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大泉ひろこ特別連載

大泉ひろこ特別連載です。

日本の社会と社会政策(44)社会政策と私(下)

2025-01-06 09:16:57 | 社会問題

 最近、ある所で、筆者は「官僚、副知事、衆議院議員・・大泉さんは女性職業人の草分けです」と紹介された。「私の世代が草分け?」。少なくとも筆者は自分が草分け的存在とは思っていなかった。それこそ朝ドラで好評を博した三淵嘉子さん、日本初の女性裁判官のような方が草分けと思っていたし、新憲法の男女平等の規定の下で生きてきた私のような団塊世代は何車列も後ろに位置していると思っていた。しかし、男女平等が規定されても、圧倒的多数の級友が昔ながらの女性の道を歩んだのも事実で、結果から言えば、職業人を貫いたのは少数派にとどまった。三淵嘉子さんが大正生まれの私の親世代ならば、現在活躍中の40-50台の女性は私の子供の世代であるので、一世代隔たれば先人が草分けと見えてくるのもむべなるかなと思われる。

 確かに、筆者の職業生活は、孤軍奮闘の感が強かった。男性優位社会に適合しようと努力する先輩を追わず、ボーボワールに学んだ「作られた性的分業」にいちいち反応して、物議をかもすこともしばしばだった。選挙に出てからは、八方美人でなければ票は集まらないために、初めて自分を押し殺す方法をとるようになったが、政治を辞めてから再び、本来の自分に戻ってきたのを感じている。この欄で何回か女性政策などに関して書いてきたが、女性が話題のものは明らかにアクセスが減る。女性も含め多くの人が「女性」のキーワードで政策を語るのに興味がないのではないかと感じている。しかし、筆者は健康と福祉の仕事をやって来た行政マンであるから、女性のキーワードは関連が多く、回避して語ることは難しい。今回は、敢えてこの話題を取り上げたい。

 筆者は大学時代にボーボワールの「第二の性」を繰り返し読み、生物性を否定するのではないが、社会的に作られた性差の解消は健康と福祉の分野でも実現すべきと考えた。その考えに魂を入れられたのが、アメリカ留学である。戦後生まれの大方の夢は「アメリカを知る」ことだった。特にアメリカ人将校の宿舎があったワシントンハイツ(跡地は代々木公園)の近くに住み、アメリカの豊かさに憧れて育った筆者の思いは強かった。厚生省入省後、人事院長期在外研究員の試験にパスしてアメリカ大学院に派遣されることになったときは欣喜雀躍した。その留学で得たものの中、最も大きいのは、アメリカの女子学生の人生に対する姿勢だった。筆者の渡米より10年ほど前、1963年にベティ・フリーダンが書いた「女らしさの神秘」は、アメリカ女性のためにパンドラの箱を開けた。女性は、家でクッキーを焼いたり、芝生で子供を遊ばせる存在から、夫と同じく、社会で活躍する存在へと道を切り替えたのである。筆者が級友として会った女性は皆が皆、勉学に励み、社会での活躍を夢見るものばかりだった。

 筆者は、学問を身につけること、男に伍してハードワークをこなすこと、何よりも自分の意見を堂々と言うことを彼女たちから学んだ。まさにアメリカ・ウーマンリブの真っただ中で、圧倒された。日本にはこんな女性一人もいない。ならば、筆者が帰国して先頭に立つべきだと思い立った。官僚組織の中で筆者の姿勢は決して受け入れられず、悪評をさまざま聞かされたが、筆者のアメリカ土産はプラグマティズムの学位よりもウーマンリブの直輸入の方が大きかった。ただ、結果から言えば、それが政策に活かされた試しがない。90年代に少子化政策が必要になったときも、政治家や官僚組織幹部は女性の社会進出の行き過ぎや専業主婦擁護の議論を優先させた。

 後年、山口県副知事に出向したとき、2000年施行の男女共同参画社会基本法に基づいて各県が男女共同参画社会条例を作ることを義務付けられたが、この時代には当たり前と思っていたその仕事が、県内の宗教団体によって反対運動に出くわすことになった。「東京出身の副知事は、長州の土壌に要らない」と雑誌やビラに書かれた。筆者が男女共同参画社会の象徴的存在とみられたのである。筆者はその後選挙に出るようになったが、社会は筆者が考えるほど進んではいない、官僚ならまだしも、政治家を目指す時には男女共同参画社会の申し子のような言動は封じておこうと思うようになった。

 衆議院議員になっても、いわゆる女性政策に関わったことはなかった。しかし、政治を辞めた今、真に女性の地位引き上げのための行動しているのは野田聖子さんくらいで、多くは「女性の声を届ける」と言うだけの女性の姿をしている議員が多いのを知った。女性の地位を引き上げるべきと考えつつ、その考えを封じてきた筆者は内心忸怩たるものを感ぜざるを得ない。政治を離れ、今頃になって、女性の底上げに何ができるかとは遅すぎるかもしれないが、健康福祉の分野で、少なくとも、女性の多い介護、保育、看護の分野で十分な報酬が得られるようにすべきと思ってならない。

 筆者が主張する女性政策の第一は、女性の多い職業の経済的な底上げであり、女性総理第一号を作ることでも、大企業の女性社長をつくることでもない。忘れていた社会政策のこの分野に微力ながら力を尽くしたい。

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