タンポポの好奇心

タンポポのように逞しく!

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経済動向

2008-12-26 18:29:18 | Weblog

企業の倒産・生産調整・雇用情勢の悪化・・・ますます厳しさを増す経済動向
日本の景気・企業情勢・雇用情勢・個人消費etcどれをとっても下降線ばかり

個人や企業においても、生活維持のためまた企業存続のため何ができるか、どのような対策が可能かの情報収集を努め、転ばぬ先の杖が必要となる。

今、大きなリスクを背負った生活を強いられている。
国に頼れない
企業の足元も危うい
・・・となると、自らの手で「リスクマネジメント」を行うしか回避する道はない。

不況の時こそチャンスが生まれるかも知れない
現状維持では下降線
なにかを変えないと上昇できない
まず、考え方を変えることが必要かも!

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浅草参り

2008-12-20 12:31:36 | Weblog
母のお葬式が無事に終わり、予定していた東京に行ってきた。
12月14・15日の一泊2日・・・夫婦での旅行
目的は大した事ではなく主人の弟に会うだけのこと

宿泊は赤坂見付の地下鉄傍の「ホテルニューオータニ」・・・昨年と同じ
夜の東京を少し散策し、主人が4年間の学生生活を送った頃とはかなり景観が変わったとの説明を受けながら銀座あたりまで足を延ばしてみた。

翌日、浅草参りに・・・
松本伊予さんが、番組のロケに来ていた。
驚いたのは、観光に来ている団体が殆ど「中国」「韓国」からだということ
私たちの周りで、中国語や韓国語が飛び交っている
日本のみならず中国・韓国も格差社会に突入しているであろうと考えると、この人たちはまだ裕福な環境にいる人たちなのだろうか?

夜、松山に帰り、その足で母の初七日のお参りに行った
父は母を無事送ったことで少し安堵しているように思えた
もう88歳になった・・いつどうなるか分からない
が・・母の遺影に向かい唱える「般若心経」はとても力強かった!
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母逝く

2008-12-13 13:05:06 | Weblog
最愛の母を見送りました。

骨折の手術から無事退院し、自宅療養をしていた母
12月7日、息苦しさを訴え入院
12月8日、姪から連絡を受け、酸素マスクで呼吸している母と対面
苦しい息のしたから、「お帰り、お帰り!」という
個室であるにも関わらず、誰もいなかったのは、母に余計な労力をかけまいとする家族の配慮だった。

もう長くはないと感じた母は、最期を看取られたくなかったのだろうと思う。
会社に帰り、当座の仕事を片付け今後に備えた。
夕方毛布持参で病院に行き、母に見えないよう部屋の隅で過ごす用意をした。
看護婦である姪と二人、病状を気にしながら身体をさすり、水を飲ませ、少しでも・・少しでも・・・と念じながら夜を過ごした。

明け方、少し容態が静かになった。
「容態が変わったから、爺ちゃん連れてきて・・」と姪が家に電話をする。
まもなく、呼吸の間隔が長くなり、姪が静かに「見に来てください」とナースコールする。
「爺ちゃん間に合わんけん、電話にでてもろて!」
「爺ちゃん、ばあちゃんに声かけてあげて!」・・・
電話ごしに、名前を呼ぶ声が聞こえる・・・大きく息を吸い込み最後の呼吸となった。

姪のお陰で静かに最後を看取ることができた。
私1人では、きっとこんなに静かに母の最後を迎えることはできない。
流れる涙を拭いもせず、一心に母を看病してくれた姪に、心から感謝する

84歳の人生を全速力で駆け抜けたような母の生き様
とても私たちにできることではない。
母への感謝の気持ちが、涙と共に心一杯にあふれ出る

母を失う寂しさはたとえようもない。
これほどまでに出るものなのか・・・と思うぐらい涙を流した。
メソメソすることのなかった母
決して弱音をはくことのなかった母
周りの人たちにいつも気を使い、争うことなど決して無かった母

いつまでもメソメソしていては母に叱られる。
母の生き様を少しでも心に留めて、これからの人生を過ごしていこう!

お母さん、ありがとう!
心からお礼を言います。
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