ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

日本の教師に伝えたいこと - 3

2020-11-06 16:06:18 | 徒然の記

 今日は117ページの、「アイヌの発見」と言う章です。北海道を訪ねた氏のため、現地の教育委員会が案内人を世話してくれます。

 その人の案内で、ある大きな書店へ行き、話がここから始まりますので、割愛しながら転記します。

 「そこには、アイヌに関する本がずらっと並んでいました。」「本を少しずつ見て行きましたら、ぐんぐん引き入れられていくような、」「気がしました。」「何しろ、何も知らない者が見るのですから、」「何でも、一つ一つびっくりします。」

 「そしてその日、書店の棚が2つぐらい空いてしまうほど、」「買い込みました。」「そうやって資料を探しながら見ている間に、アイヌというのは、」「ただ民族の名前かと思っていましたら、」「そうでなく、アイヌ語の  "人間 " という意味だと、」「分かったのです。」

 氏は私が嫌悪する、反日・左翼の教師ではありません。教育熱心な、ひたむきな先生の一人で、むしろ善意の人であろうと思います。しかし善意の人が、間違った認識を持つと、思いがけないことになるのだと、私はその良い例として、この章を読みました。冗長になりますが、しばらく転記を続けます。

 「持って帰った本を読んでいますと、アイヌは、日本人のことを 、」「 " シャモ " というふうに、言っていました。」「外国人が日本人のことを、 " ジャップ " と、」「やや軽蔑的に、言ったことがあります。」「今はあまり聞きませんが、ジャパンを縮めた形でしょう。」

 「アイヌ人が " シャモ " と言ったのは、軽蔑の言葉だと、」「それは知っていました。」「『コタンの口笛』の中にも出ていて、軽蔑の意味でした。」

 ところが、買った本を読みますと、 " シャモ " は、元々"シサム"という言葉で、その意味は「隣人」の意味だと発見します。ここから、氏のアイヌへの目覚めが、始まります。

 「その時私は、ドキリとしました。」「私は漠然と、アイヌ民族は日本人に虐げられ、」「追われて、日本人をシャモと呼び、」「大変恨んでいると、思っていたからです。」「とにかく、アイヌ民族と大和民族は、争いが多かった。」「結局アイヌは、北海道の片隅に追いやられて、」「滅びゆく民族のようになっていると、思っていました。」

 「日本人は、アイヌのことなど忘れて暮らしている人が多く、」「それなのにアイヌは、" 我が隣人 " と呼んでいたのかと思った時、」「何か非常に、胸に迫るものがありした。」「そして、知らないことの恐ろしさを、思いました。」

 私にとっても、それは新しい発見でしたから、氏の言葉を読み、感動を共有しました。続く文章を読みましても、氏は決して、反日・左翼ではありません。

 「明治以来の日本政府のしたことは、みんな、アイヌにとって嫌なことだったのです。」「けれども北海道を開拓して、狭い国土を広くしようと思い、」「一生懸命になっていた、あの時代の人たちが、」「アイヌ民族を、いじめようと思っていたとは、思えません。」

 「それは、アイヌ人が狩猟民族だということを、」「知らなかったからだと思います。」「狩猟民族にとって大切な山林を、開拓して田畑にしてしまった。」「どうぞ使いなさいと、土地を与えても、」「道具もなければ、使い方も知らないのです。」「アイヌ民族を理解しない、知らなかったために、」「それほど悪い気持ちではなくても、数々の不幸なものが、」「生み出されたのではないかと、考えたのです。」

 熱心な教師であったが故に、氏はここから自分なりの解釈をはじめ、次第に間違った思考の道へ踏み込みます。

 「そして、『国際先住民族年』というのは、」「そういうことを考えてみよう、という意味ではないかと、思いました。」

 氏の著書を読むまで、『国際先住民族年』というものがあることを、知りませんでした。たまたま北海道を訪ねたのが、その年だったらしく、氏の気持ちが昂っていきます。

 「先住民族のことを、みんなで考えよう。」「知らなかったために、しなくてもいい悲しいことをしたり、」「お互いが溶け合わないということが、あったのだ。」「相手の嫌がることをするというのは、人間として、」「考えられないことだと、思いました。」「そしてアイヌの言葉の意味を、名前にとって、」「単元を考えようと思ったのです。」「ただ単に、『国際先住民族年』だから、じゃあやってみようかな、」「と思ったのではないのです。」

 こういう経過で、氏は自分の授業に「アイヌ」を取りあげるようになります。平成 7年に出版された本ですから、昨年成立した「アイヌ新法」と関連づけるには無理があると、そう考える人が大半だろうと思いますが、まさに私は、そう考えています。

 「お花畑」に住んでいる日本人というのは、大抵、氏のような善人です。「平和憲法を守れ。」「日本を、戦争のできる国にするな。」と叫んでいる人たちは、特に周りから強制されたのでなく、むしろ氏のように、自分から考え、本気で信じているのだと思います。こういう人の間違いは、一つのことだけに熱中し、そのことの正しさを信仰しているところにあります。

 それだけを取り出して考えれば、「戦争は悪い。」「アイヌをいじめてはならない。」と、そんな結論が出てきます。その時代の歴史、世界の状況、その中の日本というものを考えたら、また別の意見が生まれますが、一つのことを信じてしまうと、他の事実が見えなくなります。

 こういう善意の人間が、GHQにとっては、役に立つ有用な人材になります。まして、氏のように著名な教育者が、「アイヌ人先住民族説」を述べてくれたら、こんな有難いことはありません。おそらく日本の敗戦後には、自分では意識せずに、知らぬまにGHQに協力していた学者たちが、沢山いたのではないでしょうか。

 氏のようなインテリほど、自分の知識に自信を持ち、いったん信じると本気で反対者に立ち向かいますから、こんな強い味方はありません。意識してGHQに協力した学者たちは、スパイとか裏切り者というべきでしょうが、氏のような無意識の協力者は、「お花畑の住民」としか、言いようがありません。

 スペースがなくなりましたので、ここでひと区切りとします。次回は、氏の間違いを息子たちと、「ねこ庭」を訪問された、奇特な方にご説明いたします。

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2 コメント

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Unknown (夕紀)
2020-11-06 17:25:36
わたしは父方が昔から鹿児島県です。輪郭からもハッキリしてる事は、薩摩隼人≒熊襲。大陸から渡ってきたであろう大和朝廷によって幾度となく叩かれ、それでも抵抗し続けた民族。熊襲は東南アジアの人と共通点の多い顔貌、そして風変わりな文化を守っている、そんな人たちです。

アイヌも先住民族としてその文化を頑なに守り続けた人たちと理解しています。そんな意味で何となく親近感をおぼえてしまいます。
先住民族 ? (onecat01)
2020-11-06 18:39:03
 有紀さん。

 日本人は、縄文人と弥生人、さらには大陸から移住してきた様々な民族との混血だと言われています。

 これは私たちには想像のできない、何万年という単位の年月をかけての話です。熊襲は、縄文人と言われていますが、大和朝廷以前に、弥生人と融合し、日本人になったと聞いています。

 貴方がアイヌに親近感を抱かれることに、私は特に意見はありません。次回のブログで述べますが、
「アイヌ人」が「先住民である」という間違いをし、北海道をアイヌの土地だと誤解していることに、反対しています。

 アイヌ人は、アメリカのインディアンと違い、もともと北海道に住んでいた民族ではありません。北海道に住んでいたのは、縄文人たちと、弥生人たちで、この時はもう二つの民族に融合し、「日本人」になっていました。

 北海道にアイヌ人が移住してきたのは、室町の末期か、鎌倉時代だろうと言われています。最近わかったDNAとやらを根拠にした、説です。

 私が問題にしているのは、「アイヌ人先住民族説」を主張し、平和に共存している彼らを、わざわざ分断し、憎しみの対立を作ろうとしている、「反日・左翼」たちの政治活動なのです。

 私は、アイヌの人々には、敵意も反感も抱いていません。むしろ子供頃から、貴方同様親近感を抱いています。この気持ちは、お互いに大事にしていきましょう。

 今更大和朝廷との争いなど、私は言いませんよ。私にしても、先祖を辿れば、出雲王朝の子孫ですから、大和朝廷とは対立した日本人です。しかしそれはもう、歴史の知識として知っておけば良いことで、令和の世になってまで、過去の火を掘り起こすことは、何の益にもなりません。

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