閉塞感の強い今の日本に夢を与えているのが、野球界の大谷翔平と棋界の藤井聡太だ。エベレストと富士山のようなもので、誰もかなわない、地殻変動でもない限り孤高の才能を発揮し続ける存在だ。その大谷翔平に泥を塗ろうとしたのが通訳水原一平。大谷の人気にあやかって彼も一時は称賛の的であった。それが、一変して、違法賭博で、大谷の預金から使い込んだ。すでに司法取引をして、罪を認める代わりに刑期を短くしてもらい、ギャンブル依存症の治療を受けることも承諾している。
ギャンブル依存症の医学的定義は、アルコール依存症の治療で名高い久里浜医療センターによれば、ギャンブルの衝動を抑制できない衝動を持つ病気だという。水原のような桁外れたギャンブルでなければ、日本はちょっとしたギャンブル依存症の国ともいえる。パチンコ屋は居酒屋よりも流行る。ただし、かつてほどではない。90年代に総務庁が発表したパチンコ業界の規模は30兆円だったが、現在では、レジャー白書によれば15兆円弱で、コロナの影響も大きいが、パチンコ玉の総量規制(射幸心をあおる大量の出玉を規制する機械の設置)なども原因であろう。
筆者が働き盛りの90年代では、新橋で、飲み会には来ない連中が一斉にパチンコ屋に向かっているのを見た。翌朝、しばし、その会話が行われる。「もうけた」「すった」。時には35万儲けた話も出てくる。パチンコプロを自称する人からは、景品を売った金の小遣いで生きていると自慢していた。ほとんどは、年間換算では、マイナスになるとのことだったが。そのころから、女性も見かけるようになったし、中には、子供を負ぶったままパチンコに興じているお母さんもいた。
終戦後の白黒映画の中で、笠智衆が「パチンコが流行る日本は、もう終わりだ」とささやくシーンがあったけれども、戦争に駆り立てられボロボロになった日本国民の小さなレジャーは終わらなかったどころか、発展して国民的遊戯になった。しかも、一定の範囲で遊んでいる限り、パチンコは、飲酒や喫煙と変わらぬ嗜好品だ。一部で日本はこれを以てギャンブル大国という意見もあるが、それは違う。日本には、今のところ、ラスベガスやマカオのようなカジノはない。2018年にIR実施法、つまり、カジノを含む統合型リゾートの開業を許す法律が成立したが、横浜、長崎など候補地でも、未だに賛否両論があり、リニア新幹線と同様に遅々として進まない。
競馬、競輪、競艇もファンが多く、テレビ放送の番組もあるくらいだが、カジノに反対する人が多いのは、日本人がギャンブルに偏見を持っていることを表している。しかも、世相は男性の50歳時未婚率が3割を超え、4割に向かっていることが明らかな中で、子育ての責任を負わない独身男性が余剰をギャンブルに使い、やがて世話の焼ける独居老人になっていくことに眉をひそめる人も多い。ギャンブル嫌悪は女性に多いだろう。なぜなら、広報誌「厚生労働」によれば、ギャンブル依存症は、男性8.8%、女性1.8%(全体は4.8%)で男性に多いからである。
さて、話を水原一平にもどそう。彼は、ギャンブル依存症の治療を受けることを明らかにしている。ギャンブル依存症は、薬物やアルコール依存と同じく、精神疾患とされているので、治療法が確立している。しかし、薬物でも、アルコールでも、再発が多く、完全な治癒はない。精神疾患は、治癒という言葉を使わず、寛解という言葉を使うが、再発の恐れのある病気に用いられる。一般の病気においても例えば糖尿病も治癒はなく寛解である。薬物依存症も治癒ではなく、使われる言葉は回復である。よく芸能人が「今度こそ薬物を断ち、立ち直ります」と会見しながら、また繰り返すことを我々は見ている。
水原は、依存症が回復しようがしまいが、大谷の口座から盗んだ26億円余を一生かかっても返すことはできまい。大谷は、26億の損害をものともしないだけの富豪ではあるが、それ以上に、さばさばと野球に向かっている姿が彼の偉大さを語る。水原は千載一遇のチャンスを得て、大谷を食いちぎったのである。そのような事件は世の中にいっぱいある。島倉千代子や江利チエミなどは、親族から金を奪い取られ、生涯を借金返しで過ごすことを余儀なくされた。有名人は、あっという間にセレブの階段を駆け上がった人が多く、その足元に金食い虫がまとわりついていることを知らないで過ごす。
政治資金規正法の議論の中で、政策活動費を全面的に明らかするかどうかが焦点になっているが、自民党がこれを潔しとしないのには訳があろう。とんでもない足元の金食い虫に与えねばならないカネが必要なのだ。選挙のために使わねばならない虫たちの餌代だ。選挙事務所に集まってくる有象無象の中には金食い虫がつきものだ。この際、選挙依存症で、金食い虫を退治できない議員を治療したらどうか。こちらは簡単だ。歳費を国民の平均所得までに落とすことだ。「選挙で当てれば大金持ち」だから、金食い虫がついてくるのであって、真実に政策議論で日本の方向を決めていく集団を選ぶのであれば、虫食いは起こらず、日本の未来はもっと明るくなる。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます