南方単車亭日乗

奄美大島にIターンした中年単車乗りが、てげてげに綴ります。
はじめての方は、最初に《ごあいさつ》をお読みください。

アームチェア・ツーリング 住用半島 四

2005年12月06日 02時49分11秒 | 南方単車旅案内
住用半島 参より続く。

再々で申し訳ないが、ここから読みはじめる方のために。
住用(すみよう)半島などという地理上の名称は、地球上のどこにもない。
大島郡住用村東部の半島状の地域に対して、南方単車亭の主が便宜上、勝手に付けた名称である。

山間(やんま)集落を後にして、さらに進む。
いったん海岸から離れて急勾配を登っていくと、道の脇にコンクリートの鳥居が隠れるように建っている。
山間権現である。
ダンプが頻繁に通るので、鳥居とは反対側の空き地にバイクを停め、神域を見学する。
細い坂道に付けられた急な階段を上り、目の前が開けたところに祠が見える。



山間権現の由来は、↑の画像をクリックしてお読みいただきたい。
ただし、オレはシロウトの強みでこの説明文に疑問を持っている。
「奄美近海には海賊がはびこり、往時の人々がこの地に見張り所を設け」とあるが、むしろ、奄美大島が海賊(所謂《倭寇》)の根拠地であった可能性が高いと考えているからだ。
説明文の中にある「平家一族」は、対中国(南宋)貿易を盛んに行い、源氏との争いに敗れての敗走ルートは、そのまま朝鮮半島経由、あるいは東シナ海を横断しての杭州(当時は臨安:南宋の首都)直行ルートである。



好奇心に負けて祠の中を覗き見ると、御神体として鏡と楕円形の石が祀られている。
もちろん鏡は円形の、《八咫鏡》(やたのかがみ)を模した、さまざまな神社に祀られているものである。



それでは、見張り所としての機能はどうかと、祠の横から眺めてみた。
湾の入り口を入ってくる舟は、ここからすべて見渡せる。
理想的な見張り所といえるだろう。



ちょうど、漁船が一隻、湾に入ってきた。

唯物論よりは不可知論の方に近い無神論者であるオレは、
「どうも、お邪魔しました」と祠に手を合わせ、坂を降りてバイクに戻った。

つづく

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