le drapeau~想いのままに・・・

今日の出来事を交えつつ
大好きな“ベルサイユのばら”への
想いを綴っていきます。
感想あり、二次創作あり…

SS-02~ 誤解② ~

2015年07月05日 09時41分23秒 | SS~読み切り小品~




~ 誤 解 ② ~


何となくモヤモヤした感情の対処方法を見つけ出せないまま、どこかぎこちない態度でアンドレに接してしまう状況が数日続いていた。オスカルは、こんなことではいけないと思い軽い焦りさえ感じ始めていた。

その日、久し振りの休日をオスカルは自宅で過ごしていた。自然体を装い、午前中はアンドレを伴い遠乗りにも出かけてみた。勝手なものだと思いながらもアンドレを独占している自分に満足していた。だが、午後は彼を開放しなければと、自分に言い聞かせる。アンドレは、自分の物ではない。その事実を受け入れなければならない。
一人でゆっくりと裏庭を散歩してみる。
一人の時間……。慣れて行かなければならない。アンドレのいない生活、アンドレのいない時間。彼の愛を拒んだのは自分だ、と数日前に言い聞かせた事を、再び自分を納得させようとしてみる。
もう、久しく立ち入った事もなかった菜園の傍にまで足を向ける。屋敷の庭が世界の全てだった幼い頃の自分があちこちから笑い掛けて来る。勿論、横ではアンドレが少し困ったようにはにかんでいる。どこを歩いても二人の想い出が溢れているのだ。いつの日にかアンドレは、この道を子供の手を引き歩きながら想い出話を聞かせるのだろうか。自分の知らない誰かと一緒に……。そんな事を思いながら周囲を見渡した。
その時。あれは……と、オスカルの視線が固まった。
あの侍女は最近父上付きになったファビエンヌという娘。金髪の可愛い娘だ。礼儀作法もきちんと身につけており飲み込みも早い。いずれはそれなりの位に昇格させる事ができるだろうと、先日、アンドレや執事のモルガンが手放しで褒めていたのをオスカルは思い出した。
なぜ、単なる侍女の一人にすぎない彼女に眼が行ったのか。オスカルは不思議だったが、やがてその理由が分かった。
何しろ華がある。これがジャルジェ家に仕える娘でなければ、とっくに主人の寝室に引きずり込まれているだろう事が安易に想像できた。堅物と評判の父は侍女に手をつけるどころか今時の貴族社会においては希有な存在だ。つまり、妻一筋。ひたすら愛しい妻だけにその愛を注いでいるのだ。そんな父がオスカルにとっては自慢でもあったが。

休憩時間なのだろう、ファビエンヌは他の侍女と談笑していた。
オスカルは、屋敷への縁石を一人歩きながら、聞くとはなしに聞こえて来るその会話に耳を傾けた。
「え~っ! それってプロポーズじゃない?」
侍女の一人が大声で叫ぶ。
「違う違う。まだ付き合い始めたばっかりよ」
「でも。もう半年くらい経つんじゃない?」
「ん~、そのくらいかな」
「じゃあ、そのペンダントは何!?」
他の侍女がファビエンヌの首筋を指す。
「これは、プレゼント。単なるプレゼントよ、誕生日だったし」
「そこがそもそもアヤシイのよ。単なるプレゼントに『俺はいつでも君のそばにいるよ』なんて付け加える必要があるの?」

オスカルは軽いデ・ジャ・ヴにめまいがしていた。
これこそ、先日パリの店先でアンドレが言っていた言葉ではないか。
アンドレが、あの殺し文句を囁く相手が、こんなすぐ近くにいたとは……!

「すまないが……」
唐突に美しい女主人に声をかけらえ侍女達は固まった。お喋りに夢中になるあまり主人が横を通る事に気づかなかったとは、何たる失態だろうと震えあがった。
心なしか、女主人の表情が険しい事も気になる。
「オスカルさま……」
「お散歩ですか?」
「せっかくのお休みに騒ぎ立てして申し訳ありません」
侍女達は口々に言い、数歩下がり躾けられた通りの礼をして女主人が通り過ぎるのを待った。しかし、その足はその場に留まっている。そして、あろうことか、侍女の一人に向かい、
「そのペンダントは、彼氏からのプレゼントかい?」
と尋ねた。一瞬バツの悪そうな顔をしたが、
「申し訳ありません。庭先でこのような話しをしてしまって。以後、気をつけます」
侍女は、主の問いからは微妙にずれた答えをし、その場を切り抜けようとした。しかし、
「私の質問に答えてくれないかな?」
やさしく微笑みながらも、主人の問いは答えのみを要求した。
ファビエンヌは短く、
「はい」
と、嬉しそうに微笑んで答えた。するとオスカルはほんの一瞬“A”のイニシャルのペンダントトップが下がった侍女の首元を悲しげに見つめ、
「『俺はいつでも君のそばにいるよ』か。……幸せにおなり」
呟くと、その場を後にした。


自室の長椅子にゴロンと身を投げ出し、考えをまとめようとした。
……まとまらない。
なぜ、アンドレは自分に先に報告してくれなかったのだろうか。彼が幸せになる事を自分は心から祝福する事はできる。そのくらいの度量は持ち合わせているつもりだ。
表向きは主従の関係だが、二人の仲はそんな物をとっくの昔に超越していると思っていたのは自分の自惚れだったのだろうか、と悲しくさえなって来る。
確かに、あの日、彼の告白を拒んだのは自分だ。だが、心からアンドレには幸せになって欲しいと思っているのも事実だ。自分に対する遠慮でもあるのではないかと、不安にさえ思えてしまう。思考のループから抜け出せないでいる。これは彼の為にも、そして自分自身のけじめとしても、少し背中を押してやる必要があるのかもしれない。
オスカルは意を決して、勢いよく立ち上がった。

☆          ☆          ☆


「至急……?」
「そうだよ。今すぐに、お部屋にお伺いしな」
祖母からの伝言にやりかけていた燭台磨きを放り出し、アンドレは息を切らしながらノックするのももどかしいほどの勢いで女主人の部屋を訪れた。
「何かあったのか、オスカル!?」
とにかく言われた通り、大急ぎで駆け付けたぞ、というパフォーマンスが必要だ。
主人の扱いについては超人的に長けている事を自負しているアンドレは、このところの爆弾低気圧のオスカルに対し、彼なりの緊急時対応マニュアルのランクの中でも最上級レベルで臨んでみた。午前中に珍しく柔らかい表情の彼女が遠乗りに誘って来た。オスカルの中で自分に対する不機嫌の元が解決したのかもしれないと少し安心しかけていたアンドレにとって、この急な呼び出しは、自分の考えの甘さを指摘されているようで胸騒ぎがした。
「そこに、座れ」
しかし。意外な事に、返って来た麗しき女主人の声音は至って平静だった。
「おまえは、せっかくの休暇にも屋敷の仕事をしていると聞いたぞ」
自分が午前中に強引に遠乗りに誘った事など、棚に上げて尋ねる。
「あぁ。燭台がね。磨くのに結構みんな苦労しているんだ。なかなかの力仕事だからね」
普段着のブラウスの袖を捲ったままだった事に気づき、さすがに慌ててアンドレは身なりを整えつつ、
「何があった?」
ぶっきらぼうに訊いた。
「あ、いや……忙しいのにすまない」
オスカルを見ないまま筋肉質の腕をしまい込むアンドレの姿に気押されそうになり、オスカルは少々どぎまぎしてしまう。あの腕に抱かれる少女は、幸せそうに微笑んでいた。そして、勿論、眼の前の幼馴染も、今、幸せの絶頂に違いない。
至急部屋に来るようにと自分を呼び寄せた割には、本題に入らない主人の態度をアンドレは訝しく思った。しかし、着席を促されたからには長い話しになるのだろうと覚悟した。
オスカルは文机からゆっくりと立ち上がり、テーブルを挿んでアンドレの正面の椅子に腰かけた。この距離は、やはりあまり良い話ではないと、アンドレは瞬時に悟った。
「さっき少し裏庭を散歩して来た」
「ああ。らしいな。休憩から戻って来た侍女達が大騒ぎだったよ」
「大騒ぎ?」
オスカルは、不快そうに眉根を寄せる。
「あ、いや。言葉が悪かった。大喜び、だったよ」
「意味合いが、かなり違うな。……まあ、良い」
アンドレは肩を竦めながら、
「そりゃ、屋敷の中でもそうそうおまえの方から話しかける機会なんてないのに……ましてや、このところのおまえの忙しさに、おまえ付きの侍女ならともかく、他の連中に至っては俺に『オスカルさまはお元気なの?』なんて訊いて来るような始末で、めったにその姿さえ見る機会がない、と来たら嬉しくもなるさ。ファビエンヌなんて、もう、泣き出しそうだったよ」
「彼女と、話したのか?」
その名を耳にした途端、少し自分の声が上ずったのをオスカルは自覚した。
「勿論。一番興奮してたよ。『オスカルさまが私に直接お声をかけて下さったのよ』とか何とか。……宮中のご婦人方の興奮状態から離れて久しいが、久し振りに若い女性の金切り声を聞いたよ」
軽快にアンドレの言葉が紡ぎ出されて行く。内容など関係なくオスカルとの会話が自然に成り立っている事が嬉しいアンドレは、オスカルの微妙な表情の変化に気づかなかった。
「ふん」
オスカルは、嫌味だな、というひと言をぐっと飲み込み、
「その、ファビエンヌだが……」
「うん?」
「結婚が……近いのだろうか?」
アベルから、正式な話はまだ聞いていない。だが、近々そんな展開にもなって行くのだろうと想像はできたが、早くから周囲が騒ぐのはあまり良い事ではない。ましてや主の立場にいるオスカルに対し、想像の域を出ない話をどこまで聞かせて良いのやらと、アンドレは慎重になった。そんな両膝の上で組まれたアンドレの指先にぐっと力が入るのを、オスカルは見逃さなかった。
「……なぜ、そう思う?」
「あ、いや。……彼女は、何と言うか、ちょっと他の侍女達とは違う雰囲気があった。元々が綺麗な顔立ちをしているようだが、何と言うか、さっき見かけた時、キラキラ輝いて見えたんだ」
何かを探るように、ひと言ひと言を切りながら、だが、瞳は正面のアンドレを見据えたまま、オスカルは言葉にした。両膝に肘を載せ顎の下で綺麗な指先を交差させている。
「……なるほど……ね」
さすがに女の勘は鋭いなとアンドレが納得するのと同時に、
「だから。アンドレ、おまえの今後の勤務について話し合わねばならんと思って呼んだ」

オスカルの訳の分からないひと言にアンドレは面喰った。
“だから”という接続詞は、いったいどこから沸いて来たんだ?

「俺の……今後?」オウム返しに答えるアンドレに、
「このまま軍務に着いたままで、その上こんな風に四六時中私に呼び出されて……休みの日には屋敷の仕事まで押し付けられるようでは、おまえの時間が取れない。ましてや……」
『俺はいつでも君のそばにいるよ』
そろそろ私から解放されないと、大切な彼女との約束が守れないだろう?
その言葉は、オスカルの口から発せられる事はなかった。

「えっと……」
アンドレは、どう答えたら良いのだろうと、懸命に思考回路の回線を増やそうと努力してみた。しかし、無謀な試みだったようだ。
更にオスカルが続ける。
「モルガンも以前から言っていた。そろそろ本腰を入れて下級執事の仕事に専念するというのは、どうだろうか? もともとモルガンはおまえに補佐のような仕事をさせていた事だし、先々は執事として屋敷を切り盛りしてもらいたいと言うのは父上も思っておられる事だ。敷地内に家の一軒くらい構えさせてやれると思っている。勿論、屋敷の外から通いたければ、それ相応の準備も考える……」
一気にたたみかけるように喋るオスカルから視線を外し、アンドレの組まれた指先に更に力が入って行く。
「私としても有能な秘書を失くすのは正直痛いが、何よりもおまえの為だと思ってほしい」
アンドレはますます困惑の表情を浮かべるが、オスカルは一向に意に介さない。
「……俺の……為?」
「あ、いや。すまん。別に恩を売ろうとかそんな風には思っていない。……それに。もし、おまえがこの機会に別を探そうとかいう気持ちがあるなら、それはそれで考えなければならないと思っている。それに……」
異様に早口のオスカルの言い回しが、アンドレにはとても気になる。
「……つまり。……屋敷の仕事そのものを辞めたいと言うのであれば考えなければ……」
オスカルの言葉は、途中で途切れてしまった。声が震えているのを悟られてはいけない。
「……オスカル、おまえにとって俺が無用になったと言うなら……」
昨日まで一緒に出勤して、これと言った粗相をやらかした覚えのないアンドレにとってはあまりにも突然過ぎる主人の言葉だった。確かにここ数日の主の異様な不機嫌さに対処法を考えあぐねていたのは確かだが、自分の進退に発展するほどの事だったとは、想像の範疇から遥かにぶっ飛び過ぎて、まさに寝耳に水の状態だ。
そう考え、やっとの思いで口にようとした台詞は、またもやオスカルにかき消された。
「……で、お式はいつだ? お祝いは何が良い?」
「えっ!?」

沈黙は、恐らくほんの数秒だったのだろう。
だが、無言で顔を突き合わせる二人には長い時間に感じられた。

「……え~っと、……オスカル……」
何やら、全く会話が噛み合っていない事に、先に気づいたのはアンドレだった。
「お式って言うのは、この場合……ファビエンヌの結婚式って事……かな?」
勢いづいて身を乗り出すオスカルの瞳を覗き込んで訊いてみた。
「他に、誰がいる? おまえ達の、だ!!」
「……オスカル。ちょっと確認させてもらっても良いかな?」
アンドレも半分身を乗り出していたが、拍子抜けして、ドサッと身を後ろに倒した。腕を組んで、眼を閉じる。甚だしい誤解が生じているのは間違いなさそうだ。と同時に記憶を辿り、先日のパリ巡回の際の小間物屋の店先での一件に行きついた。
「オスカル……」
冷静になってしまえば勝算はある。とにかく、何よりも事実を告げておこう、と思い、
「ファビエンヌの恋人は、アベルだ」
簡潔に伝えた。
二人の間に挟まれたテーブルに身を乗り出し両手を着いていたオスカルは、言葉を発する事も忘れ、まばたきを繰り返した。

☆          ☆          ☆


「……とにかく安心した。突然理由もなくクビを言い渡された俺の身にもなってくれよ」
打って変わって和やかな雰囲気の中、アンドレは手慣れた仕草でお茶の準備をする。
「あ、いや……」
一方のオスカルは身の置き所がない様子で、眼の前に置かれた茶器を必要以上にガチャガチャと音を立てて手にする。
「安心したのは私の方だ」
意外にも正直な言葉が口を吐き、自分でも驚いた。
アンドレは、おや?という表情を浮かべた。
「そうなのか?」
「だから言っただろう。有能な秘書を失くすのは正直痛い、と」
「そうだな……。有能かどうかは別として、やっぱり失業するのは、ちょっと困るかな」
アンドレは、促されるまま自分のお茶も淹れ対面に腰かけ直した。
おまえのそばにいられなくなるのかと思うと言葉にならなかったよ、という言葉は飲み込み、
「おまえの面倒を見るのは、誰が担っても大変だろうなと思って……」
ニッと笑い、赤面寸前のオスカルの気持ちを楽にしようとする。
「……まあ、良い」
わざと尊大に言い、腕を組みオスカルは眼を閉じた。が、思い直した。
「おまえが……」
「俺が?」
「……結婚するかもしれないと思ったら……祝福しなければならないと言い聞かせたものの、冷静ではいられなかった」
「えっ!?」
アンドレは、ひとつになってしまった眼を何度も瞬かせた。

子供と同じレベルのやきもちである事は、百も承知だ。つい先日アランにそう説明したばかりだ。だが、オスカルの口からそういった本音が発せられるとは思いもしなかったアンドレにとっては、たとえ後日二人の仲が伸展し、『俺はいつでも君のそばにいるよ』の件について執拗な追究を受ける事になるとしても、この瞬間、この上なく幸せだった。

≪fin≫

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4 コメント

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こんにちは! (カオル)
2015-07-10 03:37:28
お邪魔します! 
拝読しました! いやーいいですね いいなぁ,こういうふたり 
ありがとうございます! これから超楽しみです
カオル様へ (おれんぢぺこ)
2015-07-10 10:16:19
早速のご訪問ありがとうございます
何よりの励みになります。
相も変わらず…ですが、少しずつご披露できたらと思っております

今後も宜しくお願いします
Unknown (はるか)
2017-03-14 18:30:55
めっちゃ前のにコメントさせていただきますが❤︎これ大好きなんです^_^
もちろん、ラブラブの2人も大大大好きですが、恋人未満のびみょーな時期も❤︎❤︎
オスカルさま可愛いです(^o^)
>はるか様 (おれんぢぺこ)
2017-03-14 22:45:46
ご訪問ありがとうございます

この時期を書き手は『揺れ期』と呼んでおります。
実は、私自身も恋人達のOAより、このゆらゆらグラグラの二人をツンツンと刺激する方が好き…です。
あ、いえ…Sっ気はないつもりですが……。

> オスカルさま可愛いです(^o^) 
・・・ありがとうございます! これも賛否両論あるとは思いますが、やはりA君といる時のO様には可愛さがあって欲しいな、と思っております。

修正をと思いつつ、ほったらかしの記事にまでコメントいただきありがとうございます。
またお時間のある時にお立ち寄りくださいませ

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