おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

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「ヒート」 堂場瞬一

2012年01月10日 | た行の作家

「ヒート」 堂場瞬一著 実業之日本社  

 

今年の箱根駅伝、正直、テレビ観戦者としてはイマイチ高揚感がなかった。

 

「柏原一人に全てを背負わせてはいけない、リードをもって柏原に襷を渡せ」-という東洋大監督の指導は圧倒的に正しいと思う。でも、昨年までの3年間、箱根駅伝が盛り上がったのは、間違いなく箱根の山での柏原クンが演じた大逆転劇があったからこそ。

 

なにしろ「天下の険」なのだ。車で走っていても、その傾斜のキツさは身体に伝わってくる。そこを細身の青年が風のごとく駆け抜け、何分も先行した走者に追いつき、追い越していく様は、ドラマとしての面白さもさることながら、人間の能力に対する畏敬の念さえ湧いてくる。

 

ま、つきつめていえば、初春に相応しい面白くて、元気が出るドラマとして柏原クンが箱根の山でライバルチームをごぼう抜きして往路を制する瞬間をテレビ観戦者は期待していたわけです。今年は3区、4区と東洋大が首位をキープしているところで、ドラマとしての面白みは半減。

 

というのは、視聴者のワガママだってことは、頭ではわかっているんです。

 

優勝後のインタビューで柏原クンが「マラソンを目指したい」と答えているのを見て、切ない気持ちになった。もちろん、彼がマラソンで活躍する姿を見たい。大きな大会で金メダルを獲得するとか、世界最高記録を出したら、日本中の多くの人が彼の箱根での激走ぶりを思い出して胸を熱くするだろう。しかし、彼は平地でも記録を出せるのだろうか。アップダウンの少ないマラソンコースでも超一流のランナーになれるのだろうか。

 

彼は、恐らく、大学4年間の競技者生活を「山登り」のために捧げてきたのだろう。もちろん、勝負の場が設定されれば、「勝ちたい」「記録を出したい」と考えるのが競技者としての本能かもしれないが…駅伝は正月三が日に2日間に渡っての生中継。スポーツ紙は軒並み一面トップで報じ、一般紙やテレビのニュースでも大きく取り上げられる。大学スポーツとしてはそこそこメジャーである六大学野球すら目じゃないぐらいの破格の扱いだ。大学には、強化費の何百倍、何千倍の宣伝効果をもたらす。柏原クンは無意識のうちに、山のスペシャリストとして大学4年間を走り抜けるしかないように進路を狭められていたのかもしれない。

 

―― という今の時期にこそ、オススメの一冊です!

 

 かつて箱根駅伝走者だった神奈川県知事の発案で、突然、「東海道マラソン」プロジェクトが動き出す。目的はただ1つ、日本人に世界最高記録を取らせること。そのために高速コースを設定し、最高のランナーを招聘し、最高のペースメーカーにレースを引っ張らせる。その実働舞台の責任者として指名された神奈川県教育局の職員。いずれも、箱根経験者だ。

 

日本人男子のマラソンの成績がふるわないのは、箱根駅伝がショウアップされすぎ、大学四年間が駅伝のために費やされていることに原因がある―「記録こそが日本陸上界を底上げする原動力になる」という神奈川県知事の仮説は、恐らく、作者である堂場瞬一の問題意識なのだろう。

 

突然、新しいマラソン大会を開催するという構想に、誰もが尻込みする。しかも日本人に世界記録を出させるというミッションなど、実現不可能としか思えない。しかし、箱根駅伝の経験者は、箱根の魅力からも、魔力からも逃れられないのだ。次第に知事の構想に巻き込まれ、登場人物の11人が「東海道マラソンで世界最高記録」という目標に向けて自分を追い詰めていく。

 

物語としては、若干、冗漫に感じるところや、唐突感が否めない部分もありましたが、新しい視点があり、問題提起もあり、グイグイと引き込まれていくページターナー。

 

特にペースメーカー役の二流ランナーと、大会事務局を引っ張る神奈川県教育局の職員の2人を2枚主人公にしたところがいい。スポーツの記録の裏側には、コーチや監督のみならず、もっともっと大勢の裏方たちの莫大な努力と舞台演出があることをさりげなく描き出している。

 

そしてネイティブ横浜市民である私にとっては、馴染みある地名がいっぱい出てくるのも嬉しい。六角橋商店街とか、鶴見橋に向かってゆるやかな坂道とか…その情景が目に浮かぶのは、読者の中でも横浜市民の特権です♪ 

 

但し、読者を生殺しにするようなフィナーレは勘弁! ニンジンぶら下げられて必死に走りきったのに、ゴールした瞬間にニンジンが消えてしまった…という感じ。正直、消化不良で夜中にのたうち回るような気分でした。文庫化の際の加筆を期待!

 

読み終えて、改めて、柏原クンの今後の活躍を期待せずにはいられません。2年後でも、3年後でも「箱根でも凄かったが、マラソン選手となって一段と輝きを増した」と言われるような選手になっているといいな。

 

ところで、この本は201111月初版。箱根駅伝前の絶妙なタイミングだけれど、バカ売れしたような気配はあまり感じなかったなぁ。年末に書店に平積みしたら、結構、売れたのではないか…と思ったりするのですが、でも、そんなことしたら日テレから圧力かかるか…。

 


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