上がれば、もちろん労働者にとっては嬉しい。入ってくるお金が増えるのは家計が助かる。しかし、一方が良ければもう一方に問題が出てくるというのも事実。それが回りまわって結局労働者に何らかの形でツケが回っちゃうようだと、これは良かったのだろうか?ということになりかねない。
なかなかに難しい問題である。
ちなみに、BC州では最低賃金を上げるかどうか、またあげるとすればどれくらいか、という点についてこれから協議していくらしい(そういう協議団体を任命したとか)。
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シーバスに乗って

2017年10月24日 | バンクーバーとその周辺
ノースバンクーバーに行くことになった。ノースバンクーバーとバンクーバーの間には海峡があり、向こう側に行くために橋が2本ある。1つはライオンズゲートで、バンクーバーダウンタウンからつながっている。もう一つは、セカンドナローで、バンクーバーのイーストサイドのあたりにつながっている。
車で行くならば、私の住むところは、セカンドナローを通っていくと案外とノースバンクーバーは近い。ただし、その橋はハイウェイの一部なんであり、ここを通行するにはつまりハイウェイに乗らなくてはいけない。ハイウェイは怖い・・・・。私は合流が怖いのでなるべく、ハイウェイには乗りたくない。なるべく避けているので、結果、ノースバンクーバーに行くことはあまりない、ということになる。

そんなわけで、滅多にいくことのない場所だが、この前人に会うために行ってきた。ノースバンクーバー略してノースバンも、ハイウェイから近い辺りは2年くらい前に行ったが、ダウンタウンから近い方のローンズデールとかになると、もう6~7年前くらいに行ったきりかも。
ローンズデールの方へ今回は行くことになったので、シーバスに乗っていった。(とても車で行ける自信はない)

シーバスとはダウンタウンとノースバンのローンズデールキーという場所をつなぐフェリーみたいなもの。バス、スカイトレインと同じくトランスリンクという公共交通機関の会社が運航している。このシーバスがバンクーバーとノースバンを15分弱でつないでいる。
家の近くからバスに乗り、スカイトレインの駅へ行って、1回乗り換えしてようやくシーバスのある駅に着く。そこまでですでに1時間近くかかってしまった。シーバス乗り場に行ったら、次の出航まで12分という表示。行っちゃったばかりなんだなぁ・・・・。12分って結構長い。そこで時間をロスした気分。そんなわけで待ち合わせ時間に5分ほど遅れてしまった。

シーバスは基本1台が行ったり来たりしている。戻ってくると新たに乗客を乗せて出ていく。この日は天気が良くて、バンクーバーの港の景色を眺めたり、タンカーが遠くに止まっているのを見たり、ヘリコプターが飛び立つのを眺めたり、カモメがふわふわ海の上で漂っているのを眺めたり、となかなかいい気分。シーバスに乗るとなんだか観光気分になれる。これを通勤に使っている人も多いだろうけど、私が乗ったのは通勤時間ではなかったので、他の乗客にも観光客っぽい人も結構見られた。

シーバスがノースバン側について降り立ったところはローンズデールキーという場所。お店やレストランが入ったマーケットといった感じ。ずいぶん昔に来たっきりでその頃どんな様子だったかを覚えていないほど。だから、中が変化しているのかどうかもよく分らない。
お昼を食べようということになり、フードコートへ。お肉屋さんが出しているお肉(とか厚切りハムとか)と付けあわせ2種というプレートを食べてみた。私たちが注文した食べ物を受け取って席に着き、食べ始めたころには、店の前にたくさんの人が並んでいた。人気店らしい。
量が多い!美味しいけど食べきれず、持ち帰ることにした。

フードコートのラインナップや、中のお店の様子などを見て思ったのは、ローンズデールキーは、グランビルアイランドにあるマーケットと似たような感じだったんだなということ。グランビルアイランドもバンクーバー近郊の人が遊びに来たり、観光客にも人気の場所だがここもおんなじ感じ。

シーバスがノースバンに近づくにつれて、街並みのうしろにそびえたつ山々が見えて、きれいなところだなぁと感じる。反対に、ダウンタウンに戻るときは、ビル群が目に入る。
一番前の座席に座った人の中には、大抵写真を撮っている人が何人かいる。子供たちはときおり波が立っていると喜んでいる。天気がいいから、シーバスに乗るのもさらに楽しかった。
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日系人と日本人

2017年10月07日 | バンクーバーとその周辺
第2次世界大戦の頃、日本の真珠湾攻撃を受けて、カナダ政府は日系人を敵性外国人とみなすことにした。
そして、太平洋に近い西部海岸地帯に住む日系人は、内陸部などへ強制移動させられた。しかも財産はすべて没収したのち売り払われたので、戦後、日系人が元の場所に戻ろうとしても、家や車など何も戻ってくることはなかった。
それから75年。

内陸部などへ移動される前に、ヘイスティングスパークというところに収容された日系人もいた。家畜小屋として使われていたところにベッドだとかを置いて仮住まいさせたという。それというのも、収容された人数が莫大に多く、いっぺんにそれだけの人を収容できるところはなかったかららしい。当然、匂いは臭いし、不衛生だったようで、ここにいれられた人たちの感じた屈辱は想像を絶するだろう。

今年そんな強制収容と移動から75年が経ったことから、日系の博物館でヘイスティングスパークの収容所についての展示が行われている。
そのオープニングセレモニーに行ってきた。これはちょっと仕事がらみ。
ヘイスティングスパークは、夏場に遊園地として開くプレイランドの裏側にある。(というかこれらを全部含めてヘイスティングスパークというのかもしれないが)8月の後半から開かれるフェアというお祭りもあったりして、家族連れなどでにぎわうあたりにこういう場所があったとは、知らない人が多い。
私は初めてこの家畜小屋(今は物置)に行った。ヘイスティングスの競馬場のすぐ近くにその建物はあった。

雨が降って肌寒い日だった。小屋はだだっぴろいので、中に入っていても寒い。雨に当たらないのがマシってくらいなもの。
式典はたくさんの人がスピーチをして、最後に収容所に入れられた経験のあるという高齢の女性がスピーチに立った。

あるとき、いきなり警察が来て父親が連れて行かれたこと。収容所に入れられて、臭く、じめっとした清潔とはいえない空間で、鉄でできたベッドに寝かされた・・・そうした話を聞きながら、こちらも胸が詰まる思いがした。
最後の方で、彼女は、「忘れてほしくないのは、私たちはカナダ人であることなんです」といった。
強制収容は、日系人すべてが対象だった。その多くは、カナダで生まれたカナダ国籍を持った人たちだった。ただ日本人のバックグラウンドを持っているというだけで、カナダ人が同国人をこのように扱うこと、このことに憤りを覚えた日系人は多かった。
これは人種差別でもある。当時、やはり戦争の相手であったドイツ人やイタリア人のバックグラウンドを持っている人たちなどは、このような扱いを受けなかったのだから。1900年代の始めころから、日本人(とか中国人)が、いると自分たちの仕事が奪われると、デモが起きたり、アジア系の街が襲撃されたりしていた。自分たちの仕事が奪われると白人たちが主張するのも、日本人などは、給料の安いどんな仕事も生真面目にこなすことから、仕事が回ってくるようになってしまうためだ。

私は、そのスピーチの最後の部分を聞いて、衝撃を受けた。
そうか、彼らはカナダ人であるというアイデンティティを持っているんだ。日本から来た私たちとは違う。私は日本人であるというアイデンティティを持っている。
彼らと私とは違うんだ・・・という考えは、まさに衝撃だった。日系人も日本人もなんとなくルーツを同じくするという意味で同じように感じていたけど、日系人の人たちはそうは思っていないんじゃないか、と。
強制収容の不当性を訴えるということは、カナダ人である自分たちが、同じカナダ人からされた人種差別的扱いに対する糾弾であることが、改めて意識された。

となると、日本人として、この問題に対する感情というのは、なにがふさわしいのか。
同じ国の人間として、同情と憤りを感じる、というのは違う。同じ国の人間ではないのだから。とすると、人種的バックグラウンドを持つものとして・・・ということになるのか。

私の日系人に対する感情というのは、「日系人の人たちが戦中、戦後と苦労されたことは、カナダに来てよく見聞きするようになった。そういうことを乗り越えながら、誠実に生活をつづけ、良きカナダ市民として義務を果たしてきてくれたことによって、今、カナダの人たちの多くが『日本人はまじめできちんとしている』とかといういい感情を持ってくれるようになった。そのことに感謝したい」、ということ。
ただ、あの言葉は、あなたと私たちは違うのだ、と突きつけられたような気がして、はっとさせられた。

式典が終わって、外に出るとまだ雨は降っていて肌寒い。駐車場は遠く、雨に濡れながら車に戻った。

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空気がモヤっている

2017年08月07日 | バンクーバーとその周辺
BC州内陸部で山火事が起きており、消し止めることが困難なばかりかその範囲は広まるばかり。
それというのも、ここのところ、雨が全然降らなくて(たまーに降ってもちょっとだけ、とか、降って欲しいところには降らなかったりとか)乾燥しきっているから、どんどん燃え広がってしまうようだ。
州政府は緊急事態宣言を出し、他州や他の国から消防士などが応援に来てくれている。
火事が起こっている周辺地域に住む人たちは、避難を余儀なくされており、いつ戻れるのか、いまのところ無事でも自宅にまで焼け広がらないか不安な日々を送っていることだと思う。

そういう状況の人たちがいることを考えると、文句も言えないのだが、この山火事の影響でバンクーバー周辺も大気の質がぐんと悪くなっている。
先週月曜日までは、晴れて空は真っ青、いかにもこちららしい夏空が広がっていた。その前の週末、うちの車が変な音がしているので心配になり、だんなに言って修理工場に持っていってほしいとお願いした。今まで、ブレーキを踏むとキューキューいっていて、この前のオイルチェンジの際にその点も伝えて見てもらったら、ブレーキパッドがかなりする減っているからだと思う、だけど、まだ帰る必要ないと思うよ、次でいいと思うね・・と言われた・・・(ほんとにぃ?)。そしたら、今度はそれに加えて、エンジンがかかるとキーキー言い出すように。ブレーキを踏むとその音は止むのだが、ブレーキの際のキューキューが鳴る、という状態に。
変な音が増えてるし! さすがにこれは心配なので早く見てもらうようにお願いした。

それで月曜日、だんなが連絡したら早速その日の午後見てもらえることになった。だんなが持っていってくれるのかと思いきや、「仕事有るから。あんた持っていって」。仕方ない。うちからそれほど遠くないのでなんとか行けるだろう。整備士さんは、ブレーキパッドを見せてくれて、かなりすり減っているねー、これ取り替えて、あとここのメタルの部分がこっちに出っ張ってここの部分にさわっているから音が鳴っているんだねー、と説明してくれた。普段、こうした車の整備しているところを見せてもらって話をするってことがないので、おー、ここにはこんなのが入ってるのかぁ、とか思って面白かった。

1時間半くらいでできるというので車を置いて、待っている間はそこらを散策することに。事務所を出るとき、整備士さんが「じゃ、あとで。晴天を楽しんでねー」と送り出してくれた。・・・といわれるくらい、真っ青に晴れ渡った空だった。
それが翌日、火曜日。朝起きて外を見たら、なぜか曇り空。あれー、予報では晴れだったけど? しかし、これは曇り空ではなかった。火事による煙が流れ込んできて、霞というかモヤというような状態が一面に漂っているのであった。そして、霞がかった太陽は不気味なくらいに濃いオレンジ。夕焼けでもないのに変な色。もっとも夕焼けのような色よりはもっときっつい感じのオレンジだ。

それから1週間近く。いまだ大気の状態は変わらず。夜は月までもオレンジ色になっていた。
2日くらい前には、息子が「太陽が真っ赤」というので、見に行ってみた。ほんと、真っ赤。毒々しいくらい赤い。これまた不気味・・・
まだこの状況はしばらく続くらしい。
山火事の状況がどうなっていくか予想がつかないから、この大気の状態もいつまで続くのか予想がつかないらしい。

シンガポールに住んでいた時(20年も前だけど)、インドネシアで畑を焼くため煙がシンガポール上空にも流れてきて、大気汚染を引き起こしていたことがあった。あの時はもっとひどくて、なんか空気の色が見える感じだった(空気は見えないけど、煙で色がついているかのように見えた)。私は気管をやられてしまい、咳がひどく出て大変だった。
ここでもその危険性がないとは言えないけど、いまのところは健康被害が出ているというようなニュースは聞いてない。
ただ、高齢者や赤ちゃんや小さい子ども、気管支が弱い人は影響を受けるかもしれないので注意、とか、午後おそくから夕方くらいが一番ひどくなるのでその時間帯に戸外で長いこと遊ばない、とか言われている。

ちなみに車はきちんと直り、ブレーキ踏んでもアクセル踏んでも変な音はしなくなった。
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排他的なのかどうか

2017年08月02日 | バンクーバーとその周辺
カナダは多民族国家である。そもそも先住民の人たちが住んでいたところに、白人が入ってきて国を作ったようなところなので、究極をいえば白人たちも移民である。
アジア、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、アフリカ、中東諸国などなど、いろんなところからの移民を受け入れて国家が成立しているのが現在の姿ということになるらしい。

いろんなバックグラウンドの人がいるが、バンクーバー周辺の街は中国系の人が多い。私の住む市にもたくさん住んでいる。
東アジアの移民の中では中国系がダントツで、その次に韓国、そして日本って感じだろうか。日本(日系人も含めて)は小さいコミュニティである。
特に、リッチモンド市は、住民の大多数が中国系?って思うくらい多い。聞くところによると、中国人ばっかりの学校もあるとか。(ほんとかどうかは知らないですが)
リッチモンドが中国系に人気がある理由は、リッチマンという言葉(お金持ちってことね)に響きが似ているからとか聞いたことがあるが、他の人に聞いたことでは、北米(か、カナダだけか、はたまた、BC州だけのことかは忘れてしまったが)を竜の形に捉えると、リッチモンドがある部分が目のところに当たるから、とか・・・

リッチモンドのどこかにあるタウンハウスで、ストラタの会議の際、マンダリン(北京語)で行われるので、中国系でない人は何を話しているのかわからない、これは違反ではないだろうかと訴えた人がいる。タウンハウスは集合住宅で、住民の中から選ばれた(といっても大抵は立候補しており、やりたい人が多数でもない限り選挙もないけど、いちおうAGMで承認されてなるものではある)、会長、副会長、書記などから構成される役員が1カ月に1回くらい会議をするのだが、こうした会議は通常英語で行われる。
それがみんながいちおう分る共通言語だから。
ところがそのタウンハウスでは、役員のほとんどが中国系だったらしく、自分たちが話して楽な言語であるマンダリンを使って会議をするというのだ。そんななか、非中国系の住民が会議に出ているとみんなが何を話しているかわからない。こうしたことは、違反しているのではないかという訴えをしたのである。

私は新聞報道でみたのだけど、その後、どうなったかはよくわからない。市会議員とかがこうした会議は英語でやるべきだと勧告したとか、記事を読んだ気がするが、私もずっとフォローアップしていたわけではないのでどうなっていったのか分らずにいた。
先月見た新聞では、その後、そういう訴えをした住民は、状況が全然変わらないので諦めて引っ越すことにしたという記事が載っていた。ということは、その後も変わらず、マンダリンで会議は行われていたとみられる。おそらく「英語で会議をするべきだ」と言ってた人が1人だけで、他の人たちは「なんか周りから言われたから英語でやるか」と思い直し、1回か2回くらいは英語でやってたけど、そのうちなんとなくマンダリンに戻っていって、結局その方が楽だからそれで落ち着いちゃっているって感じだったのでは?

他にもリッチモンド市では、中国語だけの表記の看板が問題になったりと、いろいろとあるようだ。
こうしたことから、中国系の人たちは排他的なのかな、と思ったりする。
リッチモンドで中華料理の店に入ったことがある。我が家では、娘が中華料理が好きではないので、滅多にいくことはないのだが、この日は日本人女性と一緒だった。うちの場合、だんなが白人なので一緒に中華料理店に行くと英語で話しかけられる。が、今回は、見た目、中国人と変わらない私たちだったからか、最初から中国語で話しかけられた。私は何を言ってるんだかチンプンカンプンだったが、一緒に行った人が少し中国語がわかるということで、なにやら会話してくれていた。

日本食のレストランだったらどうだろうか。東アジア系の客が来ても、日本語で話しかけるってことはまずないだろう。お客さんの方で日本語で話し始めれば、日本語に切り替わるだろうけど。
リッチモンドの中華料理の店だから、中国系ばっかりが行く、という背景もあったのかもしれないが、アジア系の顔立ちなら中国人ときめつけているところもなんかすごいなぁと思う。
ほんとかどうかは知らないけど、中国系の人とそれ以外の人とは違うメニューが用意されている店もあるとか。中国語だけで書かれたメニューは値段が安めだったり、スペシャルメニューがあったりするとか。自分が中国語を理解して、中国人のように店に入ってみるってことができないだけに、実証は出来ませんが。それにそういうことは、当然大っぴらにはされてないだろうから、まことしやかに語られているのみ・・・

でもまぁ、中国系の人ばっかりのレストラン内で、中国語が飛び交う中にいると、疎外感を感じるのは確かだ。ここはホントにカナダかいな?という気分になる。
そういうところこそ、美味しいものが食べられそうな気はするのだが、そのためには中国人の友人といくか、中国語をマスターしていくしかないと思う。これらの条件を満たさずに、美味しいといわれる店に行っても、きっとホントの美味しいものは食べられないだろう(もちろんそこそこおいしいものを食べられるとは思うけどね)。
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カナダ150周年

2017年06月20日 | バンクーバーとその周辺
今年は、カナダ建国150周年だそうだ。
150年って、改めて聞くと、そんなもんしか経ってないんだと思い、やっぱりカナダは新しい国だなぁと思う。
ちなみに今年はいろんな記念年でありまして、カナダでの新移民政策が実施されて50年とか、戦争中日系人が強制収容所に送られてから75年、とか。

150周年ということで、今年のカナダデー(建国記念日、7月1日)はいつも以上にお祭りムードになること必至である。
すでにあちこちで150を冠したグッズが売られている。
カナダの国旗は白地に赤い縦線が両端にあり、真ん中に赤いメープルリーフがあるので、カナダの色っていったら赤である。そしてモチーフはメープルリーフ。英国連邦として独立するまでは英国の一部だったわけなので、その当時はイギリスの旗を国旗として、「God Save the Queen(その頃はKingだったか)」を国歌としていたようだ。その後、カナダ独自の旗が作られるけど、そのデザインもいろいろ案が出たりしてたらしい。ということは、ソーシャルスタディーズという日本で言うなら社会の授業で習った。
現在の国歌は「オー・カナダ」であるが、その前に実は「メープルリーフ フォーエバー」(どんだけメープルリーフ好きなんだか)という国歌があったそうだ。だからカナダの歴史上、3曲の国歌があったことになるそうな。

私が見た150周年グッズで気に入ったのは、ティム・ホートンズの150周年記念デザインだ。





ちょっと写真はぼけ気味だが、カナダのあちこちのランドマークだとか、メープルリーフ、ビーバー、カナダギースなんかが描かれている。そんな中に、ドーナツや、ティムビッツ(小さいボール状のドーナツ)の箱、ティム・ホートンズと書かれた紙コーヒーカップといった、ティムを象徴するようなグッズも描きこまれている。
このデザインが私のツボにドハマり。絵の感じがなんかとってもかわいいし、さりげなく入ったティム物にもグッとくる。(私だけか?!)
コーヒーカップや、スリーブにこのデザインが施されているし、冷たい飲み物用の透明プラスチック容器には白いペンタッチで描かれているのも(やや見づらいのだけども)お気に入り。
すっかり気に入っちゃって、必要もないのにギフトカードを買ってしまった私。もちろん自分用にだ。
ギフトカードもこのコーヒーカップのような赤地に白のペンタッチで描かれている。だが、スペースの都合上、カップほどの絵柄がのってないのでいまひとつ満足いかない感じ。

ああ!可愛すぎる!と私一人で盛り上がっているのだが、それを見た娘が「かわいいことはかわいいけど。そんなに萌え萌え~なのはお母さんだけだよ」と一言。
え?え?そうかな・・・(汗)
そういえば私の萌えモードはけっこう変なところがある。ずいぶん前になるが、Tシャツのミリタリーロールに以上に萌えてたし(息子も萌え萌えになっていたが)。
これ↓



いまのところ、150周年グッズで私の心をいたく刺激するのは、このティムしかないのだが、もうすぐ7月1日でありこれを過ぎれば記念グッズは出てこないだろう、ということを考えると、この先も気に入ったのはこれしかないって具合になりそうだ。
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ビクトリア 2

2017年04月30日 | バンクーバーとその周辺
続きです。

ガバメントハウスとは、BC州の副総督の住居。前回のブログでは間違えて総督と書いてしまった・・・(投稿後気がつきました)
英国連邦のひとつであるカナダの元首は英国の女王だということである。だから、小学校や中高校にもエリザベス女王の写真が飾ってある。で、カナダには総督というポジションの人がいて、それぞれの洲に副総督がいるそうだ。
ガバメントハウスはビクトリアの中心地からそれほど遠くないけど、閑静な高級住宅地にある。そこへ向かう途中、住宅地を野生のシカが3頭ゆったりと歩いているのを発見。アルバータ州のバンフというスキーリゾートに行ったとき、野生のシカやムースが住宅地を普通に歩いているのを見てびっくりしたけど、ここでもそういうものを見るとは思いもしなかった。

通常ガバメントハウスの中には入ることはできないが、ツアーなんかが組まれるときもあるそうだ。
私などこういう機会でもない限り中に入るチャンスなんてないからなぁと結構楽しみにやってきた。
リビングルーム(お客様を迎えるとまずこうした部屋で歓談、しかるのち、ダイニングルームへ移動するって流れになるようだ)、ダイニングルーム(長いテーブルが置かれていていかにも晩餐会用って感じ)などは入ることはできなかったけど、外からしっかり眺めてきた。
地下にはトイレがあるのだが、そのパウダールームが素敵~。
コートを預けるところの横にはなぜか、ビリヤードの台・・・・

ボールルームという舞踏会を行えそうな(?)部屋で式典がとりおこなわれた。
副総督も祝辞を述べると共に、表彰状を手渡してくれて、なんかすごく立派な式って感じ。
実に70人くらいが表彰されたのだが、実際にこの式典に来たのはもう少し少ない人数だった。賞状を渡されると副総督とスカウトのリーダーと記念撮影。みんな嬉しそうで晴れがましくて良い感じ。

スカウトの世界っていうのは実際どんなものなのか私自身は全然わかっていないのだが、関わろうと思えば一生関わっていける組織みたいだ。それこそおじいちゃんって感じの人がスカウトの偉い人として活躍している。今回の表彰は、いろんなトピックの事柄について調べてレポートとしてまとめたり、スカウトのいろんな活動に関わったりする他に、こうした偉い人との面接なんかを経て授与されるらしい。
スカウトもいろいろと種類とかあるみたいで、集まった人たちのユニフォームも様々だ。一番よくあるのは赤いシャツにスカーフをつけてズボンはチノパンって組み合わせ。その他、ネイビーのシャツってバージョンもある。共通しているのはみんなスカーフをしているってことかな。うちの子どもたちの場合、ガードマンみたいなユニフォームなんで一番カチッとした雰囲気だ。

式典の後はレセプション。フィンガーフードやお菓子が並べられ、コーヒーや紅茶が用意されていた。それを適当につまみながら歓談の時間というところ。
私はしっかりお菓子もコーヒーも頂いた。おいしかった~
さらにガバメントハウスの中もうろうろと歩いて見て回る。入れるところはかなり限られているけど十分楽しかったかも。
外のガーデンも眺めていくが、あまり花も咲いてなくてちょっと寂しい感じ・・・
ガバメントハウスは日本の天皇両陛下も訪問されたということで写真が飾られてあった。

思ったよりも早くに終わったので、帰りのフェリーまでまだ時間がある。なんとなく流れてドライブしながらのんびりとフェリーターミナルを目指すことに。
海岸線をなるべく走ろうとして進んでいくと、きちんと海沿いの通りはこちら、というようなサインがあってそれに沿っていけば景色のよい道をドライブできるようになっているのが便利。
オークベイあたりは高級住宅地という感じで、素敵~~。
海の近くに住むっていうのは私の叶わぬ憧れみたいなもんである。
ビクトリアはいいところだとよく聞くけど、それが分る感じ。なんというか雰囲気がいいのである。(ま、住みたいとまでは思わないのだけど。)
ただ、もしも大地震がBC州を襲ったら、ビクトリアは津波の被害が大きいだろうとも言われている。海岸線を走りながらもし津波が襲ったらこういうところも一気にやられちゃうんだろうか・・なんて考えた。

途中で夕食(といってもファーストフード・・・)をすませ、フェリーターミナルへ。
さすが混んでる。式典に出たと思われる人たちもたくさんいたし。やっぱり予約を取っておいてよかった。
フェリーの中も人がたくさんだった。12月にトフィーノに行った時のフェリー(今回のフェリーとは航路も違う)はすっごく空いてたなぁ、と改めて思う。
朝5時半に出て夜9時半に家に戻ったのでさすがに疲れた。でも楽しかったな。

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