わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?

翻訳もののSF短編を主に,あらすじや感想など、気ままにぼちぼちと書き連ねています。

雪~ジョン・クロウリー

2022-06-07 23:04:12 | 海外SF短編
「それまでに、少なくとも八千時間分のジョージーを伝達済みだった。彼女の一日一日、一時間一時間、出かけたり帰ってきたりする姿、言葉や動き、生きた彼女そのもの—そのすべてが、ほとんど場所も取らずに「パーク」にファイルされている。やがて時が来たら、「パーク」に行けばいいのだ。たとえば日曜の午後、(「パーク」の売り口上によれば)静寂に包まれ、美しく造園された環境で、彼女専用の個人安息室を訪れる。そして、最先端の情報保存と検索システムの奇跡を通して、一人きりで彼女にアクセスできるのだ。生きている彼女に、どこから見ても生前の彼女そのものの姿にアクセスする。いつまでも変わりも老いもせず、(「パーク」のパンフレット曰く)永久に色あせぬ記憶よりなおいっそうみずみずしい姿に。」

 ジョージーの、亡き資産家の前夫は、大枚をはたいて、「パーク」の運営会社と契約し、「ワスプ」と言われる、ハチのような小型映像機によって、ジョージーの姿を8千時間にわたり記録することとしていました。夫は、先に死んでしまったため、ジョージーは多額の相続により、思いのままの暮らしをしていましたが、主人公の私は、いわば「ヒモ」のようにジョージーと結婚してともに過ごすこととなり、「ワスプ」は稼働時間の限り、その記録を続けます。ジョージーは不慮の事故によりこの世を去りますが、その死後しばらくして、「私」は、「パーク」を訪れ、ジョージーの記録にアクセスしますが・・・。

 ふとした瞬間に鮮やかに蘇る「記憶」のかけがえのない価値を、「記録」と対比させながら、実に技巧的に描く名編だと思います。
 とりわけ「記録」の扱い方がうまい。現在の技術的には、いかがなものかということは別として、「ワスプ」により記録保存された映像データは、時間や場所が「ランダム」であり、「検索」することができなくなっていること(アクセスしたその場面に再びアクセスできる確率は、その場面の数分/8千時間 ということで、これは極めて低い。)と、鮮明度が徐々に劣化していくこととされているため、「記録」としての強固さが、かなり曖昧化されることで、「記憶」に寄っていくような設定としています。

 この鮮明度の劣化は、物理的なものだけでなく、「死者」についての記録であるという不活性さによって、生気ある場面よりも、暗鬱な雰囲気の場面へのアクセスに偏っていくという、感覚的なものとしていることもいいですね。

 「記録」は、閉ざされた「死者」の世界であり、ほとんどの記録は、雪のように静かに堆積していくものとも解釈しました。
 だからこそ、時折に、きらめく「記憶」は、せつなくまばゆいものであり、永久に色あせぬ「記録」よりなおいっそうのみずみずしさを感じさせるものなのでょう。
 
 端正で、美しい作品です。年齢を重ね、人との別れを経験すると、より、心に響くことでしょう。


 


コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ジャガンナート―世界の主~カ... | トップ | 変革のとき~ジョアンナ・ラス »

コメントを投稿

海外SF短編」カテゴリの最新記事