
素直に条例論から考えるとどうなるだろう。これまでは、条例を議会の関与のツールと考えてきたが、条例そのものに意味があると考える立場である。
条例の意義は、納得性である。市長と議会という2つの民主的組織から「いいね」と言われている(二重の民主性)、議会から質問等を受けることで実現可能性=実効性の裏付けがある、検討過程が市民に開かれている(公開性)である。ここが要綱との違いである。この点を理由に、多くの要項規定事項が条例化されてきた。
附属機関条例主義は、附属機関の設置に当たっては、こうした条例の優位性を反映させるという考え方である。この立場でいえば、できるかぎり附属機関的なものは、条例で作るべきということになる。市政の重要事項のほか、市民生活に関係するようなものは、条例である。そのほか、市民参加条例の市民検討委員会のようなものも、条例設置が好ましいということになる。
この立場を貫くと、条例万能論となる。政策法務論では、そういった議論になりがちである。規則の民主性、あるいは行政を民主的に運用するという方向性が忘れ去られ、何でも条例ならば良しとする。議会がそこまで耐えうる知識、知見を持っているのか、という議会の能力論を無視しての条例万能論になる。
やはり、二元代表制から、附属機関条例主義を考えたほうがよさそうである。日本の地方自治は、議会と市長の2つの民主的組織が、いわば自治の共同経営者なので、共同で決めるのが妥当な様な事項を条例という形式で決めるという考え方である。予算も条例がそうであるが、附属機関についても、共同で決めたほうがいい様な附属機関は、条例で決める。議事機関である議会は、議決という形式でしか、共同経営に加われないからである。
市民参加の市民検討委員会のようなものは、行政による政策の形成過程の一環で、行政と議会が共同で決めるのは、提言案が出て、それを踏まえて行政が案をつくり、その案をたたき台に、市としての市民参加方針をつくるときである。市民参加は市の基本事項なので、条例という形式が好ましい。この時点で議会が関与すればよく、案づくりの過程で、議会が関与する意味はほとんどない(むしろ弊害が多い)。
ここで、大事なのは、どんなケースは条例化するのか、条例化の基準である。これをきちんとつくり、それに従って運用すればよい。この基準に当てはまるものは、附属機関設立の時点で、無理して条例化する必要ないということになる(条例が目標でない課題には当てはまらないが)。
このように見てくると、政策形成全体を通した政策形成ルールが必要になるということである。未完の政策デュープロセス条例の視野の中に、附属起案条例主義が入ってきたということである。いずれにしても、新年そうそう、難しい話からスタートした。
条例の意義は、納得性である。市長と議会という2つの民主的組織から「いいね」と言われている(二重の民主性)、議会から質問等を受けることで実現可能性=実効性の裏付けがある、検討過程が市民に開かれている(公開性)である。ここが要綱との違いである。この点を理由に、多くの要項規定事項が条例化されてきた。
附属機関条例主義は、附属機関の設置に当たっては、こうした条例の優位性を反映させるという考え方である。この立場でいえば、できるかぎり附属機関的なものは、条例で作るべきということになる。市政の重要事項のほか、市民生活に関係するようなものは、条例である。そのほか、市民参加条例の市民検討委員会のようなものも、条例設置が好ましいということになる。
この立場を貫くと、条例万能論となる。政策法務論では、そういった議論になりがちである。規則の民主性、あるいは行政を民主的に運用するという方向性が忘れ去られ、何でも条例ならば良しとする。議会がそこまで耐えうる知識、知見を持っているのか、という議会の能力論を無視しての条例万能論になる。
やはり、二元代表制から、附属機関条例主義を考えたほうがよさそうである。日本の地方自治は、議会と市長の2つの民主的組織が、いわば自治の共同経営者なので、共同で決めるのが妥当な様な事項を条例という形式で決めるという考え方である。予算も条例がそうであるが、附属機関についても、共同で決めたほうがいい様な附属機関は、条例で決める。議事機関である議会は、議決という形式でしか、共同経営に加われないからである。
市民参加の市民検討委員会のようなものは、行政による政策の形成過程の一環で、行政と議会が共同で決めるのは、提言案が出て、それを踏まえて行政が案をつくり、その案をたたき台に、市としての市民参加方針をつくるときである。市民参加は市の基本事項なので、条例という形式が好ましい。この時点で議会が関与すればよく、案づくりの過程で、議会が関与する意味はほとんどない(むしろ弊害が多い)。
ここで、大事なのは、どんなケースは条例化するのか、条例化の基準である。これをきちんとつくり、それに従って運用すればよい。この基準に当てはまるものは、附属機関設立の時点で、無理して条例化する必要ないということになる(条例が目標でない課題には当てはまらないが)。
このように見てくると、政策形成全体を通した政策形成ルールが必要になるということである。未完の政策デュープロセス条例の視野の中に、附属起案条例主義が入ってきたということである。いずれにしても、新年そうそう、難しい話からスタートした。






