おにゆりの苑

俳句と俳画とエッセー

指 輪

2013-02-17 14:46:52 | Weblog

  或る朝カーテンを開けて、くくろうとしたら、指輪がこれにひっかかった。
台座を支えている片側三本の内の一本が折れたのである。よく見ると指輪が大層痩せていた。
 それもその筈、母からもらったのが、定年にならない内だったから、十五年以上嵌めっ放しで居た事になる。
 貰った折、物は何と聞くと、母は「そこいら辺にまとまってある中の一つで分らない」との答えであった。
 小粒の点点が、かすかに色も違い花のような体裁で大人しい感じなのでジルコンかと思いながらも気に入っていた。
 妹は大きな翡翠のものをもらって事ある毎につけていたので、一時羨ましく思った事もあったが、そういうものに余り関心の少ない私は、自分のもらった物を無造作に寝ても覚めても嵌めっぱなしでいた。
 抜け落ちないようにとその先に予防のために嵌めている金のリングは、夫の兄の形見で兄嫁が皆に配ってくれた物である。
 頂いて早々サイズが合わなくて電車の中で落としてしまったが、それを聞いた親切な兄嫁は今度は私のサイズの十一にして造ってわざわざ届けてくれた。 こちらは四十年くらい嵌めている。
 三越の宝石サロンへ持っていって「ジルコンならこの際捨てようと思うのですが」というと、それ専用の拡大鏡で見て「ダイヤの小粒が花様にデザインしてあるのですよ」とのことであったので修理を依頼して来た。
 変わったのをつける時は左指と決めていて、右手の薬指から、はずした事のないこの二つの指輪が、今迄私を守ってくれていたのかと、年寄りじみた発想をした。
 引き続いてその発想は、もうすぐ来る傘寿の集まりに祝いと言って声がかかれば、金のリングを配ろうと思うに至った。
 今迄子供達は一席設けて、古稀だと言っては花瓶をくれたり喜寿だと言っては電子辞書や花束を贈ってくれた。
 確か舅は喜寿や傘寿の折に扇子や抹茶茶碗に自分の名前を入れて渡していたように記憶している。
 若し声がかからなければ米寿の祝いの時でも良い。女性には十八金、男性にはプラチナでせいぜい百六十グラム位でお直し券をつけてなどと、ひそかに胸算用をしながら楽しんでいる。

 

    俳句 早春の明るき空にもうネオン

コメント (1)
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