素晴らしい本!『イマドキの野生動物』

2012-06-07 11:01:31 | 山の本 移植途中
この本は素晴らしい本でした!山と自然に興味がある方は是非一読をおススメします。
写真ルポ イマドキの野生動物―人間なんて怖くない

■ 平和ボケ

現代の自然vs人間の状況は・・・

 1. 野生動物の状況や心理を読める人がいなくなってしまった (無関心)
 2. 人間社会が無意識に野生動物を餌付けしている状況     (豊か)

であることが分かります。一言で言えば、平和ボケですね。 

人間界の物質的繁栄は、人間が自然を無視しても生きていけるほどに豊かになり、
有り余った豊かさ(=廃棄された可食ゴミ)で野生動物を養っている

とも言えるわけです。(貧しいこと)ではなく、むしろ(豊か過ぎること)が問題である、
という構図は、人間が今や栄養失調を問題にしなくて良くなり、むしろメタボが問題であるのと
相似形です(^^;)

やるべきことは

 1.身近な野生動物に対する知識をつける
 2.餌付けをやめ、お仕置きをし、野生動物と人間の適切な距離を維持する


ですね。 そういう意味では登山人口が増えるのは人間側の潜在意識がマズイと察知しての
ことなのではないでしょうか。

■ 動物達は人間をナメ切っている!

大学は箕面にありました。おろかにも都心の一等地にあった敷地を離れ、電車の終点から
さらにバスを乗り継いで30分…これ以上後ろには山しかないニュータウンの最奥地に
移転して10年後…それが私が入学した頃の大学でした。

移転そのものが失敗だったことは既に学内では常識化しており…(笑)我が校は、不名誉にも
筑波大学に次ぎ、自殺者の多い学校でした…(汗)理由は暗いから。 

そんな外大の女子寮はすぐに裏手が山であり、フェンスの外側にはお猿。自動販売機の
コーラを買うと、人間が手に取る前におサルが取っていってしまうのは有名な話でした。

学生食堂の残飯はお猿被害で毎年ニュースに。ガラス張りの食堂からお猿たちを見ていると
見られているのはこちらで、アチラは見ている側なのでは?と感じることもシバシバ…。

当時からお猿は山であふれかえっていたのです!! 

当時の私は、お猿なんて当然興味なく…箕面の自然公園も行ったことがない。だって
近所なんだもん… わざわざ行かなくても公園内に住んでいるようなもの。

ただ…猿が人間を襲うことがなんだか非常に身近でリアリティのある時代でした。(90年ごろ)

■ 人間はピンチ

この本は、50年というスパンで野生動物達の盛衰を写真でみせてくれています。

伐採後の森のBeforeとAfterの写真は説得力がある。50年前に皆抜された場所は今やジャングルです。
密林化現在進行形で進行中。 登山している場合じゃないんではないか?と心配になります。

里山における物事の機序=”もののことわり”が分かります。

私たち人間が作ってきた環境は、ある生物には有利に、他の生物には不利に働く。その詳細を
つまびらかにした写真集です。

《里山減少の帰結》
人口が都市に集中する 
→ 日常生活から自然への意識が希薄になる
→ 里山では人口が減る
→ 里山管理できなくなる
→ 投棄された作物や生ゴミが餌になる 
→ 動物達は安心して田畑を荒らしに来る
→ 人間の力より圧倒的に動物の力が強くなってしまった
→ 自然は圧倒的な力を持って人間社会を包囲している!

ふむ。つまり 自然”保護”なんて言っている場合じゃない?保護じゃなくむしろ防戦

■ 自然は変わるのが普通ですってば!

去年読んだ堺屋太一さんの古い本には、八ヶ岳でウサギが増えて困っているという古い記事がありました。今ではウサギなんて問題にもされません。

自然は変わらないのではなく、変わり続けるのが普通。自然を変わらぬ、としてしまったのは
人間側の観察眼と知性がそれだけ退化しただけのことなのかもしれません。

ちょっと山を歩くだけであるいはちょっと数冊の本を読むだけで、一般に喧伝されている話と
現実は大きく乖離しているんではないかというほころびをアチコチに感じます。 情報の喧伝元は
どこなのか? 気になりますがそれはさておき…

■ 戦後、自然はどう変わったのか?

《戦後の森の変遷》

1960's 国策による原生林を含む国有林の伐採(林野省のお金儲け事業)
 ↓
一時的な草原化 
 ↓         (拡大造林とその後の放置)
森の回復による密林化  

《野うさぎのケース》
60's 野うさぎの繁栄 わずか10Kmで50匹も!
 ↓
80's 野うさぎ衰退
 ↓
90's 野うさぎがほとんど見られなくなる
 ↓
最近 野うさぎの数が回復しつつある


《日本カモシカ》
50's 幻の動物と呼ばれた
 ↓
60's~70'S  急増し、害獣化
 ↓
以後安定  今ではどこでも会えるありふれた動物に。

《その他》
・水鳥: 水質汚濁に沿って汚濁状況に適応した種が増えた
・ムササビ&ふくろう: 木の洞に巣を作るものは樹齢の高い木が減ったことで住宅難
・鹿: 激増中。鹿の分布域拡大=ヤマヒルの分布域拡大。
・クマ:激増中。人を襲う被害続出。定点無人観察カメラに人より多く撮影される。
・外来動物:勢力拡大中。
 ・ハクビシン
 ・マングース
 ・アライグマ
 ・台湾リス
 ・ヌートリア
 ・朝鮮イタチ
 ・アカミミガメ
 ・キョン

■ 人間が意図しない餌付け行為の例

・放棄された農作物 
・公園の実のなる木 
・牧草地
・お墓のお供え
・養蜂のはちみつ
・青灰色の粘土層 泥舐め場
・融雪材の塩カル
・針葉樹の密生植林 クマ剥ぎ 4~6月に集中。カラマツ・モミの針葉樹
・路傍においてある燻じょう用の化学物質 ペンキなどクマが好んで荒らす

これらは全部、動物にとっては人間がわざわざご馳走レストランを用意してくれた、ということになる。

■ 松枯れの帰結 

人口が都市に集中する 
→ 日常生活から自然への意識が希薄になる
→ 里山では人口が減る
→ 里山管理できなくなる
→ 薪を取らなくなった 
→ 松の木にセンチュウが増えた  猛威をふるい始めたのは1970年代から
→ 枯れる 

これがどう動物相に影響を与えたか?

→ 松は肉食の猛禽類には良い営巣場所となるが、枯れたことでオオタカは営巣できなくなった
→ オオタカ減少
→ 一方、立木状態になった枯れ枝はハヤブサの見張り台として有用
→ ハヤブサに有利に。ミサゴが営巣。

→ 松の枝は枯れて腐朽菌が入り蟻が増える
→ 熊の好物

つまり、松枯れは、オオタカに不利に、ハヤブサには有利に、クマに有利に働いてきた。

■ 動物の存在に気づく アニマルトラック=糞の見方

《糞の仕方》
・野うさぎは、決まった場所に糞をする
・カモシカは、行動圏がほぼ一定している。糞場が決まってくる。
・タヌキは、縄張り誇示んために鮮度の良い糞を同じ場所に誇示。
・キツネやテンなどの肉食動物は糞を切り株の上や目立つ場所にし、サインポストする。
・テン、ハクビシンは樹上の巣穴のすぐそばに糞
・ツキノワグマの糞は柔らかく一日で分解されてしまうので、糞をみたら新しいと思ってよい

すべからく登山者はクマとイノシシくらいは糞を見分けられないと危険を察知できないですね。

■ その他

野生動物にとっての脅威は、疥癬です。毛が抜けてしまう病気。後は交通事故。
クマ棚は多くない年もあり、だからと言ってくまがいないとは言えないそう。

4~6月は、ヒノキやカラマツ、モミの森は樹液を吸うために「クマハギ」されている
そうなのでそういうサインを見たら登山者としては用心するべきですね。



私は海外では催涙スプレーを護身用に持ち歩いていましたが(っていうか日本のほうが
よっぽど海外より危険でしたけど!!)クマ用のスプレーはこちらがデファクトスタンダードな
ようです。

カウンターアサルト
http://outback.cup.com/counter_assault.html

■ 人と野生動物はおトモダチにはなれないのだ!

《追い払いと捕獲のヒント》
・シカ: 目と耳をかく乱する。
・イノシシ:警戒心が強い。光、音、においの3点攻め。あるいは逆手にとって捕獲。
・サル:日本犬で追い払い
・ハクビシン・アライグマ: 樹上にワナ

■ まとめ

してみると、自然を見るときに重要なのは植物相の変化は動物相の変化につながることを自覚することですね。

動物は、植物相の変化の結果でしかない。 変化から原因を紐解くしか、根本的な対策は出てきません。根本的なことを考えるなら塩カルは辞めるべきですね…

シカを捕獲するのは対症療法…結局鹿が住み易い環境が続く限り、殺しても多産のシカはさらに子を産んで応戦するのみで不毛な戦いのようです。シカは移動範囲を広げさせないようにしないことには延々と増え続けそうで恐ろしい… ま、考えようによっては飼育コストゼロの有機認定尽きの食肉が豊富に取れる、ともいえます(笑?)が。

こんな野生動物とも西洋人は心を通わせることを試みるのだろうか?例えばツキノワグマと??
ふと疑問に思いました。

まぁ日本的にただ”かわイイ~”と(語尾を上げ調子で)餌付けする愚は、良識的登山者として少なくとも避けたいものです。

あ、言い忘れましたが、この本は『となりのツキノワグマ』の宮崎学カメラマンの本です。
少々語気が荒い感じだった『となりの…』と比べ、語調が柔らかく、自然への愛とたゆまぬ好奇心に
あふれていて、同じ著者だとはしばらく気がつかなかったほどです。


Comments (2)   この記事についてブログを書く
« 土壌の勉強 | TOP | どこかに行けばよかったなと... »
最近の画像もっと見る

2 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (わたぼー)
2012-07-16 18:48:04
はじめまして。記事を読まて頂きました。

私は、ある県庁所在地に1年ほど前に引っ越してきてから、そこに暮らす野生動物を観察しているのですが、野生動物と人の距離に驚いています。
そして、そこに住む人たちの、「自然に気づく感覚の鈍さ」に唖然としています。

住宅のすぐ近くにクマ糞が落ちていても、全く気付きもしないのです。

このままだと軋轢が生じることは目に見えていますが(もうすでに起こっていますが…)、まったく気づかず、対策もせずにいる住民や市に、危機感を感じています。

きっと日本各地同じような状況なんでしょうね。現代社会の歪みですね。
こんな社会は、未来を生きる子どもたちに残したくはないですね。
本当にそうですね! (Tanihachi)
2012-07-16 22:01:28
黙して語らぬ自然…ホントは見方を知ってさえいれば饒舌…それを分からなくなった人間界…
能天気さがさらに危機感ですね~

子供達には負の遺産ではなく、未来からお預かりしている現在として、きちんとケアされた社会をバトンタッチしていきたいですね。

Recent Entries | 山の本 移植途中

Similar Entries