le drapeau~想いのままに・・・

今日の出来事を交えつつ
大好きな“ベルサイユのばら”への
想いを綴っていきます。
感想あり、二次創作あり…

SS-43~ センチメンタル・ジャーニー③ ~

2018年07月14日 00時27分09秒 |  SS~センチメンタル・ジャーニー~


~ セ ン チ メ ン タ ル・ ジ ャ ー ニ ー ③  ~


寝台の横にそっと運んだ椅子は、オスカルが今までに使ったことのあるどんな椅子よりも座面が硬かった。ちょっとでも体を動かしたら、継ぎ目がギ―ッと鈍い音を立てる。
部屋や寝台の誂え自体はみすぼらしいものではないが、もしかしたら、と不安になり、アンドレが休む寝台のマットレスをそっと押してみる。思ったよりも戻りがありホッとする。少なくとも寝返りさえもが痛いというほどではないだろう、とオスカルはポンポンと叩いた。

アンドレの頭に載せていたタオルをもう一度濡らそうと慎重に腰を浮かせた時、トントンと静かに扉が鳴り、返事も待たずに宿の主人が顔を出した。主人は気の毒そうにしながらも、
「食事だけはたっぷりありますよ」
愛想笑いを浮かべ、スープや夏野菜と貝柱のゼリー寄せなどをワゴン車ごと運び込む。ゼリー寄せは夕食の前菜用に作っておいたものだと説明した。
しかし、食欲などあるわけもなくオスカルはそれには見向きもせず、横たわる男の手をじっと握っていた。
「だんな……」
使用人を気遣う主を訝しがりながら、宿の主人がオスカルに話しかける。アンドレが目を覚ましでもしたら、とひやひやしながら、お互い小声での会話になる。
「お辛いでしょうが、だんなもそちらのお方も少しでも何か口に入れないと……。この暑さも体には良くないですよ。……それと、夜半過ぎには花火が上がります。病人には少々うるさいかもしれません」
そう言えば、今夜は村の祭りだと言っていた。
「花火、か……」
オスカルはのっそりと反応した。
「少しでも気分転換になれば良いのですが……。この部屋は特等ですから、バルコンから花火がよぉく見えるんですよ」
「よく、そんな部屋が空いていたな……」
オスカルは思わず疑問を口にした。すると主人は、
「あ、いや……。実は今日になってのキャンセルで……。こちらとしても、本当の所、お宅の使用人さんが飛び込んで来た時には、むしろ飛び跳ねたくらいでして……」
バツが悪そうに言った。
「そんなわけで、夕食も準備万端なんです」
年収の大半がこの時期の稼ぎに掛かっていると言い、
「そのビシソワーズは女房の自慢の品ですので……」
頑張って体力をつけろと主人はつけ加えた。
そして洗面器の水を変え、氷まで入れてくれた。主人は、旅の途中の体調不良はそう珍しいことではないと言い、慣れた手つきで整え、こんな事情で人手を用意できず申し訳ないと頭を掻き掻き下がって行った。

「う……ん……」
アンドレが苦しげに体を動かそうとする。オスカルはその動きを妨げないようにと慌てて握っていた指先を離した。少し腰を浮かせてしまったせいで、オスカルの座っていた椅子が軋む。そのかすかな鈍い音に反応するかのようにアンドレが目を開けた。
「えっ……」
見知らぬ気配に戸惑い起き上がろうとして、
「アンドレ!」
オスカルの声を聞き、安堵から、また体を寝台に戻した。そして、そっと声がしたへと向きを変える。

「……オスカル……」
アンドレは掠れた声で呟いた。
「……すまない、こんな事に……」
何か言おうとしたアンドレの言葉はオスカルに遮られた。喋るな、と言い放つ。
「……だが……」
言いつけに従おうとしたが、
「ここは?」
どこだとアンドレは訊いた。オスカルは、途中の宿駅だと少々不愛想に答える。
「すまなかった……」
そう言うアンドレに、
「傷が完治していないのに、連れ出してしまった私も反省中だ。日程はゆっくりだったものの、どう言っても長旅は疲れを助長する」
珍しくも、オスカルはさらに反省の言葉を続ける。
「向こうでの事務処理もほとんどおまえがしてくれて……。本当に私が同行する必要などなかった」
「おまえが反省する必要はない」
一緒にいたかっただけだからと思い、苦笑いを浮かべる。オスカルはそんなアンドレにやさしく微笑み、
「しかも明らかに気乗りがしない様子だった。今思い返せば出発前から体調が悪かったんじゃないのか」
「あ、いや。何と言うか……。体調がすっきりしなかったのは事実だが……。ほら、怪我やらそこから来る熱やらで1週間ばかり床に着いてたもんだから、ろくに物も食べないままだったじゃないか? 別荘でたらふくごちそうでも食べたら一気に良くなると踏んできたつもりだったんだが……。何も無理やり連れて来られたなんて、本気で思っちゃいないよ……」
まさかオスカルとの旅路に抑制を利かせなければならない自分の理性の問題だとは口が裂けても言えない、とアンドレは中途半端に笑った。
「熱も上がり切ってしまったし、少し楽になった気がする。ありがとう」
黙ったまま聞いていたオスカルは、アンドレから視線を外し寝台脇を離れた。慣れない手つきでどれほど甲斐甲斐しく、しかし容量悪く世話を焼いてくれたのだろうと考えると、アンドレは嬉しかった。

やがて、不器用に宿の主人が置いていったワゴンを押して、脇まで戻って来る。
「体を起こせるか?」
「ああ、たぶん……」
そう言い、右肘を力強く寝台に押し突けると慌ててオスカルが飛んで来て、枕を背中に宛がう。メルシィと小さく呟くと、アンドレはその枕を後ろ手で調整し、ふーっと息を吐き出す。
ガチャガチャとなる食器の音で、アンドレはオスカルが食事の準備をしてくれているのを察したが、さすがに俺がするよと言う元気はなく、黙って見つめていた。
「ジルは?」
オスカルの動作を確認しながら問う。

オスカルはジルがここにいない状況をかいつまんで説明する。
楕円形のココットに並々と入ったビシソワーズが、不器用にオスカルの手でスープ皿に注ぎ分けられた。
「ここのおかみさんの自慢の作らしい」
オスカルは言いながらも寝台の脇に腰かけると、掌に載せたままアンドレの目の前にそれを差し出す。
その柔らかいオスカルの表情は、今までにアンドレが見たことのないものだった。何年か前、使用人仲間のマティアスが骨折して動けなかった時に、献身的に世話を焼いていたその妻の姿を思い出し、アンドレは意味もなく緊張した。そんなアンドレの内心など知る由もなく、テーブルも何もないからな、とオスカルは笑いながら、皿をグイとアンドレに近づける。アンドレはうっと身を引き、
「おまえは……?」
「私は、後からだ……。おまえが目覚めるのを待っていた」
「……あ……。そういうわけには……」
躊躇うアンドレに、
「おまえが食べなければ、私も食べない」
のっけからずるい駆け引きをしてくる幼馴染にアンドレは、黙ってスープ皿を見つめた。

「では、毒見だと言えば納得できるだろう?」
オスカルはこれ以上はない促しをする。
確かに、旅先では初見の物はかならずおまえが毒見をするようにと、日頃祖母からやかましいほどに言われている従者は、仕方なくスプーンを手に取った。そっとひと口掬って口に運んだが、
「……えーっと……」
うまいとは言い難い。その微妙な表情をオスカルは素早く察知する。
「口に合わないのか?」
「あ、いや。そういうわけじゃないんだが……」
もしかしたら熱で味覚が狂っているだけかもしれないと思おうとして、次にアンドレはハッとする。
「……オスカル……」
何か言おうとするアンドレに、
「おかしいなぁ。まずい食事を提供する宿にこんなに客が集まるのか? 他に空きがなかった連中の集まりか……」
ぶつぶついながら、アンドレが皿に戻したスプーンを取り、そっとオスカルは自分の口にスープを入れ、絶句した。そんな行動さえアンドレをドキリとさせていることなどお構いなしだ。
「味がない……」
オスカルがポツリと言うひと言にアンドレは、
「あのさ、オスカル……」ちょっと言いにくそうに「それ、底の方からよく混ぜなきゃ……」
身じろぐアンドレに、オスカルは慌ててスープ皿を後ろの椅子に置き、
「何をしたいんだ?」
おそらく、給仕をするつもりであろうことをその動きから見て取ったオスカルは、自分よりはるかに大きな体の男を制しようと両肩口を押す。

オスカルのそんな単純な行動にさえ、アンドレは早なる心臓の規制が利かず、逃げ場などないとわかっていながら思わずその身をせいいっぱい後ろへと反らせようとする。
だが、その動きは逆効果だった。
態勢の悪いオスカルがバランスを崩しアンドレの胸元に顔を埋めることになってしまい、アンドレはますます慌てる。
「す、すまない……。オスカル、大丈夫か?」
「……うん……」
返事をしているのか唸っているのかさえアンドレには分からない。ただ、事実としてその胸に沈み込んでしまった幼馴染を、少しでも早く己が身から離すことが先決である、という考えだけは働いた。

今度は、アンドレがオスカルの肩口を掴む。すると、思いがけずオスカルが、
「……アンドレ……今、おまえが考えていることを当ててやろうか?」
アンドレの胸にもたれたまま、確信を持った様子でくぐもった声で言う。その意外にも楽しそうな言い方に、アンドレの腕から力が抜ける。
「……な、に……かな……?」
当てられたら困る、と心の底から思う。しかし、当たるはずがないという安心と淋しさが混ざり合った気持ち。
「うん、間違いない」
力強く言い切るオスカルに、早くどいてくれと半ばやけくそになり、
「何が……間違いないんだ?」
力づくで押しのけるという手段を諦め、とぼけた風に訊く。

「おまえはやっぱり、人身御供だったな」
心の内に気づかれるはずはないと思いはしたものの、全く予想もできなかった言葉に、アンドレはやはり安堵と情けなさとを同時に抱く。
そんな無言のアンドレにはお構いなしに、オスカルは楽しそうに笑う。
「心臓がドキドキ鳴ってる」
「そりゃあ、生きてるもんな。しかも、熱もあったし……。脈も速いだろうな」
いい加減にこの蛇の生殺し状態のようなシチュエーションから解放されたいと思いながら、アンドレはわざと大きく溜め息をつく。それに合わせてゆらりとオスカルの頭部も沈む。
すると、オスカルは、顔だけを上げアンドレを見つめ、こう言った。
「……“早くどいてくれ、オスカル。このままだとおまえを抱きしめてしまうぞ”」
「えっ……」
心の内を見事に言い当てられ、アンドレは言葉を失う。

「……おまえの心臓が、そう言った」
「えーっと……」
もはや、否定することさえできない。
「あ、いや……。ち、違うんじゃないかなぁ」
それでもやっとの思いで、しどろもどろになりながらも主を安心させようとしてみる。するとアンドレの腕の中のオスカルはピクンと動いたが、静かに言った。
「……そうか……」
否定するアンドレの言葉を受けて、今度はオスカルが続きを探す。

おまえへの想いに気づいた時には、手遅れだったなんて。こんな悲しいことはないぞ。

素直にそう言うことができれば楽だったに違いない。
好き勝手に感情のままに振り回して来た罰は思いの外、手痛い。

「だから、早くどいてくれ」
「……自惚れだったんだな……」
全く意味合いの違う両者の言葉が、重なる。

「えっ……」
今度は、アンドレだけが口を開く。
静かに身を離そうとするオスカルを、慌てて強引に引っ張る。
「はな……せ……」
その腕に力を入れ腕の中から逃れようとするオスカルをさらに力強く抱きしめ、
「嫌だ」
「どけと言ったのはおまえだ」
「言った、確かに言った」
「では、離せ」
「嫌だ」
「おかしいだろう、言っていることが真逆だ」
アンドレはそっと腕の力を緩め、
「仕方ないだろう」
優しく微笑む。
「だって……。今、オスカルの心臓が俺に抱きしめてくれって言った」
「言……言ってない!」

オスカルが肝心なところで素直になれないことなど百も承知だと、アンドレは笑いながら言う。
「うるさい」
言い返す言葉が、子供じみたそのひと言だけという状況も笑えた。アンドレは、
「じゃあ、離そうか?」
自分の方が断然優位だとわかり、ついには余裕綽々の表情になる。

「は……はな……」
「はな?」
自分の方が優勢になったと確信したアンドレは、笑いながらオスカルの言葉を促す。
「はな……」
「うん……? 離そうか?」
「嫌だっ!!」

威勢の良いオスカルのNonと、アンドレがその腕に力を込めたのはどちらが先だったか。
「……アンドレ……やっとわかった。おまえを愛している……」
ぎゅっと抱きしめられたオスカルは、苦しいと言いたいがそれさえも惜しい気がした。

アンドレが腕の力を緩め、オスカルの顎に手をかける。そっと目を瞑るオスカル。
そして、唇が重なろうとした、まさにその瞬間、二人の耳に、ドンッという音が響いた。
「えっ?」
アンドレは動きが止まってしまうほどの驚きの声を上げる。オスカルはクスっと笑う。花火だ、アンドレと最高の微笑みを向ける。
「花火?」
「ああ、今日は村のカルナバルだそうだ」
アンドレは、なるほどと微笑み、
「祝砲だな」
「ああ。村中が私たちを祝ってくれている。その上、宿という宿は泊り客で溢れている。だから……」
そう言い、オスカルはいったん言葉を切る。その隙をついてアンドレが唇を盗む。

「……ん……」
聞いたことのないオスカルの甘い吐息に、アンドレは、
「もう熱なんかどこかに吹き飛んでしまった。こんな素敵な感傷旅行はないよ」
そう言い、笑った。
「それは良かった」
オスカルはそっとアンドレの胸に手を当て、小さく囁いた。
「今日は……。この部屋しか空いていなかった。だから……」
「えっ……」
「……私達は、ひとつの部屋で朝を迎えるしかないようだな……」
真っ赤になって破顔するその額にくちづけを落とすと、アンドレは再びオスカルを抱きしめた。

≪fin≫




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