ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

全国戦没者追悼式 ( 変化する報道姿勢 ? )

2022-09-04 13:47:54 | 徒然の記

 5年前 ( 平成29年  ) の5月、私は「ねこ庭」で次のような意見を述べました。

 「毎年8月15日になると呪文のように唱えられ、お祭り騒ぎのお札のように氾濫する言葉があります。」

 「『終戦記念日』・・しかしこれはもう、『敗戦の日』としか言いようのない日です。こんな言葉を使うから、戦後の日本人が錯覚してしまうのです。戦争に負けて、戦勝国に占領された日だと、正しい事実を語らなくてどうするのでしょう。」

 同年の8月9日に、また「ねこ庭」で同じ話題を扱いました。

 「結婚記念日とか、入学記念日とか、『記念日』という言葉は、昔から日本では目出度い日を心に刻むため、使われてきました。」「毎年8月15日が来ると、翌日の新聞では戦争の特集記事が一面トップを飾り、『終戦記念日』と言う言葉が溢れています。」

 「国が焦土と化し、何十万人という一般国民が原爆と無差別爆撃で殺され、挙句は連合国軍に占領され、戦争の責任は日本だけにあると言われ、罪人国家として裁かれたそんな敗戦の日が、どうして『記念日』などという言葉で語られるのかと、ずっと疑問でした。」

 今回私がわざわざ取り上げたのは、ここに次の叙述があったからです。

 「ところがなんと平成29年8月9日のNHKニュースで、『終戦記念日』という言葉が変わりました。アナウンサーの背後に表示された言葉は、『終戦の日』でした。」

 「事実をそのまま表現する『敗戦の日』が正しいと考える私は、これでも不満ですが、『記念日』という場違いな言葉が使われなくなっただけでも、大きな「前進」として喜びます。」

 あまり意識していませんでしたが、「ねこ庭」のブログを読み返しますと、平成29年8月以降この言葉が使われなくなっていることが分かりました。

 スクラップしている今年の記事を読みますと、見出しの活字は相変わらずの決まり文句ですが、なるほど『終戦記念日』と言う言葉はどこにも使われていません。

 私のような疑問を抱く国民の声が共同通信社に届いて、同社の全国配信記事が変化したのでしょうか。右ヘ習えのマスコミ界で、共同通信社が率先してやるはずがないので、やはり先鞭をつけたのは平成29年のNHKだったのでしょうか。

 「腐っても鯛」のNHKは、依然としてマスコミ界のリーダーであるらしく、反日左翼の朝日と共同通信社も、足並みを揃えたのだろうと思います。国を愛する保守の国民は厳しく批判し、自分に都合の悪いことは口をつぐんで報道せず、『終戦記念日』の言葉の件でも、国民には説明せずこっそりと変えています。

 本来ならNHKや共同通信社の変化を称賛したいのですが、隠れてこそこそとやられると、姑息な姿に眉をひそめてしまいます。日頃間違った意見を大声で主張しているため、たまに正しいことをする時は、こっそりしかできなくなる共産党に似ています。今回は彼らを批判するためのブログでありませんので、私も言葉遣いを改めなくてなりません。

 『終戦記念日』と言う言葉の変化だけでなく、マスコミの報道姿勢も変化しつつあるのではないかと言う、喜ばしい報告です。先ずいつものように、8月16日の新聞の戦争報道特集記事の、見出しを紹介します。

 「全国戦没者追悼式」「平和かみしめ」「高齢者ら、消えぬ悲しみ」「終戦77 年」「不戦の決意新た」「非戦訴え何度でも」「亡き父追いかけ慰霊巡拝」

 共同通信社が全国へ配信した記事の見出しですが、記事の内容そのものに大きな変化がありません。しかし陛下に関する叙述が、大きく変化しています。

 「天皇陛下は、今年もお言葉に〈深い反省〉との文言を盛り込まれた。」

 「追悼式でお言葉を述べられる、天皇陛下と皇后さま」

 昨年までの記事では丁寧語を使わず、「盛り込んだ」「述べた」と失礼な文章を書いていましたので、これが大きな変化です。

 私が本日わざわざブログで紹介したかったのは、共同通信社の記事だけではありません。わが郷土紙『千葉日報』の記事です。8月17日の一面トップを飾る、大きな写真入りの記事です。

 「激戦地の日章旗 里帰り」「80年ぶり、米兵保管」「無事願う寄せ書き残る」「市川 南方従軍、故松丸さん家族に」

 見出しだけを読めば、どのような経緯で寄せ書きの日章旗が戻ってきたのか、およその検討がつきます。私が息子たちと、「ねこ庭」を訪問される方々に紹介したいのは、日章旗返還式典で挨拶した市川市の田中市長の言葉です。

 「私たちのために戦ってくださったことに、心から感謝と敬意の気持ちを申し上げたい。」

 「平和で幸せな日本を作るんだと言う思いが、この日章旗には込められていると思う。」

 前日の共同通信社の記事もそうですが、戦争特集記事の中では、亡くなられた軍人の方々に対して、戦争への怒りと哀悼の言葉しか捧げられていませんでした。戦禍に倒れた方々への感謝と敬意の念がキチンと記事にされたのは、これが全国で最初ではないかと思います。

 今日の私たちの平和な日本のため、命を捧げられた方々に対する言葉として、田中市長の挨拶が強く胸に届きました。こうしたごく普通の言葉を語る市長と、省略せずに記事にした千葉日報社に、私は感謝と敬意の気持ちを贈ります。この報道姿勢の変化が、日本のマスコミ全体のものとなるよう祈りたい気持ちです。

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3 コメント

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Unknown (あやか)
2022-09-05 09:15:48
貴ブログを拝見しました。
確かに、終戦の日に前後する報道機関の姿勢は変わってきたかと思います。

新聞を見ましても(もっとも新聞にもよりますが)
戦争について、比較的様々な立場からの両論併記の方針が見られます。

それにつきましても、
平成27年の終戦の日の安倍晋三首相の談話は素晴らしいものでした。

その一部を引用しますと、

 🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾
 あの戦争には何ら関わりのない
 私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに
 謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。
 🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾

、、、、まさに、仰せのとおりです。
 安倍晋三首相が、若者たちに人気があったのも当然でしょう。

もはや、日本は、戦後の【ハンディキャップ国家】であってはならないと思います。
全国戦没者追悼式に関する報道姿勢が変化してきたのも、
安倍晋三首相の上記の御発言の影響ではないでしょうか🐱
3つの談話 (onecat01)
2022-09-05 16:26:32
 あやかさん。

 お久しぶりです。貴方のコメントを頂き、改めて安倍氏の全文を読みました。当時のマスコミのアンケートでは、談話に対する国民の評価は、「評価する」が60%に届いていませんでした。

 これを機に、過去の経緯を調べ、3つの談話があることを確認しました。

 1. 村山談話  2. 河野談話 3. 安倍談話

 社会党党首だつた村山氏が、なぜ談話を発表したのか。自民党内のリベラル(反日左翼)の河野氏が、なぜ談話を発表したのか。

 この二人の左傾政治家が出した談話のお陰で、戦後日本の自虐史観が強化され、国民が呪縛された背景が見えてきました。

 先日まで検討してきた落ち目の共産党が、当時は大きな影響力を持ち、「日本の右傾化」「戦争のできる国化」「日本の侵略」を盛んに吹聴していたことを思い出しました。

 今となっては、この3つの談話と反日共産党の動きは、大東亜百年戦争が自衛戦争だったとする国民の思いから逸脱したものだったことが分かります。

 安倍総理の談話は、こうした反日左翼の風潮の中で出され、懸命に修正に努力された苦闘を語るものです。

 しかもその苦闘は成功せず、「安倍独裁」「極右の安倍」「安倍やめろ」のプロパガンダの中に埋没し、ついにはテロを誘いました。

 中国と対立しながらも、共産党は「安倍総理攻撃」の一点では中国共産党と手を組みました。

 亡くなられた総理への「哀悼歌」とするため、一連の共産党シリーズを「ねこ庭」で取り上げましたが、これでは不十分だと分かりました。

 次回からは、3つの談話について、その背景と間違いの経緯を、過去の事実とともに検証しようと思います。これが、本当の意味での総理への「哀悼歌」となるであろうと、そんな予測をしております。

 貴重なコメントに感謝し、今後も変わらぬご指導とご鞭撻をお願いします。
誤り訂正 (onecat01)
2022-09-05 19:04:21
 あやかさん。

 先ほど「3つの談話」といいましたが、間違っていましたので訂正いたします。正しくは、4つでした。

  1. 宮澤官房長官談話
  2. 村山談話
  3. 河野談話
  4. 安倍談話

 次回から、ブログに取り掛かります。

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