法律情報

行政書士で大阪市内で開業している北東 聡(きたひがし さとし)が、気になる法律情報を提供します。

交通事故における債務不存在確認訴訟について

2011年11月09日 | 民事訴訟法、非訟事件手続法、破産法
 次の内容は、私が、6年前に別のブログへ掲載したものです。

 1 問題提起 

 交通事故訴訟の本人訴訟を支援している神奈川県の行政書士の方から次の質問を受けました。

 Q 「交通事故の被害者(被告)が、加害者(原告)から債務不存在確認訴訟を受けた場合、その被告のなすべき対応は、『反訴か、和解
  か』ですか?
   私の知人である行政書士は、反訴か和解のいずれかをとるように助言していますが、ほんとうにそれで正しいのでしょうか?」

   ここで、債務不存在確認訴訟とは、「債務者が原告となり債権者を被告として、特定の債務が存在しないことの確認を求めて提起
  される確認訴訟を指す。債権者たる被告が債権発生事実について証明責任を負うので、この訴訟には提訴強制機能があるといわれて
  いる」(『コンサイス法律学用語辞典』三省堂発行、2003年12月20日発行)。
http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/roppou/roppou_dic/concise_horitugakuyogo.html

   そして、確認訴訟(確認の訴え)とは、「訴えの内容である権利関係について、原告がその存在または不存在を主張し、それを確認
  する判決を求める訴えの形式を指す。」(同書)。
   また、反訴とは、「係属中の訴訟手続を利用して被告が原告を相手方として提起する訴え(民訴146条)」(同書)です。

 A 債務不存在確認を訴えられた被告の対応は、ほとんどの場合、反訴を提起するか、和解をするかのいずれかだと思います。
   しかし、「反訴か、和解か」と、最初からそのような大前提を立てずに、通常の給付訴訟と同じく、原告の請求を却下または棄却
  を求めたり、反訴の提起、または、相手方の訴えの取下げを求めたり、裁判上の和解、裁判外の和解を検討されるべきだと思いま
  す。

 2 理由
   まず第一に、債務不存在確認訴訟は、当然のことながら確認訴訟ですから、確認の利益が必要です。例えば、原告(加害者)が被告
  (被害者)と何ら損害賠償について、話合いを持たずに、直ちに訴えを提起した場合は、請求を却下すべきでしょう(私見)。
   第二に被告(被害者)が病院に入院中で、訴えの利益はあるが、具体的な被害額が算定できない場合には、請求を棄却すべきでしょ
  う(私見)。

   被告(被害者)が、上記のような状態であれば、反訴や和解という手段ではなく、請求の却下または棄却を求める対応も考慮すべき
  ではないでしょうか。
   それから、なぜ、「反訴か和解か」という命題が出されるのかですが、判例・通説が、債務不存在確認訴訟の場合における“証明
  責任”の責任の所在を、給付請求訴訟とは逆に被告(被害者)に負担させているからだと思います。

   ここで、証明責任とは、ある事実の存否について裁判所がいずれとも確定できない場合に、その事実を要件とする自己に有利な法
  律効果の発生が認められないことになる当事者の不利益をいいます。
   また、給付訴訟とは、請求内容として、被告に対する特定の給付請求権の存在を主張し、給付を命ずる判決を求める訴えです。こ
  の判例・通説が想定する債務不存在確認訴訟は、主に貸金訴訟を念頭においているものだと推測します。

   現在は、上述のような考えに至りましたが、つい数年前でしたら、「反訴か、和解しか、手段はないんじゃないの?」と知人に答
  えていました(笑)。考えが変わった理由は、次の岐阜簡易裁判所の宮崎富士美判事(発行当時)著『設例 民事の実務』291頁 
  (三協法規出版、平成3年10月31日発行。発行後、増補版が刊行されたが、現在は、絶版の状態です。)の記述に接したからです。こ
  の本は、現在も簡裁判事に影響力を持つといわれており、私としても法律の書籍では、佐藤幸司著『憲法(第三版)』(青林書院発行)
  と同様に非常に感銘を受けましたので、現職簡裁判事の方々による補訂版の刊行を期待しております。
http://www.amazon.co.jp/%E8%A8%AD%E4%BE%8B-%E6%B0%91%E4%BA%8B%E3%81%AE%E5%AE%9F%E5%8B%99-%E5%AE%AE%E5%B4%8E-%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E7%BE%8E/dp/toc/4882601117

「この問題は債務不存在確認の訴えにおける判決の既判力の内容と深い関わりを持つ。即ち、原告勝訴の判決のうち、債務額零を確認したものは全額につき、また一定額を超える債務不存在を確認したものは超過額につき、それぞれ債務の不存在が確定するから、被告は原告に対し将来給付の訴えを提起できない(提起しても必ず敗訴となる)。抗弁が排斥されることは、被告から原告に対する給付の訴えが棄却されたのと同じ結果となるのである。

 このため、被告はその訴訟において積極的に債権の存在を主張、立証しておかないと請求権を失ってしまうことになるが、他方、債権者は債権額(損害額)の調査をしたり証拠を収集する都合上、給付の訴えを提起すべき時期を事由に選択する権利を有するから、右両者の利害をどのように調整するかが問題となる。

 しかし、原告の債務不存在の主張には債務の存否及びその金額が確定していることを前提とする筈であるから、被告は、もし債権額が確定しかつその立証が可能であれば、その確定額の存在の主張を尽くすべき義務を負い、債権額を確定し又はその立証が準備不足で応訴不能(事故直後に訴えを提起されたとき等)の場合は、被告において、原告に故意、過失があり、かつ金額が確定できなくても被告が損害を受けたことさえ立証できれば、原告の請求を棄却することができるとするのが妥当であろう。ただし、この場合の判決には債権の存否につき既判力がない。

 前掲講座Ⅰ 375頁は、被告において応訴の準備ができていないときは、訴えの利益を欠くものとして訴えを却下することができるという。一つの解決策とは思うが、にわかに賛同できない。
 そうは言っても、債権額が確定可能の状態にあるのか否か、立証の準備完了可能の状態にあるのか否か、換言すれば債権者側の怠慢の有無を客観的に判断するのは実際には極めて困難な問題であるから、この点で請求の認容、棄却が分かれるとするのは、言うは易く、行うは難い見解と言わねばならないであろう。」

 
 上記の問題に関係する下級審の判決例の関する論稿がありましたので、次にご紹介します。
 弁護士の岡伸浩著『民事訴訟法の基礎』(法学書院、2005年6月20日発行)120~121頁、現在は第2版が刊行されています。)
http://www.hougakushoin.co.jp/book/b92766.html