アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

清水裕二さんのお話

2018-05-24 11:06:22 | 日記

毎年の春に、わたしたちの教団(日本キリスト教団)に属する北海道内(北海教区)の定期総会を行います。道内にある70近くの諸教会・伝道所から100名を超える代表が集まり、二日間の審議を行います。

今年は4月30日から2日間の日程で第78回目の定期総会が行われました。その二日目朝の全体協議会にて、アイヌ民族情報センター創立20年(今年で22年)を振り返る時間を持ちました。

北海教区はアイヌ民族の権利回復と差別撤廃を教会が宣教課題として取り組むことを目的」(センター規約3条)として1996年に開設しました。スタッフ一同、可能な限り多方面に出かけて行き、顔を覚えて頂くことを続け、信頼していただけるようアイヌの方々に仕えてきたこと、出会った方達と教会とを結びつける役割を続けてきた20年であったことを紹介しました。それらの働きの一つとして、現在進行中の遺骨返還に関する裁判支援や返還にともなう儀式の協力等があります。そのことを踏まえ、遺骨返還を求め活動している「コタンの会」代表の清水裕二さんにおいで頂き、スピーチをして頂きました。

清水さんは「北海道の土地をめぐる法律からアイヌの実態検証」というテーマのもと、アイヌ民族が明治政府によって蝦夷地から「北海道」と名称を変えられただけではなく、明治政府は勝手な法律をつくりながら土地を根こそぎ奪ったこと、また、現在、提訴中のアイヌ遺骨のことを詳しくお話しくださいました。

明治政府は戊辰戦争が終結した翌年の1869年5月に上局会議を開き、「蝦夷地開拓の件」を審議し、7月には開拓使を設置。翌月には蝦夷地を北海道へと改称します。三ヶ月という瞬く間のことでした。

さらに、1872年(明5)に、北海道土地売貸規則、地租改正が制定され、蝦夷地は「無主の土地」であり天皇領域とされます。1877年(明10)には北海道地券発行条例を制定し、アイヌの居住していた土地を官有地に編入し、住宅地やチセ(アイヌの家屋)を奪い、強制移住をさせて辺地へ追いやりました。そればかりではなく、狩猟生活をおくっていたアイヌの生業を奪い、ことばを奪い、すべてを奪い尽くした百五十年であったこと、さらに人骨まで奪って研究資料にされたことを怒りをもって訴えられました。

現在も、全国12大学に1637体に加え、博物館等の施設にあるのをあわせて約1700体がアイヌのならわしで土に収められず資料倉庫にあることを良しとせず、返還を求めておられます。コタンの会での返還されたのは一昨年の浦河町杵臼に16体、昨年の浦幌町の80体余、紋別への4体と、北大が持っている遺骨のわずか1割でしかなく、現在も新ひだかの約200体、浦河東幌別の2体、浦河東栄の34体(札幌医科大学を提訴)を提訴中であることの報告がなされ、支援を訴えました。

また、ご自身が公立中学、高校で教員(校長)をされておられた時に受けた差別についてもお話しくださいました。 

昨年に続き、アイヌ民族のエカシにおいで頂き、直接、証言を聞くことができ、参加者の複数から、よかったと感想を聞きました。また、毎年、教区総会にて審議されている「アイヌ民族の権利を回復する運動の推進決議に関する件」も賛成多数で可決され(センターHPの「推進決議」をクリック!数日後には今年のに更新されます)、議場からは是非とも毎年アイヌ民族の方をお招きし、メッセージを受けたいとの意見が出ました。

 カナダ合同教会の定期総会では、毎回、開催地域の先住民族を迎え、総会開会のための祈りの儀式により、その土地での総会開催を認めてもらっていると聞きます。わたしたちも是非、そのように恒例の事となることを願います。

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