引き続き秋田県北部の温泉を巡ります。今回取り上げるのは大館市郊外にある温泉浴場「長瀞温泉」です。長瀞と聞くと、私のような関東の人間は埼玉県秩父の荒川上流にある景勝地を連想しますが、この温泉は秩父と全く関係がありません。でも首都圏の意外なところと謎の結びつきがあるみたいです。詳しくは後ほど。
この温泉は小さな集落の端っこに位置しており、周囲には山林が広がっています。そしてすぐ裏を奥羽本線の線路が東西に横切っており、私が駐車場に車をとめると、EF510形機関車「レッドサンダー」牽引のコンテナ貨物列車が青森方面へ向かって颯爽と走り去っていきました。
私は初めてこの温泉を訪れたのですが、館内へ足を踏み入れた刹那、まるで昭和から時が止まったかのような独特の雰囲気に、思わず息を呑んでしまいました。館内には使い古されてテロンテロンになっちゃった薄いグリーンのカーペットが敷かれており、その上に置かれている物品や、壁・天井などに取り付けられている設備から、ことごとく昭和の香りが漂ってくるのです。
いや、実際に時計の針が止まっているのかもしれません。昔懐かしいパチンコ機などが設置されているほか、使えるのかどうかわからない綿あめ製造機、そして昭和40~50年代の商店街の軒先でよく見られたコインで動く電動遊具が3つも並んでいたのです。しかも現役なのですから驚くほかありません。私も幼い頃に赤羽(東京都北区)の商店街で乗って遊んだ記憶がありますが、ここ30年ほどで街頭からすっかり姿を消してしまい、もう二度と見られないものと思っていましたので、ここで再会するとは想像だにせず、懐かしさのあまり思わず童心に帰り、画像を撮ってからその姿を自分の手で撫でてしまいました。きっとこの温泉だけ時空の歪みにはまり込んでしまったに違いありません。いや、特殊相対性理論が現実社会で成立している稀有な例なのかもしれません。きっとアインシュタインもびっくりするはず。是非とも科学誌『ネイチャー』で発表していただきたいものです。
こちらの温泉は、料金がちょっと高い「赤外線風呂」と、安い料金設定の「パノラマ風呂」があり、料金先払いの番台でどちらか一方を選ばなくてはなりません。どちらがどうなっているのかわからなかったのですが、今回は安い「パノラマ風呂」を選ぶ事にしました。脱衣室へ至るまでにユニット式洗面台が設置されている喫煙室を通過するのですが、その洗面台の脇には男湯の前なのになぜかパーマ機が置かれていました。林家ぺーのような髪型の方が常連さんがいらっしゃるのでしょうか。
このパーマ機と対峙するような位置に、「温泉分析書」なるプレートが掲示されているのですが、この記載内容がちょっと不可解なのです。昭和56年のままの古いデータであり、しかもデータの数値がちっとも詳しくないのですが、その程度なら他の温泉でも見られますので驚くに値しません。私の頭を混乱させたのは、分析の申請者に関する記載です。そこには「東京都千代田区九段4丁目3番地 (株)湖池公爵」と書かれていたのでした。おそらくこの温泉の経営に関係する企業なのでしょうけど、(株)湖池公爵ってどんな会社なのでしょうか。そもそも、なぜ公爵? 伯爵とか男爵もあるのかな? なぜ東京の企業が大館の田舎にある温泉とどんな関係があるのかな。
この企業の所在地に関してさらに掘り下げますと、昭和41年の住居表示実施によって千代田区から九段4丁目という地名は消えていますので、昭和56年以降に製作されたと推測されるこのプレートに、消えた地名を会社の所在地として書くのは誤記と言わざるをえません。ちなみに昭和41年以前に九段4丁目の奇数番地だったところは現在の九段南4丁目に該当し、市ヶ谷駅から靖国通りを神保町方面へ向かった右側の一帯、山脇美術専門学院や麹町郵便局があるエリアに相当します。いまでも湖池公爵という会社は存在しているのでしょうか。
余談がすっかり長くなってしまいました。ごめんなさい。
さてようやく脱衣室へとたどり着いたわけですが、棚と腰掛けしかない至って質素で殺風景な室内の奥には、これまた普段はあまり見かけない謎のベッドらしきものが据え置かれていました。コインタイマーが付帯されているので、有料で一定時間だけ何らかの動きをするのでしょうけど、これってマッサージベッドなのでしょうか? この温泉は単にレトロであるばかりでなく、謎も多くため、一つ一つを突っ込んでいったら、頭がこんがらがって夜に寝られなくなってしまいそうです。
脱衣室内にはユニット式洗面台が1つ据え付けられており、コンセントが1つ使えるようになっていたのですが、もし貸しドライヤーを使う場合は100円有料となり(番台で貸し出し)、もし持参のドライヤーを使う場合でも20円を要するとのこと。
こちらが浴室の様子。大きな浴槽に広い窓が接しており、この横に長い窓がパノラマと名乗る所以なのでしょう。窓外には池や庭木が配され、周囲の山林を借景としているような庭の景色が展開されているのですが、景色自体は退屈であり、しかも窓ガラスは汚れていて、視界を邪魔する網戸も張られているため、この大きな窓を以ってパノラマと称するのは、ちょっと無理があるような気がします。
浴室内はそこそこ広く、ほとんどの部分がタイル張りになっています。洗い場にはシャワー付きカランが計13基設置されており、一つ一つの間隔が広いため、隣の客との干渉をあまり気にせず使うことができるかと思います。この洗い場の奥にはサウナらしき小室と水風呂があるのですが、サウナらしきその小部屋は施錠されているようでした。
パノラマの窓ガラス下に横長の浴槽が設けられており、温度や機能などによって3つに分割されています。3つの浴槽のうち、中央の浴槽は最も大きく、洗い場側に向かって緩やかな曲線を描きながら膨らんでいます。この中央槽には、顎まわりに白い析出をこびりつけているライオンの湯口からお湯が注がれており、いつまでも長湯したくなるようなぬるい湯加減がキープされていました。そして浴槽のお湯は縁の切り欠けから洗い場へ向かって溢れ出ていました。
一方、脱衣室側の小さな浴槽は泡風呂で、中央の浴槽よりもさらにぬるい温度となっていました。
一番奥の浴槽には石を貼り付けた山型の壁飾りが施されており、その下部にある湯口から50℃以上はあろうかと思われる熱いお湯が投入されていました。この浴槽でもお湯の溢れ出しが見られるのですが、投入量に対して明らかに溢れ出す量が少なく、私が湯船に全身を沈めてようやくしっかりと溢れるような状況でした。槽内の底部に怪しい穴を発見したのですが、循環などが行われているかは不明です。でもこの浴槽のお湯は間違いなく加温されているでしょう。
お湯は無色透明で湯の花や泡つきなどは見られません。ライオンがお湯を吐き出す中央のぬるい浴槽においては、弱い石膏感と微かなタマゴ感が得られましたが、加温されているであろう熱い浴槽ではこれといった特徴の無い没個性のお湯と化していました。味や匂いなどの面はあまり印象に残っていないのですが、お湯に浸かって肌を撫でてみますと、ツルスベの中にグリップが効き、しかも湯上がりにはしっかり温まるという、大館エリアで湧く温泉に共通してみられる硫酸塩泉としての浴感をきちんと有していることが体感できました。謎の多い施設ですが、お湯はれっきとした温泉なんですね。
もう一つの浴場である「赤外線風呂」はまだ利用しておりませんので、この温泉の全貌を語ることはできませんが、昭和レトロが好きな方や、夏にぬるいお湯に浸かってリラックスしたい方には相応しい施設だろうと思います。
長瀞天然温泉
ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩温泉 44.0℃ pH9.6 600L/min 蒸発残留物708mg/kg
他のデータは不明
(昭和56年1月8日)
秋田県大館市沼館字長瀞45-1 地図
0186-43-0345
6:00~21:30
パノラマ風呂(大浴場)310円、赤外線風呂460円
ロッカー(100円有料)・ドライヤー(100円有料貸出)あり
私の好み:★★
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