アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

「埋蔵文化財」遺骨返還訴訟 続き 本件遺骨Bのこと

2018-02-01 07:14:15 | 日記

前述しましたが、さる1月26日にコタンの会(清水裕二代表)と、浦幌アイヌ協会(差間正樹会長)が原告となり、アイヌ遺骨返還請求裁判を起こし、北海道と北海道公立大学法人札幌医科大学(以下「札医大」)を訴えました。

訴状はコタンの会のHPのこちらからお入り下さり、PDFファイルでダウンロードしてください。

今回は、 本件遺骨Bについてわかりやすく説明します。

本件遺骨Bは1979年(昭54)3月、浦幌町教育委員会後藤秀彦が、浦幌町十勝太から出土したとして、北海道大学西本豊弘を仲介して被告札医大に送付された遺骨。

浦幌町から出土したアイヌ遺骨であると被告札医大も認めていたので、「いつでも返還する」と言っていた遺骨でした。が、2017年に突如、「アイヌ遺骨かどうかの判断はできない」という理由で拒否しました。

被告札医大は「アイヌ遺骨かどうかの判断ができない」理由をいくつか挙げているが、いずれも、原告代理人が以下のように精査し、アイヌの遺骨であることが間違いないと結論し、返還を求めました。

被告札医大がまとめた「札幌医科大学に保管されている第三者(団体・個人など)から移譲されたアイヌ人骨の出自調査報告」書(まとめたのは解剖学第二講座の松村博文教授)によると、本件遺骨Bは十勝太地区の町道拡幅工事の折に発見され、浦幌町教育委員会後藤秀彦が札幌医科大学解剖学第二講座講師山口敏に譲ったとあるので、浦幌町十勝太から出土したことは否定できない。

また、浦幌町史によると、十勝太の和人は明治16年から入植をはじめ、明治25年前後にはかなり開けた市街地になっていたことが分る。したがって、この時点ではすでに町道は開通し、和人であるならば行政が完備され、死亡者が発見された場合は警察に届け出られたうえ、近くの寺か共同墓地に埋葬され、町道の脇に埋葬されることはない。すると、本件遺骨Bは和人が入植する以前に死亡したアイヌで、アイヌの風習に従って山野に埋葬された蓋然性が非常に高い。

被告札医大は、鉄環はアイヌの副葬品にはないとして本件遺骨Bがアイヌ遺骨であることを否定するものの、その鉄輪は行方不明であり、そもそも副葬品であったか、

鉄環以外の金属製品ではなかったのか等々、が証明できない。また、アイヌのニンカリ(金属製の輪になっている耳飾り)の可能性も否定できず、この場合には間違いなくアイヌの副葬品であり、遺骨はアイヌ人骨となる。少なくとも、被告札医大がいうように、「アイヌ副葬品に鉄環はない」という理由から本件遺骨Bがアイヌ人骨ではないと断定することはできない。

 

できるだけ、わかりやすく、要点をまとめたつもりですが、いかがでしょうか。詳しくは訴状をお読みください。

なお、その日の午前中には、10月にコタンの会が起こした(被告:北海道大学・新ひだか町)アイヌ遺骨返還訴訟の第2回口頭弁論が行われました(詳細は後日に)。

 

以下の通り、出前講座を行います。どなたもおいでください。

「奪われたアイヌ遺骨〜その研究の過去と現在
        東京大学・札幌医科大学のケース」

とき 2018年2月16日(金)18:00-20:30

ところ 札幌市教育文化会館 講堂(4階)
    札幌市中央区北1西13  電話011-271-5821

入場料 無料(資料を500円で頒布します)

主催 北大開示文書研究会コタンの会

プログラム

植木哲也さん(苫小牧駒澤大学教授)
「小金井良精の北海道旅行―東大のアイヌ遺骨」

殿平善彦さん(北大開示文書研究会共同代表)
「 私たちが札医大に問い質したいこと 」

木村二三夫さん(平取アイヌ遺骨を考える会共同代表)
「札医大と初めて話して感じたこと、言いたいこと」

討論・交流会

http://hmjk.world.coocan.jp/demae/2018sapporo/sapporo20180216.html

道庁で夜6時半からやっているプロジェクションマッピングを観に行きました。なかなかよかったです。

https://wonder-lights.net

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