ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

日本もアメリカも謎だらけ - 6 ( 王氏の役目 )

2020-12-03 13:15:20 | 徒然の記

 「もともとこの人は、日本通ですが、外交手腕はダメで、」「日本としては、与し易い人物でした。」

 高橋洋一氏は、王氏を過小評価していますが、経歴を調べてみますと、違った顔があり、氏の役割が見えてくる気がします。

 文化大革命の末期、毛沢東の手に追えなくなった紅衛兵は、解散させられました。「若者たちは、貧しい農民から再教育を受ける必要がある」として、「都市に住む中学生・高校生は、農村に行って働かなければならない」と、毛沢東が指示を出しました。

 1969( 昭和44 ) 年に高校を卒業した王氏は、8年間黒龍江省に下方されています。1977( 昭和52 ) 年、北京へ戻った氏は、北京第二外語学院アジア・アフリカ語学部に入学し、日本語を学びます。卒業後、中国外交部に入省し、1983( 昭和58 ) 年の胡耀邦総書記来日時の、スピーチを書くなど、日本関係の仕事を専門に与えられています。

  これ以後の、氏の経歴を調べてみました。

 1. 1989( 平成元 ) 年から、1994( 平成6 ) 年まで6年間、駐日中国大使館に参事官として配属。

 2. 2004( 平成16 ) 年から、2007( 平成19 ) 年まで3年間、駐日中国大使

 高橋洋一氏は、「日本としては、与し易い人物でした。」と簡単に片づけていますが、王氏は、中国が日本へ派遣した、日本専門の、第一級工作員(スパイ)ではなかったかと思います。私は、昨日ネットで見つけた次の情報に、強い関心を持ちました。

 〈 日本駐在時のエピソード 〉

  ・駐在時には日本人とゴルフに興じるのが大好きで、王大使には「ゴルフ大使」という異名があった。

  ・日本語が堪能な王大使は、2007( 平成19 ) 年の帰任の際には、「多くの日本の友人たちと別れるのがつらい」、と話していた。

  高橋氏は、ゴルフ嫌いの習近平氏の威光を恐れ、突然ゴルフをやめたイエスマンだと笑いますが、それは日本人をそう思わせる演技だと、私は思います。大使時代の3年間だけでなく、参事官として6年間日本にいた間も、ゴルフ好きの日本人に合わせ、政財界の人脈情報取集と、自民党政治家への懐柔工作に専念していたのではないでしょうか。

 別れが辛いと語るほど、自民党の実力者と懇意になり、極秘情報を掴み、本国に伝え、豊富な工作資金を使っていた・・・と、私は氏の役割をこのように推測します。与し易いと考えるのは、間違いで、逆に、日本人を手玉に取る、有能な工作員でなかったか、と思います。もしも、過小評価できる面があるとすれば、胡耀邦時代と、胡氏失脚以後、習近平時代までの対日姿勢の豹変ぶりでしょう。「親日」から、「反日」、「敵視」と変わっています。

 胡耀邦時代の中国は、日本との関係が一番良好な時でしたから、おそらく当時の王氏は本気で親日家だったと思われます。政権トップが、激しい反日になると、それに合わせて反日となり、その変貌の大きさを知る者から、酷評されたのでないかと思います。政権トップに逆らえば、命が危なくなる国ですから、変わり身の早さもありうることと理解します。弁護する気はありませんが、何を喋っても、身に危険のない日本とは違う国です。好き勝手に放言しても、ちゃんと生きている高橋氏には、理解できないのかも知れません。

 以前、古賀誠氏について、ブログを書いたことがあります。古賀氏が幹事長をやめ、日本遺族会の会長をしていた頃だったと、思います。彼が王氏を訪ね、重要な動きをしていたことを思い出しました。

 平成18年に、昭和天皇のお言葉が、富田メモで公にされたことをきっかけに、靖国問題が大きくクローズアップされました。昭和天皇が靖国を参拝されないのは、かって「A級戦犯」と呼ばれた、7人の「殉難者」が祀られているからだ、と言うものでした。第1次安倍内閣の時です。
 
 昭和天皇でさえ参拝を控えておられるのに、総理大臣が参拝するとは何事かと、反日・左翼マスコミが大騒ぎしました。早速中国が、激しい拒絶反応を示し、媚中・親中の政治家たちも騒ぎに参加し、日中関係がたちまち険悪になりました。その時の様子を伝えるネットの情報を、もう一度紹介します。
 
 「古賀は親中派の一員として目され、上記の靖国問題などにも、影響を与えているとされる。」「平成19年年7月4日、中華人民共和国の王毅大使と、」「中国大使公邸で懇談し、協力を求めた。」
 
 「この時には、日中国交正常化35周年に合わせ、」「日本と中国が進める、『2万人交流プロジェクト』が、秋にも達成されるのに合わせ、」「双方で記念式典を開催することで、一致したとされる。」
 
 つまり氏は、靖国参拝に関し、日本への理解と協力を、王氏に要請したのです。自民党のパイプ役として、このような内政問題まで、反日大使に相談していたことになります。個人的な親しさも加わり、氏は日本政府の内情を隠さず語り、大国中国の歩み寄りを求めたのでしょう。王氏は、親身な顔でうなづきながら、得た情報を本国政府へ送ったはずです。
 
 1. 靖国問題で、一番中国に反発している政治家は誰なのか。
 2. 政府の弱点はどこにあるのか。
 3. 自民党内の議員の動きは、どうなっているのか。
 
 情報を得た中国は、日本政府が一番困る部分に焦点を当て、攻撃を仕掛けてくる・・・と、恐らくこう言うことなのでしょう。党の要職にあった古賀氏が、こんな対応をするのですから、中国が居丈高になるのも当然でしょう。
 
 私が最も注目したのは、古賀氏と共に中国大使館を訪ね、会談に同席していた人物が、二階俊博氏だったと言う事実です。やがて幹事長になり、媚中の議員になりそうな人物は、このようにして育てられていくのかと、今の私は教えられています。
 
 時間をかけ、金をかけ、現場の経験を踏ませながら、「中国共産党コロナ菌」は、このようにして自民党内に浸透して行くのです。菅総理と王毅氏の会談の背景にある、事実の一端を紹介しました。調べればどこまでも広がる、「日本もアメリカも謎だらけ」のブログです。一旦ここで区切りをつけたいと思います。
 
 息子たちと、「ねこ庭」を訪問された方々にお願いします。一体誰が本当のことを喋っているのか。マスコミはもちろんのこと、政治家も、ネットの動画も、そのまま信用してはなりません。日本を大事にする気持ちをしっかり持ち、自分で情報を求め、判断するのが一番です。
 
 日本だけではありません。アメリカ、中国、北朝鮮、韓国と、国際社会は内部で対立し、流動化しています。何があっても、諦めず、慌てず、捨て鉢にならずと、これは自分自身に言い聞かせている言葉です。
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