筆者は社会政策をやりたくて当時の厚生省に入ったのではない。寡聞にして社会を知らぬ若者だった筆者は、60年代、中根千枝東大教授という文化人類学者の生き方に憧れ、ロールモデルに選んだ。もう一人のロールモデルはボーボワールだった。1966年、夫のサルトルと共に日本にやって来たボーボワールの「契約結婚」という生き方を知って、当時大方の女性の道である結婚の必然性はないことを確信し、自分の生き方が決まった。
しかし、東大に入ってすぐに全共闘運動による全学ストが始まり、筆者は途方に暮れた。集会に出ても意味が分からず、何ら発言もできなかった。かろうじて参加していたマックス・ウェーバーの自主ゼミでは俊英の議論についていけなかった。自分が寄って立っている社会を知らないで、開発途上国の文化をやりたいとか、フランス社会だからこそ到達した契約結婚を日本で実現したいと考えるのは、ただ自分の無知をさらけ出すにすぎなかった。筆者は教養学部教養学科の文化人類学分科ではなく、国際関係論分科に志望を変えた。理由は簡単、就職に直結する学科だからだった。「とにかく世に出よう。社会を知ろう」。
国際関係論分科の学科長だった衛藤瀋吉教授は学生を前にして「俺は、外交官試験を受けるためにこの学科を選んだ輩や、就職に有利だという効率的な考えの輩を軽蔑する」と言い放った。学生の中には、のちにインドネシアの専門家となる白石隆京大名誉教授や須田美矢子日銀元審議委員もいたが、二人とも当時は学問の道に進むと決めていたわけではなかった。私は心で反発した。大学で学問することだけがそんなに偉いのか、実社会を動かす世俗の人々に価値はないのか。ついでに衛藤教授が言った「デブはけしからん。自分の身体もコントロールできないような人間ということだ」には、ある程度賛同したが、後年、衛藤教授が亜細亜大学学長になったときに遠見で拝見した姿は大変な肥満体だった。人間は将来のことを予想できないのだとの教訓を得た。
当時、女性の採用実績のある省庁は5本の指までだったが、幸いに、厚生省に採用されて「社会を学び、社会のための仕事をする」職を得た。年金、老人福祉、精神衛生、健康保険、日米市場開放政策、児童福祉、社会福祉などテーマとしてはその都度未経験の分野をこなしてきた。その中で、国際関係論出身らしく、人事院長期在外研究員として、ミシガン大学大学院で行政学修士を取得する機会を得、また、ユニセフ・インド事務所に出向し、子供に対する開発援助の現場を踏んだ。さらには、中央省庁の経験を活かし山口県副知事に出向し、健康日本21や男女共同参画条例の仕事を託された。そのあとは政治に出ることになったが、社会を知りたいから始まり、社会政策の実務家として自負できるまでになった。
人事院の留学が決まったとき、どこの大学を選ぶか迷った。大蔵・通産の経済官僚は、みなハーバートを選んだ。そうでなくても官僚たちは東海岸のいわゆるアイビーリーグを選ぶのが普通だった。当時、社会局老人福祉課にいた私に、著名な老人福祉専門官である森幹夫さんが教えてくれたのは、世界で初めて1965年、長寿科学研究所を創立したのは中西部にあるミシガン大学であることだった。調べると、人口学、公衆衛生学、行政学に強い大学で、その行政学修士のコースをとり、修士論文を長寿科学研究所で書くことに決めた。修士論文の題は「アジア系移民の老後」である。留学後、人事課に提出したら、filial piety(親孝行)というキーワードの英語を初めて知ったと半ば揶揄されたのを覚えている。
ミシガン州は保守的な土壌であり、筆者が留学していた70年代に既にラストベルト、時代遅れの車産業圏の様相は始まっていた。ミシガン大学はアンナーバー市にあって、大学だけのためにできた街であり、広大なキャンパスと知識優先の住民からなる上品な街であった。しかし、一歩外に出ると近隣のユプシランティ市のように、自動車工場で働く労働者が、真っ黒に染まった手の汚れを握手で押し付けたり、異種の冗談が飛び交っていた。ディスコも多く、一晩中享楽に浸っている若者もいた。大学院生は、一定の成績を修めなければ、キックアウト(落第)させられるので、ネイティブに比べ英語力も不十分な筆者は必死で頑張るしかなかった。ここで学んだのは、プラグマティズムの社会政策である。ヒューロン川の上流と下流の汚染度研究、アズベスト公害、臓器移植の順位決定など、日本の環境経済学や病院経営学では概念的にしか学ばないことをアメリカならではの実践科学に心を奪われた。
官僚の留学が概ね東海岸のアイビーに偏っていたのに対し、今になって保守的なラストベルト地帯の中西部で学んだ少数派のメリットが出てきた。トランプがラストベルトの票を獲得して大統領になったからである。しかも、副大統領にラストベルト出身のJDヴァンスを選んだ。つまり、古き良きアメリカの復活には、保守土壌の中西部が蘇ることを掲げたのだ。トランプはこれまで政治を支配してきたディープステートである国務省、ペンタゴン、CIA、ウォールストリートが東海岸、ITは西海岸と強く対峙する。中西部の保守性が少数派になりつつある白人社会をどこまで持たせるかが今後数年の勝負だ。否、間違いなく、JDヴァンスが次期大統領として挑み続けるであろう。その意味で、中西部の、あの伝統志向、狂気を秘めて普通に生きる人間、長いものに巻かれる性向がアメリカ第一主義の旗となろう。社会政策の対象は、中産階級の下層に向けられ、それがアメリカの再興につながると信じさせられている。
国際視野も入れた社会政策の課題に筆者はより深くかかわっていきたい。







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