広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

正しい家族愛を描く映画 リトル・ミス・サンシャイン

2015-07-13 10:24:51 | 映画

リトル・ミス・サンシャイン (日本語吹替版)

主役の子役 アビゲイル・ブレスリンを『幸せのレシピ』で見て、その数珠つなぎ。

この映画は、家族ってどうふるまえばよいのだろう?って分からなくなったときに見るもの。

人は助け合い、迷惑をかけ合いながら生きているってことが分かる映画。

成人した兄弟。妹は、自殺未遂した兄を引き取る。「生きていてくれてよかった、兄さん」。ところが、妹の家庭は、口論が絶えない。食卓で「いつもこうなのかい?」とその自殺未遂した兄が、沈黙の誓いを立てている甥に言う。「君もたいへんだね」。

妹の方も兄を救おうと思って家に連れてきているのだが…(笑)。その夜、叔父は甥と打ち解けようとする。甥っこの返事。「Welcome to hell」 が二人の共通認識(笑)。妹は兄を救おうと連れてきたのだが、彼の存在はむしろ甥っ子の救いだ。

美少女コンテストに繰り上げ当選した、末っ子をどうやってカリフォルニアへ連れて行くかで口論する親。結局、お金が工面できず、一家全員がおんぼろワゴンに乗って行くことになる。が、この車、クラッチが壊れて、押さないとスタートできない。故障というトラブルが福と転じて、一家を団結させ、自信を付けさせる。

道中、仕事上、経済的な苦境に立たされることが分かる父親。息子である彼に向って「お前はよくやった。わしはお前を誇りに思う」と声を掛ける祖父。失敗が引き出した父親の愛情。

その途中、おじいちゃん、自殺未遂の叔父にお金を渡し、これで好きな雑誌でも買ってこい、と自分のポルノを買わせると思わせて、相手への思いやりを示す。しかし、そのレジで昔の恋人に出会ってしまってさらに傷を深くしてしまう。思いやりが仇になる。

娘が「アタシ怖いの、おじいちゃん」「パパはあたしのことキライになっちゃう?」とおびえる娘に「チャレンジしない人間こそが臆病者なんだ」とおじいちゃんが答える。子供には大事なことをきちんと伝えるおじいちゃん。ところが、翌日の朝、おじいちゃんは薬物中毒により死亡。孫娘の一大事に対して致命的に足を引っ張ってしまう。

そこで父親は死体を車に入れたまま、会場へ行くことを決意する。社会的規範を一切無視した大決断。すごい決断だ。この社会において勇気のいつ決断とはどのようなものかが表れている。

色覚異常が道中判明し、ショックを受ける兄。妹は静かに兄の肩に腕を回す。大事なことは言葉を掛けることではなく、寄り添うことだということが分かるシーン。「分かったよ」という兄。自分より弱いものに助けられるのだ。兄弟愛とは何かが分かるシーン。

遅れそうなため、率先してもうダッシュで受付に行く叔父・・・仲間とは何か?自分にできることをするとはどういうことか?が分かる大事なシーンだ。

4分の遅刻で出場資格を取り上げられそうになる。このシーンで、ひざまづいて懇願する父親。家族のために捨てるプライド。カッコいい。自分のメンツより家族愛。

そして、大会の外での甥っ子と叔父の会話。叔父から甥っこへの愛情あふれる会話。

大会が進むにつれ、「妹が笑いものにされる」「母親なら娘を守れよ」と慌てる、父親、兄、叔父の3人。思いやりとは何か?がよく行動に表れている。

「出たくなかったら出なくてもいいのよ」と判断を娘に任せる母親。相手を尊重するとは何か?が分かる。

出ると決意する娘。、「チャレンジを受けてたたないことが負け犬」というおじいちゃんの言いつけを守っている。真の勇気とは何か?がここに表れている。

そしてフィナーレ。ダンスを披露するのだが、ストリップだったのだ・・会場は騒然としてしまうのだが、率先して拍手する家族たち。

最後は会場側が辞めさせようとするのに対し、家族総出でステージで踊ってしまう。家族とは愛情とはこうあるべきだ。

結局、この映画が描こうとしたことは、真の愛情は、うわべでは計れないと言うことだ。

愛情から出た行為が、相手をより深く傷つけることもある。

その逆もある。人は弱さは仕方がない。大事なことは愛情なのだということだ。それは社会的な成功の尺度では計れないものなのだ。

 

 

 

 

この記事についてブログを書く
« ブラックバレリーナ | TOP | 遠方から友人が訪ねて来てく... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 映画