「まだ幼かったころ、あの、いつ果てるともしれずつづいた<警報>の日々のことを、わたしはぼんやりとながら憶えている。母もまた、家の中に囚われたわたしの仲間だった。幼な心に理由もわからぬながら、邪悪な恐怖の奔流となって降りしきった雨。毒という毒と放射能が、あらゆるものの上に、目に見えぬきらめきを放ちながら積もりつづけ、空にもまたいつのまにか蓄積していたそれらを豪雨が一気にあらいながしてよこすのだった。」
町に警報が鳴り響き、放射能やあらゆる毒素を含んだ鉛色の雨が降り注いでくる危険を知らせます。
人々は,戸外に出るのを可能な限り避け、放射能を遮蔽し、ダメージの蓄積から逃れる暮らしを余儀なくされています。
それでも,放射能の影響を完全に防ぐことはできず、癌による早死は,避けがたいことと受け止められています。
一方、町には,「センター」と呼ばれるドームで蔽われた地域があります。
厳重な放射能管理をされ,死の雨の降ることのない「センター」には、いわゆる特権階級の人々が住んでいます。
主人公の娘の母は,年頃になった美貌の娘を,センターに住む青年に娶せようとします。
母の明日の命も知れぬ状況では,残された兄弟たちが路頭に迷わないためにも,この娘が「玉の輿」にのるかどうかが,現実として,重要な問題なのです。
なんかもう、封建時代の再来かというような、娘を高く売りつけようとする、非道で非情な話のフレームなのですが、生き延び、少しでもましな暮らしをつかむためには、このようなことでもせざるをえない、やるせなさとあきらめ、核戦争を起こした人々の愚かさとその影響を現実に受けている理不尽さへの怒りをベースに、この母娘のリアルな、緊張感のある生き様を通じて、迫力あるドラマが展開されます。
娘が、母親から託された使命をしっかりと認識し、一気に大人びて行動していくところも細かく表現されていますが、「美貌」が最も重要であるとされる価値観が、露骨に読者に投げ出されます。相手となる青年の、のほほんさが、余計に、いわゆる「きれいごと」を粉砕してしまっているような感もあります。
この時代から、子どもを守るために、シビアに、容赦なく生きてきた母。
しかし、物語のラストでの、娘の,母に関する回想シーンが,母の本当の姿を垣間見せます。
激しい雨の中に取り残された,どこかの幼い娘を救いに,衝動的に飛び出す母。
絶望的な怒りと悲しみを見事に表すこのシーンはすばらしい。
原題は「Crying in the Rain」。
「雨にうたれて」とは,感情を抑えた,いい邦題だとおもいます。
訳文も違和感なく、練達のものと思います。名品です。
イギリスSF短編アンソロジー「アザー・エデン」(ハヤカワ文庫SF)に収録。
町に警報が鳴り響き、放射能やあらゆる毒素を含んだ鉛色の雨が降り注いでくる危険を知らせます。
人々は,戸外に出るのを可能な限り避け、放射能を遮蔽し、ダメージの蓄積から逃れる暮らしを余儀なくされています。
それでも,放射能の影響を完全に防ぐことはできず、癌による早死は,避けがたいことと受け止められています。
一方、町には,「センター」と呼ばれるドームで蔽われた地域があります。
厳重な放射能管理をされ,死の雨の降ることのない「センター」には、いわゆる特権階級の人々が住んでいます。
主人公の娘の母は,年頃になった美貌の娘を,センターに住む青年に娶せようとします。
母の明日の命も知れぬ状況では,残された兄弟たちが路頭に迷わないためにも,この娘が「玉の輿」にのるかどうかが,現実として,重要な問題なのです。
なんかもう、封建時代の再来かというような、娘を高く売りつけようとする、非道で非情な話のフレームなのですが、生き延び、少しでもましな暮らしをつかむためには、このようなことでもせざるをえない、やるせなさとあきらめ、核戦争を起こした人々の愚かさとその影響を現実に受けている理不尽さへの怒りをベースに、この母娘のリアルな、緊張感のある生き様を通じて、迫力あるドラマが展開されます。
娘が、母親から託された使命をしっかりと認識し、一気に大人びて行動していくところも細かく表現されていますが、「美貌」が最も重要であるとされる価値観が、露骨に読者に投げ出されます。相手となる青年の、のほほんさが、余計に、いわゆる「きれいごと」を粉砕してしまっているような感もあります。
この時代から、子どもを守るために、シビアに、容赦なく生きてきた母。
しかし、物語のラストでの、娘の,母に関する回想シーンが,母の本当の姿を垣間見せます。
激しい雨の中に取り残された,どこかの幼い娘を救いに,衝動的に飛び出す母。
絶望的な怒りと悲しみを見事に表すこのシーンはすばらしい。
原題は「Crying in the Rain」。
「雨にうたれて」とは,感情を抑えた,いい邦題だとおもいます。
訳文も違和感なく、練達のものと思います。名品です。
イギリスSF短編アンソロジー「アザー・エデン」(ハヤカワ文庫SF)に収録。
結末の情景、放射能の雨の中で母親が走ってゆくシーンは映画的、というか視覚的なインパクトがあって、記憶に残っています。
感動を押しつけるようなあざとさが、全然感じられないのも好印象です。そういう意味で邦題もよくできていますね。
しばしブログを更新しておりませんでしたので,遅くなりましてすみません。
押し付けがましさがないというところは,フェミニズム的部分に対してもそうだと思います。
その点で,リサ・タトルの「きず」もよい作品なのですが,やや鼻につく感じがするのですが。