わしには,センス・オブ・ワンダーがないのか?

翻訳もののSF短編を主に,あらすじや感想など、気ままにぼちぼちと書き連ねています。

時間飛行士へのささやかな贈物~フィリップ・K・ディック⑧

2022-06-30 23:04:24 | フィリップ・K・ディック
 「アディスン・ダグは、プラスチックのまがいアカスギの小枝を滑りどめにはめこんだ長い小道を、大儀そうにとぼとぼと登っていた。やや首をうなだれ、肉体の激しい苦痛に耐えているかのような足どりだった。ひとりの若い娘がそれを見まもっていた。彼女はとんでいって彼を支えてやりたかった。あまりにも疲れきったみじめなようすに胸が痛んだが、それと同時に、彼が生きてそこにいるという事実で心がはずみもした。一歩一歩と彼は近づいてくる。顔を上げようともせず、勘だけで歩いているように・・・まるでいままでにも何度かここにきたことがあるみたい、とだしぬけに彼女は思った。ばかに道順にくわしいなあ。なぜかしら?」

 時間飛行から帰還する際の事故にあってしまった、ダグたち3人の「時間飛行士」たち。
 既に死んでいるはずにもかかかわらず、いったんは未来へと到達したことから、「過去」となる事故日から、帰還の途に就いた「未来」の日まで、死んでいるけれど生きているように見える、非現実的な存在となってしまっているのです。
 米ソの競争の中で、この悲惨な事故を、ドラマチックに美談化することで、大衆の関心を逸らして、時間飛行を推進しようとするため、政府当局は、時間飛行士たちの盛大な「告別式」に、彼ら自身が出席するという演出を図ります。
 一方で、ダグは、このような一連の展開が、繰り返されているのではないか、「時間の輪」に閉じ込められてしまっているのではないかとの疑念を有し、もうこれで本当の終わりにしたいとの思いにかられるようになります。

 もっともらしい時間理論により、実に不安を募らせるような状況設定を作り出しています。たとえ、状況に応じて、様々に分岐していく「多世界」があったとしても、この物語の世界は、袋小路に陥る、最も救いのない世界かもしれません。
 ダグの徒労感と虚無感は、本当に気の毒です。そんな彼を救おうとする、恋人のメリールウの気持ちもよく理解できます。

 でも、その結果は、彼らだけの問題ではなく、すべての人の未来を限定することにもなりかねないものです。

 「A LITTLE SOMETHING FOR US TEMPNAUTS」

 邦題は、「時間飛行士へのささやかな贈物」ですが、原題を見ると、「FOR US」ということで、時間飛行士から私たちへの贈物であり、切れ味鋭いラストにぴったりと収斂しています。

 ディック、屈指の作品の一つです。
 


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