温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

秩父 明ヶ指のたまご水

2020年08月09日 | 東京都・埼玉県・千葉県
前回に引き続き埼玉県秩父を巡ります。
前回記事でも申し上げましたように、秩父には日本の温泉法で規定されているような温泉(湧出温度25℃以上)がほとんど無いのですが、冷鉱泉ならたくさんあり、しかも燻し銀の個性派が揃っています。冷鉱泉は古くから人々に活用されており、その代表的なものが「秩父七湯」と呼ばれていたことは前回記事でご紹介した通りです。秩父に湧く冷鉱泉の特徴には、アルカリ性・ヌルヌルした感触・硫黄感(タマゴのような風味)といったことが挙げられ、この3点すべてが揃っている鉱泉もあれば、ただ単に冷たいだけの鉱泉もあり、まさに十人十色といった様相です。拙ブログで取り上げたことのある「新木鉱泉」や前回取り上げた「千鹿谷鉱泉」は3点の特徴が揃った魅力的な鉱泉であり、むしろそれが事前にわかっていたからこそ私がわざわざ足を運んだのでした。

さてこうした秩父の鉱泉の多くは、以前から民用や商用で利用されたり、あるいは使われていたものの廃業により過去帳入りしてしまったりと、現状についても様々なのですが、現在でも山の中で使われることなく湧出し続ける鉱泉が存在しており、しかもその鉱泉は「たまご水」と呼ばれる硫黄風味の強いものらしいので、硫黄泉が大好きな私としては是非とも直接自分の五感で触れてみたく、実際に行ってみることにしました。


まずは秩父鉄道の電車(東急のお下がり)に乗って・・・


武州中川駅で下車。


目指す鉱泉は「明ヶ指(みょうがさす)のたまご水」という名前なんだとか。
駅前の観光案内図でその場所を確認していざ出発。国道140号線を西へ向かってテクテク歩き、安谷橋の手前で左折して踏切を渡り、昌福寺というお寺を目指します。


昌福寺付近で道が分岐します(上画像の地点)。熊出没注意、発砲注意など、物騒な看板を横目に、昼猶暗くジメジメした陰気な山道を進んでいきます。なおここから先は目立った分岐点は無いといって差し支えありません。道なりに歩いていけばよいでしょう。


鬱蒼とした針葉樹林の中を未舗装の林道が伸びています。車同士が行違うことのできる幅員が全くない離合不能な狭隘路で、脱輪したら谷へ落ちそうな危なっかしい道です。この道を自分の車で走ろうとは思いません。額から噴き出る汗を拭いながら、駅から歩いて正解だと確信しました。
途中で小さな石仏が一体鎮座していたものの、上記の分岐点を過ぎた後は辺りに人家が一切見られないため、この山道はてっきり山林管理用の林道なのかと思い込んでいたのですが・・


視界が開けたかと思うと、なんと沿道に民家が数軒建っているではありませんか。しかもその先には薬師堂まであるのです。


薬師堂の先にはキャンプ場の跡地が広がっていました。ということは、かつてはレジャー客もあの道を行き来していたのですね。

生活とは無縁な針葉樹林の管理用林道かと信じ込んでいた道の先には、このような集落が存在していたのです。ということは、私が歩いてきた未舗装の狭隘な一本道が、この集落に住む人々の生活を支えているわけですね。なぜこのような山の中で暮らしているのか、林業関係者の集落なのか・・・。それにしても、食料品の買い物や病院の行き来に不自由しないのだろうか、悪天候の日は道が不通になったりしないのか、などなど都市に暮らす私は余計な心配をしてしまったのですが、住めば都というように、この地に根を下ろして長年生活なさっている方々にとっては寧ろ里へ下りるよりこの山の中で暮らした方が良いのかもしれません。
「たまご水」へたどり着く前に鉱泉とは全く関係のないことに驚き、ちょっとしたカルチャーショックに面食らってしまったのですが、気を取り直して再び歩き出します。


キャンプ場跡地に先には沢を越える小さな橋が架かっており、その先にも白い建物が建っています。繰り返しになりますが、あの狭い未舗装の先にこのような建物群があるとは想像だにしませんでした。


人家を通り過ぎ、更に先へ進むと、ついに轍が消えました。ここから川へ下ります。


清涼な空気に満ちた安谷川の渓流。実に清々しく、流れる水も非常に清冽です。


この渓流の岸に、目指す「明ヶ指の卵水」がありました。
武州中川駅からここまで徒歩約35分の道のりでした。


山から湧き出る鉱泉のたまご水は、黒いパイプを通じて、地中に埋められたドラム缶へ注がれています。
この鉱泉は安谷川沿いに走る南北方向の断層から湧出していると考えられています。


丸い缶の中にキーンと冷たい冷鉱泉が溜まっています。鉱泉の見た目は無色透明なのですが、ドラム管の内側には硫黄の白い湯の華がたくさん付着しており、ユラユラと優雅に揺れていました。冷たい鉱泉なのに湯の華という表現は矛盾しているのですが、ま、この点については目を瞑っていただくとして、温泉マニアとしてはこうした硫黄泉ならではの現象に思わず興奮し、ついついドラム缶ごと抱きしめて頬擦りしたくなっちゃいました。


管から出てくる冷たい鉱泉を手に取って口に含んでみたところ、はっきりとしたタマゴ臭とタマゴ味が感じられました。まさに名前の通りのタマゴ水です。また、鉱泉を腕に塗って擦ってみたところ、強いニュルニュル感もしっかりと伝わりました。アルカリ性で、かつ重炭酸イオンや炭酸イオン等を多く含んでいるのでしょう。この鉱泉に入浴できたら良いなぁ・・・なんて夢想しながら、飽きることなく何度も何度もタマゴ感を五感で楽しませていただきました。

無色透明で硫黄感を有し、とても滑らかな感触を有するこうした鉱泉は、秩父の他の場所でも見られますが、湧き出た鉱泉がそのままの姿でみられる箇所は少ないので、この「明ヶ指のたまご水」は非常に貴重な場所と言えるでしょう。

なお当地で入浴することはできません。
またこの鉱泉の飲用についても安全性が担保されていないため、なるべくやめましょう。


たまたま持っていた空きPETボトルに鉱泉を詰めて持ち帰りました。その日の晩はしっかりとタマゴ臭が嗅ぎ取れたものの、翌日にはすっかり匂いが消失しており、ただの水と化していました。鉱泉や温泉の硫黄感って本当に繊細であり、かつ鮮度感も重要なのです。たまご水を持ち帰ることで、改めて鉱泉や温泉を扱う難しさを実感しました。

森林浴をしながら手軽に行けるこのタマゴ水は、秩父の豊かな自然、特に地質学的な魅力や不思議を楽しめるポイントでもあります。関心がある方は是非お出かけになってはいかがでしょうか。


場所の目安:秩父市荒川上田野2568(車でのアクセスは不可)。
紹介ページ(秩父ジオパークのサイト内)

入場料などの設定なし。
いつでも訪問可能。

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2 コメント

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硫黄冷鉱泉賛歌 (lonely-bluesky)
2020-08-10 07:14:24
こんにちは。
安谷(あんや)川と言えば、我々のような撮り鉄には秩父鉄道のSLの好撮影地である鉄橋で有名ですが、その上流にはこんなに清冽な硫黄の鉱泉が湧いていたのですね。
秩父には硫黄系の冷鉱泉が点在していますが、どこも湧出量が少ないですね。この安谷川のたまご水も湧出量のせいか地形の問題か商業ベースには乗らなかったようですが、それだけに、秩父のたまご水を使った鉱泉宿は源泉を大事にしている渋い一軒宿が多くて、好みでもありました。その典型例が上吉田のかおる鉱泉や件の千鹿谷鉱泉でしたが、つくづく千鹿谷の廃業は残念です。
NaHCO3が効いた低温度の硫黄泉というのは、秩父の他にも静岡の北部・南アルプス方面に多いイメージで、個人的にもぬる湯の長湯向きで好きな泉質です。火山性でない山岳地帯に多いのかな。口坂本や梅ヶ島、寸又峡、畑薙ダムの白樺荘なんていう名湯もありました。山梨ですが、佐野川なんかもこの系統ですかね。

それにしてもこの冷鉱泉ドラム缶は、真夏に飛び込んだら身もだえするほど気持ちよさそうです(笑)。ついついドラム缶ごと抱きしめて頬擦りしたくなっちゃうのも、とてもよくわかります。
Unknown (K-I)
2020-08-11 21:10:46
lonely-blueskyさん、こんばんは。
安谷川鉄橋を渡る秩父鉄道の姿は、実にフォトジェニックですね。そうなんです。あの鉄橋から川を遡ると、こんな冷鉱泉が湧出しているんです(笑)。
おっしゃるように秩父の冷鉱泉は湧出量が少なく、それゆえ歴史がある宿ほど源泉を大事にしていて、鉱泉があまり好きではない私も秩父の鉱泉だけは例外的に好きでした。
>NaHCO3が効いた低温度の硫黄泉
私もこの手のお湯が大好きです。とりわけ今のように暑い日に長湯すると最高ですね。

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