7月2日から本格的に「第105回夏の甲子園 地方大会」が始まる
⇒
熱帯擾乱状態の影響で 湿舌を含む小笠原気団が活発化、
豪雨災害をもたらしながら梅雨前線を押し上げ、沖縄・奄美地方の梅雨が明けた・・
その前線の北上により 昨日の朝早くに ここ東海地方に最前線がやって来た
梅雨の中休み も終わり、これから約3週間 ムシムシ、ジメジメ、集中豪雨 の梅雨後半に突入した
例年の梅雨明けは 7月20前後だが・・

散歩途中、北西の空では雷雨の様子が見えた..
グングンと近づいてくる こういうのは、大好きなので しばし見とれていたのだが・・
落雷を撮ろうかな・・と思ったが・・強烈な雨になりそうだったので・・傘では無理と判断、
。。即 退散
昔の人は・・天気が安定するまで時がかかる事を知っていた・・諺に「 雷三日」・・感性が強い
三、七・・覚えやすい数字にすることもあるが

2023年も後半に突入寸前、「どうする家康」も上半期の総決算、クラスマックスを迎える ので
先日、買い物ついでに・・また歩いてきた 今月の歩数は 桁違いに多そうだ
家康の正室.瀬名が浜松市の佐鳴湖近くで殺害、信康も二俣城で切腹・・
いわゆる【築山殿・信康事件】の発覚だ
佐鳴湖、二俣城・・共に歩いて行くには遠いので、岡崎市内を巡るだけにした
「どうする家康」の話は、岡崎から浜松、駿府へ と離れていくことになるので・・
これが最後 ?
正室 瀬名が なぜ「築山御前」なのか を中心に・・と言いたいが それでは 2行で終わってしまうので
枝葉に サルオガセ をぶら下げて

岡崎天満宮の由緒として伝わる伝説に、
後鳥羽天皇の子で順徳天皇の時代、後に承久の乱を引き起こし破れて佐渡に流された人物、後鳥羽上皇は隠岐に
宮中に、夜な夜な光る野狐がいて皇女を祟っていました。
これを弓の名手が射殺して遺骸を三河菅生郷(現在の岡崎市中心部)に送り、
埋葬した地に 日本全国の名山から土を集めて山を築き(築山)、稲荷社を祀って祟りを鎮めたと
この狐を射殺した弓の弦を祀ったのが、岡崎天満宮のいわれですが、
このときに狐を埋葬した地が当時の築山稲荷であり、周囲は「築山」と呼ばれました。
のちに築山稲荷の隣に、この件の皇女が尼となり開山したのが総持尼寺と言われています・・が、
総持尼寺の事実上の創建は高氏のものでしょう。という伝説があります
以上がほぼコピベ・・copy and paste での説明
一応、家からコムタウンまで
。。歩いてきているのだが、出発点は名鉄東岡崎駅・・と言う事で
駅から北に進み、乙川手前で左折、歩行者専用の板張りの「桜城橋」で乙川を渡る

これは片側
中央分離帯の中を歩く 中央緑道 の入り口 誰の石像だったか・・
さすが石工の町、岡崎・・彫刻物がゴロゴロと?・・散見される

国道1号線を渡り北進、右手にNTT西日本岡崎ビル、岡崎康生郵便局が現れる
築山、築山稲荷は郵便局付近に、総持尼寺はNTT西日本岡崎ビル付近に在ったとの事
大正時代、ここに郵便局を立てるため、移転を計画すると、御多分に漏れず 大反対が起きたが、結局移転
第二次世界大戦の岡崎空襲で、ここが焼けた
総門通りを渡り 振り返った景色・・

総門通り・・旧東海道で、東の籠田総門、西側の松葉総門と・・番所も併設されていた通りだ
旧東海道はここ築山で北の籠田公園方面に曲がっていた
岡崎城下ということもあり 道が非常に入り組んでいて、岡崎二十七曲りと称されている
なぜ「築山御前」、「築山殿」なのか
瀬名御前は、この由緒ある尼寺の地に居を構えていたので 「築山御前」、「築山殿」と呼ばれていたらしい
旧東海道のすぐそば、岡崎城の大手門まで 1kmもない
<破滅への道>
・岡崎の信康派家臣が、武田勢を岡崎城に引き入れて
信康を擁する新徳川家の樹立しようとした「大岡弥四郎事件」が発生、岡崎家臣団に謀反の疑いが・・
・信康と徳姫の間に生まれたのは女2人、男子欲しさに、瀬名が側室を持たせようとして徳姫と不仲になったとか
織田信長が瀬名の父の仇なので、徳姫をいじめた・・とか
・瀬名が家臣の深溝松平家忠 (この前アジサイを観に行った本光寺は彼の墓所) に手紙を書いたり 信康が行っている
瀬名に謀反の疑いが濃くなって来た・・これらが要因の一つだとも言われているが
そこに間者・千代が連れて来た医者の減敬が瀬名の傍に・・家康夫婦の仲も完全に冷え切ってしまった
家康も、側室お愛に男子秀忠、西郡局に督姫が生まれ・・わずか5歳前後の跡継ぎも 相続体制も出来ている
それだけに 、勝手に動きまわる今川家の血筋は 相当疎ましく感じたのかも知れない
『家忠日記』では「信康御母さま」であることなどから、今川との手切れにあたり すでに離縁されてたとも
家康が、信康は日頃から家康の命令に背き、信長をも軽んじ、家臣以下に非道なことを行っていて
信康の廃嫡・処断について、徳姫の父信長に事前に報告したとも
瀬名は 二俣城に護送中・・8月29日に佐鳴湖畔で 惨殺、信康も・・9月15日に幽閉先の二俣城で 切腹

1579年(天正7年)の事・・瀬名は上弦の月が見れたのかな? 家康は泣いたのかな? 安堵したのかもな
あとは蛇足だ
総門通りを数十歩 東に歩くと・・
戦火を免れた ルネサンス様式の 岡崎信用金庫資料館 (旧岡崎銀行本店:国の有形文化財) がある

日本のお金の歴史・紙幣の製造工程・偽造防止技術などを紹介している
北側の伝馬通りを横断、石屋町通りをしばらく東へ進むと門前通りと交差する
細い門前通りを北に進むと・・隨念寺がある

家康が最も尊敬した祖父松平清康と清康の妹で家康を養育した久姫の菩提を弔うために建立した
横からも行けるが、ここはやはり正門から入るのが常道、なぜなら美しい佇まいだから
東に足を進めると、三河別院にブチ当たる・・その山側・北東に 岡崎天満宮が有る
丁度「茅の輪くぐり」の神事・が行われていた

「祓へ給ひ 清め給へ 守り給ひ 幸へ給へ」と唱えながら左回り、右回りしながら 輪をくぐる
と 右の立て札に書いてある と思う・・
天満宮なので 梅の季節には 近くの岩津天満宮には及ばないが 枝垂れ梅 などが咲く

東にある甲山中学の南側の道を進むと。。小呂通りの左手前に 移築された築山稲荷大明神

総持尼寺が在る

元に在った時と同様に、セットで移築されている

三河別院の南の石工町通りまで戻り、まっすぐ西に進むと旧東海道 楽市(現在の二七市)が開かれた通りにたどり着く
太陽緑道という名の中央分離帯のある道を80mくらい南に行くと
徳王稲荷金刀比羅社がある 創建は1215年頃とのこと

昔は長藤で有名だったようだが、空襲以降 あまり伸びないらしい
まっすぐに南下すると・・岡崎市役所・・築山御前の首塚の傍を通り過ぎ、国道1号線を渡り
乙川北岸を西に進むと、土手の右下に 満性寺がある 東岡崎駅から明代橋を渡って右側だ

三河一向一揆の時、家康側についていた寺院で、
僧兵が薙刀を持って家康を岡崎城まで警護していった・・と言う話がある
春は、枝垂れ桜が 咲く

市役所南の国道1号線から岡崎天満宮までの直線距離は 610m
国道1号線の標高は19m、旧東海道は26m、岡崎天満宮は45m・・
河岸段丘ではないが・・雨が降れば川のように道路を流れ下る
私ん家は・・13m
海面が15m上昇すれば・・岡崎の地名通りになる
------
さて 夏競馬の初日の
土曜競馬 の検討
函館3R未勝利戦に元POG馬ポルトロッソが出走
人気もない筈だし、ブッ叩いて逃げてもらって・・⑨ポルトロッソ1着軸馬単勝負で
⑩ミヤビブレイブ、⑪ヨシノクラウン、⑥スコプルス、④ガルヴァニック へ
函館10R「洞爺湖特別」に元POG馬ロンギングエースの弟スカイフォールが出走
少頭数と言えど さほど実力差はなさそうだが・・上手く買えないが
三連単フォーメーションで
1着候補①エグランタイン
2~3着候補⑤スカイフォール、⑧マイネルクリソーラ、⑨アップストローク、④インザオベーション
3着候補(⑦レイトカンセイオー)
福島8R1勝クラスに元POG馬コリエンテスが出走
10ヶ月の休養明けも 調教は普通だし 来ては欲しいが・・他にも休み明けが多く・・
⑧ホウオウドラッカー、⑪ニシノファンフェアの2頭軸三連複の押さえで、①コリエンテスの他に
⑥フリッパー、⑬マスグラバイト、②ゴールドバランサー、⑮ショウナンライシン 辺りへ
中京4R未勝利戦にラヴズオンリーユーの弟バトルハーデンが出走
血統的にはピカイチ、人気をしそうだが・・⑥バトルハーデン1着軸馬単で 相手は全く分からない
⑰ルクスビッグスター、⑮ハートフルアース、①イーヴイ、④メイショウオオミネ、⑤カルンウェナン へ
中京9R「御在所特別」に Pick-up していたドナウブルーの仔ドナウパールが出走
ここはスマートファントムのジリ脚に近い切れ味で届くかどうか・・だか
➁ドナウパール、⑦スマートファントム、⑥ウィズユアドリーム 3頭の三連単Boxで
⑧サトノマジェスタ、➂マイネルカーライルには引っ込んでてもらおう
中京11R「白川郷S」に元POG馬ボージェストの仔ボーデン、Pick-up していたヴィルヘルムが出走
自己主張の強い面々が揃って面白いのだが・・判らない・・一応 三連単フォーメーションで
1着候補⑤クルゼイロドスル
2~3着候補①アスクコンナモンダ、④アサヒ、➂ベルクレスタ
3着候補⑧ヴィルヘルム、⑩ボーデン
としたが
①アスクコンナモンダ、➂ベルクレスタ2頭軸3着流しの方がイイかも
なかなか絞り込めないレースが多く、組み合わせ数を増やした方が良いのかも知れないが
夏競馬は、投資金額を減らしての参加
無理は出来ないし
夏初戦、どうなる事やら
開幕は ブラバンではなく オーケストラで ![]() バックグランド曲としては・・うるさ過ぎるかな |
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熱帯擾乱状態の影響で 湿舌を含む小笠原気団が活発化、
豪雨災害をもたらしながら梅雨前線を押し上げ、沖縄・奄美地方の梅雨が明けた・・
その前線の北上により 昨日の朝早くに ここ東海地方に最前線がやって来た
梅雨の中休み も終わり、これから約3週間 ムシムシ、ジメジメ、集中豪雨 の梅雨後半に突入した
例年の梅雨明けは 7月20前後だが・・

散歩途中、北西の空では雷雨の様子が見えた..
グングンと近づいてくる こういうのは、大好きなので しばし見とれていたのだが・・

落雷を撮ろうかな・・と思ったが・・強烈な雨になりそうだったので・・傘では無理と判断、
。。即 退散 昔の人は・・天気が安定するまで時がかかる事を知っていた・・諺に「 雷三日」・・感性が強い
三、七・・覚えやすい数字にすることもあるが

2023年も後半に突入寸前、「どうする家康」も上半期の総決算、クラスマックスを迎える ので
先日、買い物ついでに・・また歩いてきた 今月の歩数は 桁違いに多そうだ

家康の正室.瀬名が浜松市の佐鳴湖近くで殺害、信康も二俣城で切腹・・
いわゆる【築山殿・信康事件】の発覚だ
佐鳴湖、二俣城・・共に歩いて行くには遠いので、岡崎市内を巡るだけにした
「どうする家康」の話は、岡崎から浜松、駿府へ と離れていくことになるので・・
これが最後 ?
正室 瀬名が なぜ「築山御前」なのか を中心に・・と言いたいが それでは 2行で終わってしまうので
枝葉に サルオガセ をぶら下げて


岡崎天満宮の由緒として伝わる伝説に、
後鳥羽天皇の子で順徳天皇の時代、後に承久の乱を引き起こし破れて佐渡に流された人物、後鳥羽上皇は隠岐に
宮中に、夜な夜な光る野狐がいて皇女を祟っていました。
これを弓の名手が射殺して遺骸を三河菅生郷(現在の岡崎市中心部)に送り、
埋葬した地に 日本全国の名山から土を集めて山を築き(築山)、稲荷社を祀って祟りを鎮めたと
この狐を射殺した弓の弦を祀ったのが、岡崎天満宮のいわれですが、
このときに狐を埋葬した地が当時の築山稲荷であり、周囲は「築山」と呼ばれました。
のちに築山稲荷の隣に、この件の皇女が尼となり開山したのが総持尼寺と言われています・・が、
総持尼寺の事実上の創建は高氏のものでしょう。という伝説があります
以上がほぼコピベ・・copy and paste での説明
一応、家からコムタウンまで
。。歩いてきているのだが、出発点は名鉄東岡崎駅・・と言う事で駅から北に進み、乙川手前で左折、歩行者専用の板張りの「桜城橋」で乙川を渡る

これは片側
中央分離帯の中を歩く 中央緑道 の入り口 誰の石像だったか・・
さすが石工の町、岡崎・・彫刻物がゴロゴロと?・・散見される

国道1号線を渡り北進、右手にNTT西日本岡崎ビル、岡崎康生郵便局が現れる
築山、築山稲荷は郵便局付近に、総持尼寺はNTT西日本岡崎ビル付近に在ったとの事
大正時代、ここに郵便局を立てるため、移転を計画すると、御多分に漏れず 大反対が起きたが、結局移転
第二次世界大戦の岡崎空襲で、ここが焼けた
総門通りを渡り 振り返った景色・・

総門通り・・旧東海道で、東の籠田総門、西側の松葉総門と・・番所も併設されていた通りだ
旧東海道はここ築山で北の籠田公園方面に曲がっていた
岡崎城下ということもあり 道が非常に入り組んでいて、岡崎二十七曲りと称されている
なぜ「築山御前」、「築山殿」なのか
瀬名御前は、この由緒ある尼寺の地に居を構えていたので 「築山御前」、「築山殿」と呼ばれていたらしい
旧東海道のすぐそば、岡崎城の大手門まで 1kmもない
<破滅への道>
・岡崎の信康派家臣が、武田勢を岡崎城に引き入れて
信康を擁する新徳川家の樹立しようとした「大岡弥四郎事件」が発生、岡崎家臣団に謀反の疑いが・・
・信康と徳姫の間に生まれたのは女2人、男子欲しさに、瀬名が側室を持たせようとして徳姫と不仲になったとか
織田信長が瀬名の父の仇なので、徳姫をいじめた・・とか
・瀬名が家臣の深溝松平家忠 (この前アジサイを観に行った本光寺は彼の墓所) に手紙を書いたり 信康が行っている
瀬名に謀反の疑いが濃くなって来た・・これらが要因の一つだとも言われているが
そこに間者・千代が連れて来た医者の減敬が瀬名の傍に・・家康夫婦の仲も完全に冷え切ってしまった
家康も、側室お愛に男子秀忠、西郡局に督姫が生まれ・・わずか5歳前後の跡継ぎも 相続体制も出来ている
それだけに 、勝手に動きまわる今川家の血筋は 相当疎ましく感じたのかも知れない
『家忠日記』では「信康御母さま」であることなどから、今川との手切れにあたり すでに離縁されてたとも
家康が、信康は日頃から家康の命令に背き、信長をも軽んじ、家臣以下に非道なことを行っていて
信康の廃嫡・処断について、徳姫の父信長に事前に報告したとも
瀬名は 二俣城に護送中・・8月29日に佐鳴湖畔で 惨殺、信康も・・9月15日に幽閉先の二俣城で 切腹

1579年(天正7年)の事・・瀬名は上弦の月が見れたのかな? 家康は泣いたのかな? 安堵したのかもな
あとは蛇足だ

総門通りを数十歩 東に歩くと・・
戦火を免れた ルネサンス様式の 岡崎信用金庫資料館 (旧岡崎銀行本店:国の有形文化財) がある

日本のお金の歴史・紙幣の製造工程・偽造防止技術などを紹介している
北側の伝馬通りを横断、石屋町通りをしばらく東へ進むと門前通りと交差する
細い門前通りを北に進むと・・隨念寺がある

家康が最も尊敬した祖父松平清康と清康の妹で家康を養育した久姫の菩提を弔うために建立した
横からも行けるが、ここはやはり正門から入るのが常道、なぜなら美しい佇まいだから
東に足を進めると、三河別院にブチ当たる・・その山側・北東に 岡崎天満宮が有る
丁度「茅の輪くぐり」の神事・が行われていた

「祓へ給ひ 清め給へ 守り給ひ 幸へ給へ」と唱えながら左回り、右回りしながら 輪をくぐる
と 右の立て札に書いてある と思う・・
天満宮なので 梅の季節には 近くの岩津天満宮には及ばないが 枝垂れ梅 などが咲く

東にある甲山中学の南側の道を進むと。。小呂通りの左手前に 移築された築山稲荷大明神

総持尼寺が在る

元に在った時と同様に、セットで移築されている

三河別院の南の石工町通りまで戻り、まっすぐ西に進むと旧東海道 楽市(現在の二七市)が開かれた通りにたどり着く
太陽緑道という名の中央分離帯のある道を80mくらい南に行くと
徳王稲荷金刀比羅社がある 創建は1215年頃とのこと

昔は長藤で有名だったようだが、空襲以降 あまり伸びないらしい
まっすぐに南下すると・・岡崎市役所・・築山御前の首塚の傍を通り過ぎ、国道1号線を渡り
乙川北岸を西に進むと、土手の右下に 満性寺がある 東岡崎駅から明代橋を渡って右側だ

三河一向一揆の時、家康側についていた寺院で、
僧兵が薙刀を持って家康を岡崎城まで警護していった・・と言う話がある
春は、枝垂れ桜が 咲く

市役所南の国道1号線から岡崎天満宮までの直線距離は 610m
国道1号線の標高は19m、旧東海道は26m、岡崎天満宮は45m・・
河岸段丘ではないが・・雨が降れば川のように道路を流れ下る
私ん家は・・13m
海面が15m上昇すれば・・岡崎の地名通りになる
------
さて 夏競馬の初日の
土曜競馬 の検討函館3R未勝利戦に元POG馬ポルトロッソが出走
人気もない筈だし、ブッ叩いて逃げてもらって・・⑨ポルトロッソ1着軸馬単勝負で
⑩ミヤビブレイブ、⑪ヨシノクラウン、⑥スコプルス、④ガルヴァニック へ
函館10R「洞爺湖特別」に元POG馬ロンギングエースの弟スカイフォールが出走
少頭数と言えど さほど実力差はなさそうだが・・上手く買えないが
三連単フォーメーションで
1着候補①エグランタイン
2~3着候補⑤スカイフォール、⑧マイネルクリソーラ、⑨アップストローク、④インザオベーション
3着候補(⑦レイトカンセイオー)
福島8R1勝クラスに元POG馬コリエンテスが出走
10ヶ月の休養明けも 調教は普通だし 来ては欲しいが・・他にも休み明けが多く・・
⑧ホウオウドラッカー、⑪ニシノファンフェアの2頭軸三連複の押さえで、①コリエンテスの他に
⑥フリッパー、⑬マスグラバイト、②ゴールドバランサー、⑮ショウナンライシン 辺りへ
中京4R未勝利戦にラヴズオンリーユーの弟バトルハーデンが出走
血統的にはピカイチ、人気をしそうだが・・⑥バトルハーデン1着軸馬単で 相手は全く分からない
⑰ルクスビッグスター、⑮ハートフルアース、①イーヴイ、④メイショウオオミネ、⑤カルンウェナン へ
中京9R「御在所特別」に Pick-up していたドナウブルーの仔ドナウパールが出走
ここはスマートファントムのジリ脚に近い切れ味で届くかどうか・・だか
➁ドナウパール、⑦スマートファントム、⑥ウィズユアドリーム 3頭の三連単Boxで
⑧サトノマジェスタ、➂マイネルカーライルには引っ込んでてもらおう
中京11R「白川郷S」に元POG馬ボージェストの仔ボーデン、Pick-up していたヴィルヘルムが出走
自己主張の強い面々が揃って面白いのだが・・判らない・・一応 三連単フォーメーションで
1着候補⑤クルゼイロドスル
2~3着候補①アスクコンナモンダ、④アサヒ、➂ベルクレスタ
3着候補⑧ヴィルヘルム、⑩ボーデン
としたが
①アスクコンナモンダ、➂ベルクレスタ2頭軸3着流しの方がイイかも
なかなか絞り込めないレースが多く、組み合わせ数を増やした方が良いのかも知れないが
夏競馬は、投資金額を減らしての参加
無理は出来ないし
夏初戦、どうなる事やら


開幕は ブラバンではなく オーケストラで 





阪神5R新馬戦に Pick-up していたショウナンハウルが3番人気で出走


阪神11R「第64回宝塚記念」に Pick-up していたドゥラエレーデが6番人気で出走








阪神1R未勝利戦に Pick-up していたショウナンマントルが2番人気で出走











とよく言われた


















































土曜競馬 の結果





















日曜競馬 の結果















予報の三河地方

























いやいや、苺狩りの季節だから らしい















露払いの 土曜競馬 の結果























