きんいろなみだ

大森静佳

「塔」6月号

2019年07月01日 | 短歌
もう7月になってしまいましたが、
「塔」6月号から好きな歌を選んでみました。
時間ができ次第、あとでコメントもつけたいと思っています。

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土葬村の墓所のことをみんながとけやさしいところと父のいひにし 大橋智恵子(月集)


松笠が火の中にひとつ燃えてゐる思ひ出はあたたか思ひ出すはさびしい 久岡貴子(月集)
下句、そう言われると確かにそうだなあ。きっちり額縁におさまった「思ひ出」はひたすら懐かしくあたたかいけれど、「思ひ出す」という行為はなまなまとさびしい。焚き火に燃える松笠が、追憶をみちびく。

心臓にやすりをかけているような不安が腕をがっしり掴む 大橋春人(作品2)


ゆきやなぎ君に気づかれないように吹雪となりて髪に入りたし 太田愛葉(作品2)


母になるこわさを誰も言わないねごろんごろんとデコポン並ぶ 魚谷真梨子(作品2)


寄り目してバナナむくとき物語の始まるやうなすずしさのあり 森永絹子(作品2)


花を手に「この子は」と言ふ人とゐて園芸店に半日過ごす 寺田慧子(作品2)


指揮棒がオーボエをさし語らせる「ローマの松」の奇妙なかたむき 加藤紀(作品2)


細胞のひとつひとつに色を塗るような気持ちで日記をつける 杉原諒美(作品2)


会うことはすなわち泣いてしまうこと橋上を吹く風に押される 永久保英敏(作品2)


生きてきた時間に目次を記すことはしない 岸辺の一本の草 福西直美(作品2)
いつ何があって、と出来事によって人生をわかりやすく整理するような振り返り方を、このひとはしたくない。「生きてきた時間」は目次のない本であり、ただ一瞬一瞬がそこにある。風に澄む草への淡い憧れ、とともに。


鍵穴に鍵の入らぬ雨の日は掛けずにおかむ春のこころに 堺礼子(作品2)


一昨日のきみはかわいた馬だったお水のようにわたしを飲んだ 滝川水穂(若葉集)
「お水」の「お」に明るい感情がある気がする。「馬だった」「飲んだ」という時間の噛み締め方。「わたし」は今、水として「きみ」のなかにいる? 言葉や映像の肌理が粗くて、どこか神話っぽい。


目の前を黒猫が歩く 一歩ごとに黒光りの胴が波打ってゆく 橋本チャク(若葉集)

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