おせっちゃんの今日

平凡な主婦の平凡な日々のあれこれ帳です。
自分への応援歌でもあります。

他人の痛み

2018-09-21 15:22:53 | 雑記
最近、眠りが上手くいかない。多分昼間の活動が少なすぎるのだと思います。身体を労わると運動不足になります。眠りの世界に入れない、寝つきが悪いことがあるかと思うと、一度寝て、ハッと目覚めて時計を見ると、まだ、その日のうちだったり、2時3時だったり。それ以後寝ているのかもしれないのですが、どうもぐっすり満足のいく睡眠に恵まれません。

今朝はウトウトから覚めて、トイレに行ったのが6時、我が家の起床時間7時にはまだ1時間あると思ってから寝込んだのか、「お~い、起きなさい」の夫の声で目覚めたら8時でした。結局必要なだけの睡眠はどこかで取っているのですね。

2階の寝室から降りてテレビをつけると、いつも見るワイドショー。それがトンでもないことを報じていました。
震度7の激震に見舞われた北海道。液化現象が起こった札幌近くで、観光客が地盤沈下したため、マンホールが一段高く残っているその上に、子供を立たせて、ピースサインをさせて写真を撮っているとか、崩れた家屋の前で、記念撮影をしているとか。
あまりの無神経な行いにパトロールをして防いでいるとのこと。

この人たちは、人の痛みが分からないのか。もしも自宅がこうなったらと自分のこととして考え、想像することが出来ないのか。
「他人の不幸は蜜の味」と言う言い習わしもありますが、人間こんな鬼にもなれるのですね。自分を恥じることはないのでしょうか。
子どもを連れて、物見遊山気分なのですか。ピースサインをした子供が、どんな大人に成長するか、心凍る思いです。

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あまりに心さびしい記事になりました。せめて公園で見つけた秋をお届けいたします。



この木は何?垂れ下がった実が可愛い!



お昼の天気予報で、秋の長雨の色々な呼び名を伝えていました。手元にあったカメラでパチリ。

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秋の植物教室・・・つくば植物園

2018-09-20 15:53:07 | 雑記
天気予報どおり雨になりました。良かった良かったとほっとしています。
区民センターのコミュニティー教室で毎年行われる植物教室が、昨日行われたのです。昨日は晴天、出席者の日頃の行いがよかったのでしょう。
私はまだ今一つ身体がしっかりしないので、昨日の観察会は欠席しました。一昨日の事前講座のみ出席して学びました。

春と秋と年2度行われる植物教室です。春は花々と、新緑が目を楽しませてくれます。が、秋は春ほど華やかではありません。でも植物にとっては、子孫を残す大事な活動時期なのです。自らが動くことのない植物は、種子をなるべく広くばらまこうといろいろ工夫しているのです。
これについては、過去に書いたことがありますので、よろしかったらこちらをご覧になってくださいませ。
種の旅立ち

9月6日の朝日新聞 折々のことばにこんなことが取り上げられていました。



生きていくということは、動物にせよ、植物にせよ、子孫を残すことに懸命な努力をするものですね。
こんな事を言うのはセクハラ、パワハラになるとのことですが、最近の日本人という人種は、生き物の基本の子孫を残すという本能を失いつつあるのでしょうか。
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重松 清

2018-09-19 15:47:47 | 雑記
身体を壊して、長年習っていたお茶とお花のお稽古を止め、引き受けていた町会などのお役も最低限しか働かなくなりました。家事もさぼり気味です。勢い暇な時間が増えました。読書の時間が増えています。

図書館で、どれにしようかな・・・と書架を漁っているときに、ふと目に留まったのが重松 清でした。今までで読んだことのない作家でした。これが気に入りました。
文章は簡潔で、ワンセンテンスが短い。使っている言葉もごく普通の言葉。読解力の落ちてきている婆さんにも、とても読みやすい。それでいて、書かれている内容は面白く、かつ考えさせる。
今図書館に行くたびに、この作者のものを固め読みしています。

ちょっと前に読んだ「赤ヘル」。弱小球団、最下位指定席、だったころの赤ヘルです。
熱狂的な応援をする地元の人たちを縦糸に、父親と引っ越してきた少年。この父親が詐欺まがいの商売をしては夜逃げ同然に流れ歩いているという設定。クラス仲間に溶け込んでもどこかなじまない少年。同じ住宅に住む老夫婦。ともに原爆で身内を亡くした痛みを抱えている。その悲しみにふれられたくない気持ちと、酷さを話したい気持ちとを抱えている。記憶を何かで残したいと思う葛藤。
熱狂的な赤ヘルファンの中年男が、酒屋の立ち飲みでひと時を過ごす風景。夫を亡くした母親が一人酒屋を切り回し、中学生の息子は、入部したい野球部に入らず、悲しみを抱えつつ手伝う。などなど、ごく普通の人々の生活が時事問題を含めて描かれている。

今読んでいるのは「一人っ子同盟」。団地に住んでいる人々の生活が描かれる。
4歳の時、兄を交通事故で失った、今は6年生になっている少年と、両親。そして事故を起こした人。
離婚して女手で6年生のどこか冷めた女の子を育ててきた母親。まだ幼い子供を連れた人と再婚。複雑な少女の立場。孤児になって、親戚をたらいまわしにされてきた少年。嘘つきで、盗み癖がある少年。物語は進む。

もう一つ、私の心を引き付ける要因があります。多くの物語が、中国地方の架空の都市が舞台になっていて、方言が駆使されているのです。私には懐かしい言葉です。故郷のなまり懐かし・・・です。

かなり多作の人らしく、書架には何時も何冊か並んでいます。当分読み続けることになりそう。
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副作用

2018-09-18 16:11:38 | 雑記
脊柱管狭窄症に伴う圧迫骨折、ヘルニア。救急車で担ぎ込まれる入院騒ぎを引き起こしましたが、少しずつ良くなってきています。掌に載せて、やっと口に放り込んでいた飲み薬を少しづつ減らせないものかと2か月前くらいから、先生と相談をしながら減じていました。
ブログに薬名をそのまま載せるのはどうかとも思いましたが、同じような病名、薬名で参考にしたいと思われる方もあろうかと載せます。

運び込まれた救急指定病院ではとにかく激しい痛みを止めることが第1目標のようでした。
リリカ・・・朝夕2錠ずつ。
サインバルタ・・・朝2錠
それでも効かず、末期のがん患者の痛みを抑えるのに使うという、ほとんど麻薬に近いシール(胸に貼りつける)を使いました。それだけ使っても、痛みはとりきれませんでしたが、救急病院の性質上これ以上は入院させるわけにはいかないと5週間で追い出されたのでした。

今は、歩いて通院している整形外科医に掛かり始めました。医者は以前の医者が処方していたものをすっぱりと改めることはしないようでした。胸に張るシールは特別の病院でなければ取り扱えないと初めから止めてしまいました。その代りにセレコックスを朝夕1錠ずつを出してくれました。抑えきれない激痛に唸りながら日々を送りました。

並行して同じ整形病院でやっているリハビリを受け始めました。1月くらいで少しずつ痛みは軽くなってきました。歩くのもリハビリと歩いて通院もし始めました。落ちていた筋肉も回復してきました。

6月くらいからでしたか、まず、サインバルタを1錠ずつ減らしました。様子を見ながら1か月半くらいかかって無しにしました。特に痛みが増すほどのこともありませんでした。
次にリリカを同じく様子を見ながら1錠ずつ減らしていきました。
リリカを完全に止めると同時に、今まで気にしながら、医者も原因不明と言っていた脚のむくみがすっと消えたのです。ああ、リリカの副作用だったのですね、と言うことになったのです。かかりつけの内科医が、むくみは怖い病気のこともあるのですと、心臓や肝臓を精密検査しても原因が引っ掛かってこなかったのですが、これの原因が分かったのです。

ところがリリカと、サインバルタと全部やめてしまうと痛みが出るのです。明らかに副作用の出るリリカは使いたくないと、先に止めたサインバルタを1日1錠飲んでみました。痛みは押さえられて快調なのですが体に変調が出てきました。
自分が動かすつもりはないのに、下肢が貧乏ゆすりをするように小刻みに揺れるのです。おまけに昼間少し足を使ったような夜は、膝から下が重くだるく、じっとしておれなくなるのです。姿勢を変えてどうにか我慢と言った状態になり、無理に動かさないでいると限界までくるのでしょうか、ぴくっと蹴り飛ばすように足が動いてしまうのです。

またまた医者に相談。訊いた医者がちょっと顔色を変えました。「それはいけない。即刻使用を止めましょう。不随意運動と言って怖いのです」とのこと。前からこの動きはあって、訴えたこともあったのですが、特に取り上げられなかったのです。薬を止めたら止まってきました。これも明らかに副作用ですよね。

リリカもサインバルタも神経に作用して痛みを抑える薬なのだそうです。これを半年以上のみ続けていたのですから、怖くなりました。まあ、あの激痛を抑えるためには仕方なかったとも言えますが。

もう一つあるのです。同じころにテレビを見ていると、画面が2重に見えるのです。野球中継を見ると、投手が二人並んで投げます。フィギュアースケートを見て、まあこの二人は何とよくあっていると思っていると、一人の演技者が並んで見えるのです。これも眼科で見てもらいましたが、原因が分かりませんでした。この度、どちらかの薬が、視神経に作用したのだろうと分かりました。

纏まりなく書きました。薬の副作用はかくも怖いものなのですね。
止めると痛みは出ますが、それは我慢我慢でやり過ごしましょう。

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いなくなっても

2018-09-15 16:58:29 | 雑記
今日も新聞で見つけた言葉)

イラストレーターの信濃八太郎が、朝日新聞に取り上げられていました。と言っても私はこの方を知りませんでしたが。
若い時、チャンスがあってイラストレーターの安西水丸にイラストを診てもらう機会があって、可愛がってもらい、指導を受け、師事したのだそうです。いろいろ道のりはあったが、30代半ばで仕事が順調に舞い込むようになった。その頃にも、人を紹介してくださったり、ご馳走してくださったりよくしてもらっていた。そんな時、つい愚痴をこぼすこともあった。

どんな愚痴をこぼしたのでしょうか。新聞の記事にはそこのところは書いてありませんでした。仕事が立て込んで時間が足りないほどだったのか、自分が一人前になったと内心自慢している照れ隠しの口だったのか。
いずれにせよ、そんな時つぶやくように、しかし厳しく言われた言葉が忘れられないのだそうです。

「明日、君がいなくなっても誰も困らないよ。嫌だったら止めればいいんだ」


私は3年間務めただけで結婚。ずっと専業主婦で生きてきました。平々凡々の女です。でも、主婦、母親という地位は、無給の、夫に食べさせてもらう3食昼寝付きと揶揄された時代もありましたが、居なくなると困る人ではあるんですよね。

二人の子どもが小学2年生と1年生だった時、健康診断で尿に大量の血液が混じっていることが分かりました。腎臓がんの疑いがあると即刻検査入院と言うことになってしまったのです。結局無罪放免だったのですが、その時、の子どもたちのしょんぼりとした様子、母親は良妻賢母ではなくても、第一に健康で存在することこそ大事と自覚したことでした。

主婦・母親。いなくなってはいけない役目を負っていますね。
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行不由径

2018-09-14 16:22:02 | 雑記
先日、朝日新聞の全面を使った大きな広告がありました。改訂する「大漢和辞典」の広告のようでした。分厚く重くなる一方の辞典は、この度は電子化もされるようでした。

その広告の中に、編纂に携わった諸橋轍次の座右の銘が書かれておりました。それがタイトルの「行不由径」です。論語の中の言葉だそうです。

行くに径(こみち)に由らず(よらず)と読むのだそうです。解釈もしてありました。
径の方が早いし、景色もいい。しかし行き止まりがある。大道は遠回りに見えても決して迷わない。

これは実際に道を行く行動についてだけの教えではないはずです。人生の生き方の教えに違いありません。こざかしく、目先の有利さに惑わされて、ついつい危険もはらむ小道を行くよりも、正々堂々、大手を振って目的にぶち当たっていく、、少々遠回りに見えても。

さてと考えました。私は今年80歳の大台に載りました。どう大目に見ても残りの人生はさして長い道のりは残されていないでしょう。これからの人生、どう歩むのが「大道」なのでしょうか。心身ともに確かに弱ってきています。大道を歩むにしてもよろよろ感は否めません。

これまでの人生、大道を歩んで堂々と生きてきたとは言い切れませんが、夫とは縁あって人生の相棒としてどうにか大して波乱もなく歩んできました。子どもに二人恵まれて、これも立派に育て上げたと大きな顔はできませんが、子どもの方で自分の人生を掴んでくれました。舅姑父母4人をどうにか安らかに彼岸に送りました。
こう考えると、人生の責任は曲がりなりにもも果たし終えた気がします。

あとは夫とどちらが先に旅立つことになるかは、神のみぞ知るですが、その時までは、健康に、互いの負担にならないように、最後まで、少しでも世の中のお役に立てればこれ以上のことはありませんが、せめて迷惑はかけないように生きて、ある日すっと消えるように静かに行くことが「大道」を行くことになるのでしょうか。
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警察官?・偽物?

2018-09-13 15:54:11 | 雑記
午前9時半頃だったでしょうか、玄関にピンポ~ン。
出てみると・・・こうした場合、私は根が平和な田舎育ちのものですから、ためらいもなく開けるのです・・・赤い作業ベストをシャツの上に着こんだ、いかにもお巡りさんと言った格好の男性です。診た感じでは感じの良い、体格のがっしりしたいい雰囲気のお巡りさんです。内心、でもなあ、と少し警戒心が湧きますが・・・。その人は警察手帳を示し「振り込め詐欺、おれおれ詐欺を撲滅しようと回っているのです」とのこと。

「北沢警察管内でも、今年すでに50件を超える被害が出ており、金額も驚くばかりです。少しでも減らそうとこうして回っているのです。怪しい電話がかかってきたことはありませんか」
「それが不思議なほど、今までかかってきた覚えがないのです」
「そうですか?実は逮捕した詐欺グループがもっていた電話資料にお宅の住所・電話番号が載っているのですよ。こうしたグループは、お互いに資料をやり取りして手を変え品を変えかけてくる傾向にあります。よく今まで掛かってきませんでしたねえ?」
「あら、怖いおばあさんがいるとうわさが広まっていますかねえ」
「今まで掛かってこないからと言って安心しないでください。騙されないと自信のある人が引っ掛かりますから」
「はい、気を付けます」
「電話ででも直接接触しないことが防ぐ第1条件です。留守番電話にしておくことが大事です。直に話が出来なければ、敵も言いくるめることはできませんから。留守番機能はありますか」
「はい、ありますけれど、留守にする時だけで、在宅しているときは出ますけれど」
「それを止めてすべてを留守電で受けてほしいのです。そうしていたのに、たまたま電話機の近くにいて、反射的に受話器を取って、引っかかってしまった人もいます。録音を聴いて、また繰り返して相手のかけ直すという2度手間になるかもしれませんがぜひ用心のためにしていただきたいのです」
「はあ、町会の仕事を手伝ったりしていて、そうも言っておられないこともあるのですが極力するようにします」
「それと、留守電のその旨を言う言葉はベルの何回目に発するように設定されていますか。これが長いと、ついつい出てしまう傾向にあります。出れば直接敵と話すことになります。メッセージはすぐに相手に聞こえるように短く設定しましょう。ここに各機種の設定方法の説明は書いてありますが、良かったら私が今設定していきますが・・・」

2度ベルが鳴ったらメッセージになるように設定して行ってくれました。
でもやはり一日中留守電にしておく習慣に慣れません。でもやらなければでしょう。

「兎に角それで敵が稼ぐ額は尋常一様ではないのです。中にはタワーマンションを買ったりの贅沢三昧をしているのです。よろしくお願いします」

確かにおっしゃることは当然のことで、態度も言葉づかいも礼儀正しい好感の持てる警察官でした。
でも悲しいことに私の心の中に、こう言っているこの人が詐欺犯人ではないか、という疑いがどこか沸いてくるのでした。悲しい世の中です。人をまず疑わなければならないのです。この方も言っていらっしゃいました。

「なかなか信用してもらえないことも多いのです。警察手帳を見せてもだめで、それでは今北沢警察に電話をして、私が本物であることを確めてくださいということもあるのです。それはそれで、しっかりした人ということで褒めるべきことかもしれないのですが、悲しいことです。兎に角私どもは少しでも減らしたいのです。これは?と思った時はためらわず警察にお電話ください」と帰っていかれました。
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出来なくなること

2018-09-12 16:04:49 | 雑記
今日はおせっちゃん篇

リハビリにも通って、若い先生から「ずいぶん筋肉もついてきましたよ」と言っていただくのですが、どうも膝に力が入りません。少しマシになっていたのに、猛暑を軽く見て熱中症にかかり、吐き気で5日間食べられず、その後も気分の悪さが続きました。それでごろごろ寝たり転げたりの夏になってしまいました。
使わないと筋力はすぐに弱って来るようです。
床に座ったりしゃがんだりした姿勢から立ち上がるのが、何の助けもなしでは難しい状態になってしまいました。

リハビリ先生にその旨を言って、そうしたところに力をつける体操を入れてくれるようにお願いしました。その時の先生の言葉。
「そうしましょう。でも、立てないわけではありませんよね。ちょっとつかまったり、床を手で押せば大丈夫なのでしょう。其れならまあいいじゃあありませんか」

ああ、そうか、私の年では立てれば上等なのか。それ以上を望むのは無理・・・と諭されたのかなあ。
う~ん、がっかり。

翌日からちゃんと新しい運動が加わりましたけれど。


一昨日の夜、夫が言いました。
「2階のトイレの電球が切れたよ」。夫はこういう仕事は若いころから一切しません。私にどうにかせよということです。
はい、はい、と返事をしてトイレに行ってみると天井についています。下に椅子を持って来て、その上に立てば私にもできるけれどなあ、とは思いましたがいやいやと思い直しました。以前息子Kから重々注意を受けていたのを思い出したからです。
「高いところの仕事はしてはいけないよ。出来ると意地を張って自分でやろうと思わないでね、言ってくれれば会社帰りによるから」

メールを打ちました。すぐさま返信メールが入りました。
「へい・へい。LEDにしたほうがいいかな」

老いては子に従えでしょうね。

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今日町会の役員会がありました。敬老記念品を75歳以上の人にお持ちする作業です。
その時、写真家の伊藤信男さんが、ご自慢の写真をくださいました。お目に掛けます。
いかにも秋の空ですね。

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度忘れかなあ

2018-09-11 15:42:53 | 雑記
昨日、いよいよボケてきたかな、と言う馬鹿な生活ぶりを書きましたが、そのほかにもつくづく歳とったなあと感じること、多々です。お笑いの種になりますかしら、笑いながらお読みください。
今日は夫編。

昨日のことです。ちょっと出てくる、すぐ帰ると夫が出かけました。散歩かなとブログを書く手も休ませず、行ってらっしゃい!と景気良く送り出しました。本当にすぐ帰ってきました。
何だか勢いのない声で「あ~あ、参ったよ。銀行でキャッシュカードで引き出そうとしたら、急に暗証番号が出てこなくなっちゃった。引き下ろせないんだ」。

わが家は、私はずっと専業主婦ですから、私の収入はわずかばかりの国民年金しかありません。大半どころか、ほとんどはもともと夫の収入です。そこから家事費分私が任せてもらって自由に使い、上手くへそくったものがお小遣いになります。一応任せてもらった分は私が取り扱い、夫は夫でやります。いわば、変形の独立採算制です。
従って預金通帳などもそれぞれが持っていて、それぞれが使います。だから、私は夫の暗証番号などは知りません。その旨を言い、でも、以前お使いで行った時にはあなたは生まれた年の西暦だったわよ。ずいぶん昔の話だけれど・・・。それやってみた?

いや、違うのを入れて、出せなくなってはいけないと思って何もしないで引き返してきた、とのこと。
でもそれかも知れない、もう一度行ってくる、と出かけ、駄目だったとしおしおと帰ってきました。
焦るとますますわからなくなるわよ。明日で間に合うのだったら、今夜ゆっくり寝て、明日になったらするすると出て来るんじゃないの。と慰め、どうしてもだめならカードと通帳と、届け出の印鑑とをもって窓口に行けばいろいろ聞いて出してくれるんじゃあないの。まずは今日はさっぱりあきらめてと宥めたのでした。

うん、そうする、と言いながらも、かなりショックのようで、お相撲もしょんぼり見ていました。

今朝、銀行に行って来ると言います。
「思い出したの?ダメな時ように印鑑や身分証明書など持って行った方が良いんじゃあないの」
「多分これでいいと思う、大丈夫」
その後何にも言わないところを見ると出来たらしい。

大事なことは書いておかないといけないね、とは昨日夫が繰り返し言ったこと。
私もキャッシュカードの番号こそ忘れたことはないけれど、PC関係のパスワードなどは全く覚えていません。頭の中ではなく、書くということは、もしそれを他人に盗まれたら大変な事になるということですよね。困ったこと。
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曜日が分からなくなった

2018-09-10 14:09:23 | 雑記
なるべく日曜日以外はブログを更新しようと、自らを励ましています。
それが8日の土曜日は、もう11時頃になってPCを閉じて寝室に上がるときになって、「おや、今日は書かなかった」と気が付いたのです。

変な感覚は前の日・金曜日から始まっていました。起床した時に「今日の予定は?」と考えたのですが、その時「ああ、土曜日だから先日求めたものが配達されてくるのだ。代金引き換えで受け取らなければ。お金は用意してあるし、そうそう品物をセットしてもらう自分の寝室の掃除をしておかなければ」と思い込んだのです。

朝ご飯を食べながら、予定が書き込んである電話前の壁のカレンダーを見ます。え??今日は金曜よ。ボケてたなあ、午前中は医者にリハビリに行かなければ、土曜日は明日明日。と言い聞かせたのでした。

それだけならよくあること、年相応のボケかと思っていいのでしょうが、医者から帰り、お昼を軽く済ませた時には、すっかり朝の感覚・・・今日は土曜日・・・になってしまっていました。配達は1時から3時の間との約束だからと何度も言い聞かせて読書をしながら待っていました。3時過ぎても来ません。遅れを断る電話も入りません。おかしいなあ、どうしたんだろう?

3時20分。時間に割に几帳面な私は少々怒ってきました。と同時に、おや?今日は金曜日じゃあなかったっけ?こうなると本当に正しい曜日が分からなくなってしまいました。慌てて新聞で確かめました。
ああ、金曜日だった。

そんな感覚が土曜日になっても続いていました。配達の荷物を引き取るところまではちゃんとやりました。ところが夕方には、日曜日だと思い込んでいました。夫に、今日からお相撲だねと言って、なに言ってんだよ、今日は土曜日だよと叱られました。ああそうか、土曜日か、とは思いましたが、頭から、日曜日、ブログは書かない日、と言う考えが抜けませんでした。

と言うボケ婆さんはブログ更新を失念してしまったのです。

これって、認知症の始まり?
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