南方単車亭日乗

奄美大島にIターンした中年単車乗りが、てげてげに綴ります。
はじめての方は、最初に《ごあいさつ》をお読みください。

十五夜唄あしび

2009年10月11日 00時49分33秒 | デキゴト
実はコレ、『踊りの季節・伍 笠利町大笠利2009』の前日だったことは先にちょろっと白状しといた方がいいかな?
まぁ、このBLOGが時系列的になってると思う人は既にどこにも居ないとは思うのだけど。

今回の『十五夜唄あしび』、サブタイトルは《永伯アニを送る唄あしび》となっています(ポスターの画像はこちらでドウゾ)。
この永伯(ながのり)アニというのは児玉 永伯さんという方のことで、先ごろ他界されました。
本人に言わせれば『オレはただの唄好きだよぉ』とのことですが、古老の話や文献を丹念に辿った彼の研究は、ベテラン・大御所と呼ばれる唄者ですら、
『判らんコトは児玉に聞け』と無類の評価を得ていた方です。



この『十五夜唄あしび』というイベント自体もだいぶ会を重ねて来たんですが、もともとは児玉さんが近隣の唄者を招いて《唄掛け》を聴かせてもらう、という会をしていたのを
『近ごろは唄掛けをする場が減って、その楽しさを知る人も減ってきた。ぜひ、公開の場で大勢の人に唄掛けを聴いてもらいたい』
という声があってはじめられたといいます。
ていう話は、この翌日、博物館の高梨センセーに教えてもらいました。



この夜も、築地さんが開口一番、
「今夜は児玉を送る会だから、彼が大好きだった唄掛けを最初にやります。『朝花節』をここに並んだ4人で回して、30分から40分、皆さんが飽きるまでたっぷり聴いてもらいます」
そうしてはじまった『朝花節』は、最初のうちはお行儀よく、しま唄の教科書に載ってるような歌詞から唄い繋げられていきますが、15分弱ほど経過した辺りで築地さんが、
『シマでイチバン(の美人)と呼ばれて貰ったお嫁さんだけど、母が気に入らないというのでは、到底シマでイチバンとは呼べないよなぁ』という意味のよく唄われる歌詞で唄うと、すかさず前山真吾が
『ああ、ボクもシマでイチバンと呼ばれるような彼女が欲しい』と切実(?)に返したところで、唄による乱闘(?)がはじまります。
森山ユリ子さんが
『あら、アナタは若くて素敵だから、きっとシマでイチバンの彼女ができるわよ』と慰め、いっぽう西 和美は
『アタシなんかどう? ほら、結構いいオンナよぉ』と迫る。
オレなんかはアタマの中で方言の単語の意味を追うのが精一杯で、上の経過説明も
「たしか、こんなんだったよなぁ」程度のええ加減なものですが、
オレの周囲に陣取った50代60代の《唄ふりむん》(島唄キチガイ)たちは大爆笑です。
さすがに25分を経過した辺りから客席がダレはじめたのを察知して『朝花節』は30分に少し足りないくらいで終わりましたが、いやぁ、堪能しました。
これで字幕スーパーがあったら、えーと、アトは酒とツマミがあれば最高
あ、焼酎は「児玉が好きだったから」てことで配られたんですが、残念ながら単車だったので、お土産になりました。



途中、ゲストコーナーみたいな感じで、90歳の森チエさんが唄います。



文化センター屋上に設えられたステージ周辺の全体像はこんな感じ。



空には朧な満月。



最初と最後は浦上青年団による八月踊り。
最初のは入場して軽くひとつ唄い踊って、さらりと退場したのだけど、唄者の唄が終わったところで出てきた浦上青年団の唄い踊りはけっこう長く続く。
ナゼか他の地区の八月踊りよりもテンポが速く、踊りも激しい。
「お、そうか。たっぷり盛り上げたところで六調か」と思ったら
「トザイトーザーイ」の口上に続いてもうひとつ。
「あはは、一つじゃ足りんか。若さが有り余ってか」とオトナの余裕をかましつつ見ていたら、再び東西東西の口上が入ってまた速くて力の入った唄踊り。
「いーかげん執拗じゃないの?」と思いはじめる客もチラホラ居る様子。
ようやく口上、華(はな)の披露に続いて六調となったのだが、ここでようやくオレも腑に落ちた。
これが浦上なのだ。周りに呆れられるところまで突き進まないと納得できない若者たちが住む街なのだ。

翌日、博物館の高梨センセーと立ち話した時、当然のようにこの話が出た。
たまたま研究で来島していたR大のT先生が「児玉の追悼だったら、オレも行かないわけにはいかんだろう」と観覧していたのだが、この浦上青年団の八月踊りを見て
「いいものを見せてもらった。予定の調査は中止! この八月踊りについて考えなきゃ」
と大興奮だったそうだ。
T先生は「浦上の八月踊りは、沖縄のエイサーの発展過程を今、辿ってるんじゃないか?」と考えて居られるんだそうな。
あ、それはなんとなくオレみたいな脳足リンにも判るハナシ。
つまり、農村から都市部への人口移動が《新興住宅地》を形成して、そこで成長した若者層が《自分たちがアイデンティティーを持てる文化》を創造しようとしているってコトなんだろう。
浦上青年団の若者たちにとっては、笠利や龍郷の集落は『じいちゃんばあちゃんのシマ』であって『自分たちのシマではない』のだろう。
親の世代ですら、田舎の集落に住んでいたのは学校を出て自活するようになるまで、というのが多いんじゃないか?
もちろん、浦上は有盛神社もある歴史の長い集落で、そこには伝統的な八月踊りもあるはずだが、若い世代にとってはそこにも完全にアイデンティティーを同化させることが出来ないのかもしれない。
「人の移動がテーマ」というT先生(これだけは本人から直接、聞いた)ならずとも、いろいろ考えたくなる八月踊りだ。

話を戻そう。
六調がひと段落したところで、オレは2つの生理現象の解決のために帰ることにした。
一つ目は1階のトイレで解消したが、もうひとつは麦芽とホップを醸造して作った飲み物で解決したい。
そう考えながら歩くオレの背中には、まだまだ続く浦上青年団の唄声が響いてくる。

と、終わろうかと思ったが、ここで御叱言(おこごと)を2つ。
1.客席の上の方で撮影されておられましたスーパーアマチュア・カメラマンの皆さま。
いいアングルを探すことに乏しいノーミソが精一杯だというのは判らないではないですが、
照明機材の前をチョロチョロするんじゃねぇ!ボケっ!!
どうしても移動したいってぇんなら、せめて腰をかがめて自分の影がステージに落ちないように、用もないところで明暗を勝手に付けない程度の神経ぐらいは使え、馬鹿たれがっ!
2.ステージ前で撮影されておられましたスーパーアマチュア・カメラマンの皆さま。
「ステージ撮影のイロハ」なんてことを奄美市の写真講座で教えてくれるかどうか知りませんが、知らなかったら憶えておくように。
ステージ撮影では、フラッシュを使わないってのは常識です。
せめてそれくらいは弁えなさい、馬鹿たれがっ!

ホント、高価いカメラを買う金はあっても常識ってものを小匙一杯すら持ってないのが多過ぎるんだよ、オマエらは。
N海新聞に投書してやろうかと思ったけど、あそこのカメラマンがいちばんタチが悪いからなぁ。

久し振りに長文記して、最後がこんな愚痴だと、かなり虚しい。
神様仏様お星様、これを読んで馬鹿を辞める人が一人でも居ますように

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