le drapeau~想いのままに・・・

今日の出来事を交えつつ
大好きな“ベルサイユのばら”への
想いを綴っていきます。
感想あり、二次創作あり…

SS-23~ ばあや④ ~

2017年03月13日 00時37分14秒 | SS~この掌の行く先にシリーズ~


~ ば あ や ④ ~



使用人達の間に立ち、明るく振る舞っていたマロンの声はオスカルをも勇気づけた。ばあやの一番好きな場所は皆が見渡せる場所なのだと改めて感じた。もう年だから無理をせずに……などと思ってみたのはとんでもない罰当たりだと考え直す。きっと、生涯現役であり続けるだろうと、その存在の大きさ、ありがたさにオスカルは、そっと感謝した。
しかし現実として、老体に無理が利かなくなって来ているのは見ていても分かる。
背中を丸め、足を引きずるようにしながら俯いた乳母がこちらにトボトボと向かって来る。
その手に持っている燭台がゆらゆらと揺れているのを見て初めて、オスカルは辺りがすっかり暗くなっている事に気づいた。そう長い時間ここにいた訳ではないのにと、味わった事のない緊張感を実感していた。
両親や恋人と同じくらい大切な人……。この人よりも自分の背が高くなったのはいつの頃からだろうと思い返そうとしたが、無理だった。オスカル自身の記憶の中にまだ存在しないない所を誰よりも知っている愛しい人。
オスカルは黙って、近づいて来るマロンの様子を見つめていた。足元だけをしっかりと見つめて歩くマロンからは、まだオスカルの姿は見えていないようだ。

さらに歩を進めた所でふと翳った面前に顔を上げ、
「……オスカルさま……」
さして驚く風もなくマロンは呟いた。
「今、お部屋にご挨拶に伺わねばと思っていた所です」
そう言ったきり、次の行動に移ろうとはしない。
「……入っても……良いかな……?」
遠慮がちに呟く主にマロン・グラッセは慌てて扉を開け、
「ああ、気が利きませんで……。どうぞ……。散らかしておりますが……」
オスカルの足元に燭台をかざしながら危なっかしい手つきでドアノブをガチャガチャとさせる。オスカルは急いでマロンの手から燭台を取る。
「そんなに慌てないで……」
そう声を掛けてみたが、気が急いていたのは実は自分の方だと思い直す。

乳母がここに移ってどのくらい経つだろうと数えてみたが、はっきりとした答えを見い出せなかった。調度品が多いわけではないが、何となく雑然とした様子に思わずオスカルは、
「部屋の片づけをしていたの?」
訊かない方が良いかもしれない、しかし、訊かずにいられない事実を確認しようとした。
マロンは黙って首を横に振り、
「お気づきでございましょう……」
言いながらもテーブルの上の物をさっと集め片隅にやると、蝋燭に火を移した。
「お寒くはないですか?」
主を気遣うマロンににっこりと微笑み、
「ばあや……。ここに座って……」
オスカルはそう言いつつ、マロンの背中にそっと手を当て、椅子へと誘う。自分を包み込むように見つめる主の眼差しから、マロンは思わず視線を逸らした。
元よりお優しい方だから……と、無理に納得しようとする自分が悲しかった。同じ事を、もしも孫息子に対しても行っていたら、と思うと、いてもたってもいられなくなる。

「オスカルさま……」
無言のまま、向かい側の椅子に腰かけるオスカルに、ばあやはおずおずと声を掛ける。
「ん、何? ばあや……」
いつの頃から、こんな色っぽい声音を出すようになったのだろうと思いながら、
「ばあやは……オスカルさまの事が他のお嬢様方より大事でございます」
「うん、知っている。ばあやはどの姉上方よりも長い事私のそばにいて、私を守ってくれている。自惚れでなければ、ばあやが私に注いでくれる愛情が一番深いのは、当然だと思っている」
「もったいのうございます」
そう呟くと、しばらく黙ってオスカルの顔を眺めていたが、
「私は……オスカルさまが使用人にお心を配って下さるのをいつもありがたいと思っておりました」
オスカルはテーブルの上に載せた指先を組み合わせた。

「……オスカルさま……」
組んだ指先がビクンと動いた。返事をする事が出来ない。
幼い頃の躾なら、お返事をなさいませ、と大目玉を喰らっている場面だろう。オスカルこんな緊張感漂う中で、そんな事を思い出す自分がおかしかった。
つまり、ばあやとはそういう存在なのだと思った。何かの折につけ、言われた事を思い出す。大人になった時にあの時ばあやが言っていたのはこういう意味だったのだと噛みしめる。勿論それは、言う側も言われた側も無意識のうちに繰り広げられたのだろうと、オスカルはそこにある事があまりにも当たり前すぎる、ばあやという存在そのものに思いを馳せていた。

「オスカルさま、ばあやは色々考えました。ばあやなりに考えました。……どうすれば、お屋敷に……だんな様や奥様やオスカルさまや……ひいては恐れ多い事ながら国王様にご迷惑を掛けずにいられるだろうと……一生懸命考えました」
そう言われて、オスカルはハッとした。自分の地位、家の立場はそこだけの問題では済まない事が多いのだと痛感した。
オスカルは無言のまま、マロンの顔を見た。
「どう考えても、このおいぼれにできる事は不肖の孫を連れてお暇をいただく事くらいしか思いつきませんでした」
そうは言ってもマロンは何かのきっかけで思い止まったのだという事はすぐに分かった。

マロンはテーブルを強く押さえて立ち上がる。オスカルはその動きを眼で追っていた。
一瞬よろけたが踏ん張り直し、マロンは壁際の鏡台の引き出しを開けると、ごとごとと音を立て、何かを取り出した。
「何も持たずに出て行こうかと思ったものの、せめてこれだけはと思い直しまして……」
そう言いマロンが両手で大事そうに持って来た箱に、オスカルは見覚えがあった。
色鮮やかな朱色地に、白と青を主にしたとりどりの花をあしらった象嵌(ぞうがん)細工の文箱。
「これは……」
マロンは首がきしむほどに頷く。
「オスカルさまが最初のお給金で私に買って下さった文箱でございます」
「まだ……持っていてくれたのか……」
オスカルは呆然として呟いた。
いかに丁寧に手入れをしてきたかは一目瞭然だ。20年の時を経ても傷ひとつなく全く色褪せていない。
「ばあやにとっては大事な大事な宝物でございますから……」
そう言い、そっとその箱を開け、
「……整理していたら、このような物が出て参りました」

幾通かの手紙の中から、マロンが取り出しオスカルの前に置いたのは、勉強用の紙束を利用して書いたと思しき、折り畳まれたセピア色の紙片だった。書いた主は安易に想像できた。オスカルは戸惑いながら、
「私が見ても良いの……?」
マロンは黙って頷いた。


おばあちゃん、きょうは ほんとうに ごめんなさい。

でも、ぼくも オスカルが ぼくのことを まもってくれたのが
ほんとうに うれしかった。
オスカルは おじょうさまだから とっても つよいから
ぼくのことを まもってくれると おもっていたけれど
びっくりしたのは おばあちゃんから おこられているあいだ、
オスカルのても ぶるぶる ふるえていたんだ。

ぼくは こんどは もう なきません。
オスカルだって ほんとうは こわいのに ぼくをまもってくれたから
これからは ぼくが オスカルをまもります。

おばあちゃんは しっているとおもうけど オスカルは
すごく やさしい おんなのこ です。

おおきくなったら オスカルが ぼくの およめさんに なってくれたら
ぼくは すごく うれしいけど きっと おばあちゃんは
ぼくよりも もっと もっと よろこぶんじゃないかなぁ。

だから、ぼくは おばあちゃんとの やくそくを まもって
えがおを わすれずに がんばります。


書いた本人が、今、この手紙を見たらどう思うだろうとオスカルは想像せずにいられなかった。勿論後世に残るなどと思って書いたはずなどないだろうが、今が国語の授業時間でなくて良かったとしみじみ思ってしまう。この短い手紙の綴りの間違いや表現の曖昧さを指摘しようと思ったら、そうとうな時間を費やす事になるだろう。だいたい主文は何なのだろう。クスリと肩を揺らしながら、
「何があった日なんだろう……」
オスカルは、まず一番の疑問を口にした。
「おそらく……」
マロンは、想い出のヒントを与えた。
「アンドレが来た年の……初雪が舞った日でございましょう」
「冬至の日だ。……思い出した! 例年より冬がやって来るのが遅かったんだ。やっと降った雪が嬉しくて……」
嬉々として話し出すオスカルの様子をマロンは微笑みながら見つめた。

「裏の池に落ちたんだ、二人で!」
幼い子供のように喜ぶオスカルの笑顔を見てマロンは、永遠に自分の元に閉じ込めておきたいような、それでいて既に手が届かない所に行ってしまったような寂しさを同時に味わっていた。
「うっすらと張った氷を見て、私が氷に乗った事がないと言ったら、アンドレはもっと厚くなったらスケートも出来るけど、まだ乗る事も無理だって言い張るから……『臆病者』って……。当然薄氷に足が着く間もなく……アンドレが慌てて私の手を引っ張ってくれたけど……遅かったんだ……」
「さようでございます」
お説教をする乳母の表情がオスカルの眼前に蘇った。
「……結果、二人とも当然ですが大目玉。その上、オスカル様はせっかくのお誕生日をお熱に魘(うな)されながら過ごさねばならなかったのでございます」
「……そうだったね……」

強く握り込まれていたオスカルの指先は、いつの間にか顎の下で軽く組まれている。
思い出を、つい昨日の事のように話す次期当主のあまりにも無邪気な様子に、マロンは知らず皺くちゃの頬を涙が伝っている事を自覚した。そっと前掛けのポケットからハンケチを取り出そうとしたが、それよりも早くオスカルの指先がその頬を撫でた。
「もったいない……」
言いながらもマロンは、自分の頬に当てられたオスカルの右手首を両手で掴むかのように握りしめた。
「この頃のアンドレは……何事も吸収が早く……。私が言うのも何ですが、同じ失敗は繰り返さないよう努力を惜しまない子で……」
勉強にしてもそうだった。この手紙が何よりの証拠だ。屋敷に来てやっと本格的に綴りを勉強し、半年足らずで書いた物とはとても思えない、と当時のアンドレの努力の一片をわずかに知っているオスカルは深く頷き、
「今でも、そうだよ」
オスカルは握られた手を払う事もなく、今度はその指先全てでばあやの頬を包み込む。

「私の言いつけも……かわいそうなくらいきちんと守る子でございました」
「うん。それも、今も変わってないよ……」
即座に切り返すオスカルに、マロンは大きく首を振る。
「とんでもございません!!」
「……ばあや……」
「あのバカ息子は、あろう事か、大事な大事なお嬢様を……」
思い詰めて発したものの後が続かない言葉に、マロン自身が戸惑っていた。

「……今朝、ご出仕にご一緒させていただく前にアンドレがここに顔を出しました」
「……うん……」オスカルは頷いた。「知っているよ」
当然把握している彼氏の動向を、今言うべきではなかったかもしれないと一瞬思った。だが、マロンはそこには触れずに、自身の頭の中を整理する作業にとりかかったのであろう様子がオスカルにも分かった。

≪continuer≫

ジャンル:
小説
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8 コメント

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うわぁ… (あまぞう)
2017-03-13 18:15:45
涙腺がゆるみっぱなしです。
おはあちゃんと小さな子には弱い。年を重ねたせいでしょうか。お互い大切に思っているのは確かなのに、譲れないものがあり、すれ違ってしまう。切ないです。
Unknown (はるか)
2017-03-13 20:43:29
アンドレが書いた子ども時代の手紙可愛いですね♡
物語の中で、アンドレも、オスカルさまも、ばあやもみんながみんなを思い合っているのが伝わります^ ^だからみんな応援してしまうー!
>あまぞう様 (おれんぢぺこ)
2017-03-13 21:40:03
ご訪問ありがとうございます

> おはあちゃんと小さな子には弱い。年を重ねたせいでしょうか
・・・大いに共感致します! 職場環境が老若男女入り混じる場所なのですが、ご老人や赤ちゃんが行き来しただけで一日ハッピーでいられる…ある意味めでたい

この時代の身分制度など実際には安易に想像できるものではないと分かってはいますが…それは別の話として、今回の登場人物達、三者三様に頑固だなぁと思っている次第でございます。

宜しければ今しばらくおつき合い下さい。
またお時間のある時にお立ち寄りくださいませ
>はるか様 (おれんぢぺこ)
2017-03-13 21:53:16
ご訪問ありがとうございます

手紙の件、お褒めいただき嬉しゅうございます。
これは(毎度のパターンですが)この部分だけ、もうずいぶん前に書いていた物、文字通りの切り貼り作業を展開中でございます( ´艸`)

何かの折にポンと降って湧いて来た事(仕事の真っ最中と言う事が多いのですが)を夜中にこそこそと思い出し書き止めているのですが…そうやって、蔵の中身は中途半端に増えて行き、収拾がつかない状態になってしまうのが毎度のようでございます

> だからみんな応援してしまうー!
・・・ありがとうございます。
何とか、ラストに向かって進んでおりますので、今しばらくおつき合い下さい。
またお時間のある時にお立ち寄りくださいませ
切り貼り (nasan)
2017-03-13 22:47:03
いつも楽しみにしています、毎日のようにインして、更新があるかチェックして、読ませてもらってます。

アンドレの手紙、切り貼り作業展開中という事は、このネタでのもとのお話があるんですよね?
出来たら、是非、読んでみたいです。大人のラブラブ時代のお二人も大好きですが、子供時代の二人もいいな~って思っています。

あ~出来たら、おれんぢぺこ様の蔵の中に住みたいです。

頑固者三人が素直にラストに向かうのか…少し心配しています^^
>nasan様 (おれんぢぺこ)
2017-03-13 23:17:12
ご訪問ありがとうございます

> アンドレの手紙、切り貼り作業展開中という事は、このネタでのもとのお話があるんですよね?
・・・あ、いえいえ(笑)。それ自体が形になっていない書きかけの物でございます(;^_^A。
今回の駄文の中でO様にエピソードとして語っていただきました展開そのものがちょろっと箇条書き程度、Word原稿1枚にも満たない量、書き留めております。

あ、なるほど それを蔵出しするという方法、ありますねぇ~。
いつの日か、形が整いました時にお披露目させていただければ、これ以上の喜びはございません。
書き手の蔵の中は、今現在かなり重くなっておりますので、きちんと整理整頓しなければなりません

> 頑固者三人が素直にラストに向かうのか…少し心配しています^^
・・・本当に。どういう展開に致しましょう。

今しばらくお付き合いいただけると嬉しいです。
またお時間のある時にお立ち寄りくださいませ
Unknown (マイエルリンク)
2017-03-14 09:43:14
おれんぢぺこ様

微笑ましいエピソード。昨日は何度も頭の中でその風景を描いていました。 幼い2人の出来事が幾重にも幾重にも重なって、積み重ねられた歴史がどれだけ厚みのあるものだったかを再認識させられます。

ばあやは自身の手で、この二人の歴史を終わらせてしまうことができるのでしょうか。

切羽詰まった状態であるにもかかわらず、何処暖かい空気が漂う会話・・・
これがばあやの答えに繋がればいいけれど
>マイエルリンク様 (おれんぢぺこ)
2017-03-14 22:33:32
ご訪問ありがとうございます

いきなり余談ですが、先日『数字認証していないのに投稿された』とコメントいただきましたが、実は私自身も昨日同じ状況に遭遇しました。私の場合は、いつも使っているPCが不調で息子の物を借りていて、使い方に慣れていないという要因もあるかも、ですが…。

>  幼い2人の出来事が幾重にも幾重にも重なって、積み重ねられた歴史が・・・
・・・原作でも、そう多いシーンではないものの二人が築いて来た歴史って大きいんだろうなって思わせていただけますよね。そんな一つのコマにこんな事もあったかもと笑って許していただけたら嬉しい限りでございます。

> 切羽詰まった状態であるにもかかわらず、何処暖かい空気が漂う会話・・・
・・・う~ん。ばあや、どんな結論出しましょうか???

もう少しおつき合いいただけたら嬉しいです。
 またお時間のある時にお立ち寄りくださいませ

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