土佐のくじら

土佐の高知から、日本と世界の歴史と未来を語ろう。

金一点、スーパー老中、田沼意次。

2013-10-22 18:48:47 | 古代日本のスーパースター

土佐のくじら(幸福うさぎまる)です。

以前、増税某国論を書いている時、江戸時代の元祖アベノミクス将軍として、11代家斉(いえなり)の記事を、
取り上げたことがございました。

家斉は将軍就任直後に、それまで筆頭老中をしていた田沼意次(たぬま おきつぐ)を解任し、
反田沼派の松平定信を老中に任命します。

しかし松平定信の、厳格な緊縮財政路線を嫌い家斉将軍は、田沼時代に復古する形で、元祖アベノミクス政策とも言える、
大金融緩和を行いました。
つまり、元祖アベノミクスは、田沼意次という、江戸幕府の歴代老中の中で、最も悪名高い人物がいればこそだったのですね。

田沼意次は、10代将軍家治(いえはる)の時代の老中です。

この方は、松平定信のように、歴史教科書で取り上げられることも少なく、また、賄賂政治を行ったなどと言われ、
歴史上とても評判の悪い老中です。

しかし私は、日本の歴史において、この御仁こそ、その後の幕末から明治維新の日本を、救った一人だと私は思っております。

田沼意次の政治を一言で言えば重商主義、つまり、資本主義なのですね。
それまでというか、田沼以外の幕府政治というのは重農主義、つまり古来からの米本位制です。

よく○○藩、○○万石・・・とか言います。
藩の勢力を、米の取れ高で評価する手法ですね。
これが、米本位制です。
経済の機軸が、米という農作物だということです。

江戸時代は、米の相場などもやっておりますが、武士の経済はこの米を基軸にした米本位制なのです。
しかし唯一、田沼意次の時代だけが、重商主義なのですね。

実質的には、江戸時代中期当時の日本は治安もよく、商業が随分と盛んになっておりました。
つまり武士の経済だけが、時代に取り残されていたのです。

田沼は、積極的に市場経済の景気向上策を実施した上で、それまでは無税だった商人にも課税します。
それにより、絶望的と言われていた幕府の財政は、一気に健全化しました。

日本の市中、特に江戸の景気は絶好調になります。
「宵越しの銭はもたねぇー」という、江戸っ子の気風は、この頃芽生えました。

よく働き、よく呑み、よく遊ぶ。
よく言われる江戸人らしさは、田沼時代以降の江戸っ子の人柄です。

それにより風紀が乱れたと、その後の松平定信は、江戸の風紀を今度は取り締まり、厳しく規制するようになります。
しかしこの、田沼時代の江戸市民への影響は、その後もう消えることはありませんでした。

江戸市民には、田沼時代に覚えた、人生を楽しむという文化が、世界初の市民的文化として生まれていたのです。
その江戸市民文化は、11代家斉将軍の大金融緩和政策で、日本に完全定着しました。

田沼の悪名は、平家物語や戦前日本侵略国家説のように、
歴史は強いものが、いくらでも書けるという特性を生かしての、一種の政治キャンペーンであった可能性が高いです。

その後の、幕末のエピソードとして、こういうものがあります。

日本に来て、江戸市中を歩く西洋の外国人たちは、一応に目を疑いました。
江戸の市民が皆、明るく屈託なく、いつもニコニコしているからです。
市中は、オヤジギャグを常時連発する(笑)市民の笑い声で満ちていました。

「このような、朗らかな国民は見たことがない。」
「このような、市民が文化的で幸福に暮らしている国を、我々は占領して良いものだろうか?」

と、日本をあわよくば侵略者しようとしていたはずの西洋人たちに、こう思わせたのです。

他の国の国民たちは皆、西洋人からすれば、ドンヨリ生きているように見えたのでしょう。
また、本国のヨーロッパにおいても、一般的な国民は生活に疲れ、やはりドンヨリ生きていたのでしょうね。

当時の日本人の、明るく笑顔に満ちた、人生を前向きにハツラツと歩む姿そのものが、
欧米の侵略者たちに、侵略の動機を失わせたという、歴史的事実が日本にはあるのです。

それは田沼意次という、突出した一人の政治家が、日本の歴史にいたからです。

仏典に国師をしていた釈尊に、とある王が戦争の相談を持ちかけたエピソードがあります。
仏陀釈尊は、こうお答えになりました。

「国民が、幸福に暮らしている国には、攻め入ってはならない。」

幕末の日本は、当時の世界レベルで言えば、幸福な国民が暮らす国だったのです。

このことは、時代が変わっても同じだと思います。
真理は普遍だからです。

政治は国民の幸福を第一義に考え、国民を豊かにすることで豊かな国家を築くことです。
その豊かさが、国民の朗らかさを生み、それこそが国家を守るのです。

日本には、尊い教訓を秘めた歴史があります。

神様は、日本という国を、こよなく愛してくださっている。
私には、そう思えてなりません。


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2 コメント

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Unknown ()
2013-10-23 11:00:07
そういやあ、だれだったか忘れたけど、

欧米の有名人が、あの当時自分が住みたい国は

と聞かれたら、間違いなく日本だ。

といった欧米人がいましたね。

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そうでしょうとも。 (土佐のくじら)
2013-10-23 11:12:10
英さん、なんだかんだと言っても、日本はすごいです。

当時のヨーロッパの都市は、う○ちまみれですし、(笑)
中国では、飢饉のたびに人肉を食っていました。

朝鮮では・・・ああ、こちらは英さんの方がお詳しいですよね。(^^;
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