わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?

翻訳もののSF短編を主に,あらすじや感想など、気ままにぼちぼちと書き連ねています。

26モンキーズ、そして時の裂け目~キジ・ジョンスン①

2022-09-27 20:51:30 | 海外SF短編
 「この一団を手に入れて三年になる。エイミーはかつて、ソルトレイク・シティ空港の離発着機の空路下にある月極めの家具付きアパートメントで暮らしていた。うつろだった。何かに身体を噛まれて穴が空き、その穴が感染してしまったかのようだった。
 ユタ州特産市で猿の出し物があった。まったく彼女らしからぬことだったが、エイミーはふいにどうしても見たいと感じた。ショーが終わると、理由もわからぬままにオーナーに近づいてこう言った。「どうしてもこれを買わなければならないの」」


 エイミーは、連れ合いに捨てられ、仕事はクビになり、妹は癌に侵され、アパートに一人取り残され、何ともうまくいかない、喪失の日々になかば呆然としていたところ、26匹の猿のサーカス団に出会います。この団が欲しくなったエミリーの願いは、意外にも聞き入れられ、わずか1ドルの対価で、エミリーはオーナーとなり、各地の巡業の旅に出る毎日が始まります。

 サーカスの一番の呼び物は、ショーのラスト、猿が全員、舞台に吊るされた「バスタブ」の中に順次飛び込んでいき、最後に、年かさのリーダー格である「ゼブ」がダイブして、一声叫ぶと、猿たちが跡形も無く消え失せるというものです。

 数日のうちに、猿たちは、めいめいに、ツアーバスへと帰ってきますが、どこへ行って、どこから帰ってくるのか、エミリーにすらわかりません。

 この一行には、エミリーのパートナーとなる、ジェフという青年も加わり、奇妙な、愛すべきコミュニティがつくられますが、いつまでもという訳ではありません。
 「ゼブ」が寿命を全うして6週間後、どうしても、この団を欲しいという、うつろな表情をした人がやってきます。


 この物語は、とりわけ心が疲れている人に、心から染み入る、癒しの話であると思います。
 孤独で、自分の境遇に諦観すら持っている人には、むやみな激励やお金の施しでは、その喪失感を埋めることはできないでしょう。
 エミリーは、猿たちやジェフと、ゆるく、頃合いのつながりを持つことで、安らかに、ほっと満たされた、愛しい日々を送ることができるようになります。

 ただ、猿たちがどこに行くのかの秘密は共有することはできません。
 その「距離感」が、エミリーのもどかしさであり、読者にも、「しこり」として残しておいたうえで、物語のラストで、見事に氷解させます。

 私は、ハッピーエンドよりもビターな味わいが好みなのですが、さりげなく、幸せを広げる、この物語の世界観は、押しつけがましさもなく、すっと入ってきました。ここらへんは、作者の冴えた技なのだと思います。

 翻訳(三角和代氏)も、飄々とした感じを基調としながら、時折見える、切ない感情の起伏を、上手に表現されているように感じます。


 キジ・ジョンスンを始めて読んだのは、「スパー」で、SFマガジンに「孤船」のタイトルで、別訳者で掲載されていました。漂流する救命艇の狭小の空間に、女性飛行士が異星人と閉じ込められ、全くコミュニケーションのとれないままに、ひたすら交接が繰り返されるという、何とも嫌な設定で、居心地の実に悪い、挑戦的な作品で、その時の強烈な印象が残り、このような作風の作家かなと思っていました。

 しかし、短篇集「霧に橋を架ける」では、「スパー」は例外的な作品であり、この猿のサーカス団の物語や「蜜蜂の川の流れる先で」のような、動物との交流や絆をベースとした心温まる話や、吊橋の建設にまつわって、工学的リアル感のある設定で、「ギルド」的な異星社会における、誇りある「渡し舟」の伝統的役割が消えゆく様を、魅力的な人物を配置しながら骨太に語る、大河ドラマ的タイトルナンバーなどがそろっています。
 それぞれにイメージ喚起力の高い、読みがいのある好短篇集となっています。

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