ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

ラオス現代文学全集 - 3

2019-07-10 12:39:49 | 徒然の記
 「公益財団法人大同生命国際文化基金」がやっていることは、もしかすると日本の国策に沿った事業ではないのかと、名探偵ポアロのような推理をいたしました。しかし私の推理は、ポアロと違い、犯罪を解明するのでなく、大同生命国際文化基金が、どうして利益にならない事業に力を入れるのかという理由を知ることにあります。

 ネットの情報によりますと、平成元年から平成12年までの約10年間、日本は世界最大のODA援助国でした。特に平成12年のODA拠出額は、約135億ドルで、これは世界第1位の拠出額でした。今はその面影もありませんが、日本は当時、アメリカに次ぐ世界第2位の経済大国になっていました。欧米人からは、ウサギ小屋みたいな狭い家に住み、休みも取らず仕事をする日本人は、「働き過ぎ病」と、酷評されましたが、それはまさに、私たちの親の代からずっと、日本人全員が、焦土となった国で、家族のために働いた結果でした。

 気がついてみると、貧しかった日本がなくなり、今度は儲け過ぎていると、欧米諸国から叩かれる始末です。狙い撃ちされた日本は、円高が一挙に進み、バブル経済を迎えました。昭和57年から62年にかけての中曽根内閣の時は、総理自らが「節約しないで、もっと外国のために金を使いましょう。」と、推奨していました。第一回目のブログで紹介した下記の情報と、ここで一致します。

 「財団法人大同生命国際文化基金は、大同生命保険相互会社(当時)の、」「創業80周年を記念して、」「外務大臣の許可のもと、昭和60年3月27日に設立しました。」

 つまり日本は、なんとかして溜まった金を使おうと、頑張っていた時でしたから、大同生命の国際文化基金の設立は、国策に沿った善行として、大いに歓迎されたのでしょうか。ちなみに、許可した当時の外務大臣は、安倍晋太郎氏でした。

 (ブログを読んでいる人から、私がたいそうな物知りと誤解されるといけませんので、説明しておきます。実は、分からなくなる都度、ネットで検索し、知り得た情報をつなぎ合わせているだけなのです。私にとって読書は、勉強そのものであり、自分を学徒と言っている意味がここにあります。)

 大同生命国際文化基金について、下卑た疑いを晴らしましたので、ラオスについて、改めて調べました。正直に言いまして、アジアの地図を出され、ラオスの場所を示せと言われたら、私は答えられません。それほど、無縁な遠い国です。ネットで調べますと、次のように書いてありました。

 「ラオスは、東南アジアのインドシナ半島に位置する、共和制国家。」「東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国、通貨はキープ、」「人口約691万人、首都はヴィエンチャンである。」「ASEAN加盟10カ国中、唯一の内陸国。」「面積は日本の約63%に相当し、国土の約70%は高原や山岳地帯である。」

 「国土は南北に細長く、北は中国、東はベトナム、」「南はカンボジア、南西はタイ、北西はミャンマーと国境を接する。」「後発開発途上国であり、市場経済に移行したものの、政治はラオス人民革命党による一党独裁制が続いている 。」

 地図で確かめますと、インドシナ半島の右上にあり、南北に細長く伸びた内陸国で、海がありません。周囲は、五つもの国との国境線で囲まれています。

 「第二次世界大戦中は、日本が仏ヴィシー政権との協定により、ラオスを占領した。」「1945(昭和20)年4月8日に、日本の協力下で、独立を宣言をした。」「だが大戦後、フランスが仏領インドシナ連邦を復活させようとしたことが原因で、」「1946(昭和21)年に、第一次インドシナ戦争が勃発。」「1949(昭和24)年、フランス連合内のラオス王国として、名目上独立した。」

 この国も、日本の統治下で、独立宣言をし、宗主国がオランダとフランスという違いがありますが、第二次大戦後の状況は、インドネシアと似ています。インドネシアでは、共産党を敵視するスカルノ大統領が、政権を取りましたが、ラオスは共産党政権による一党独裁です。中国との関係も深いと聞いています。そうなりますと、元ラオス大使橋本逸男氏が言われるように、果たして親日国であるのか、疑問が生じてきます。いや、そういう国だからこそ、対価を求めない大同生命の活動に意義があると、言っているのでしょうか。ならばその活動は、あの詩人の言葉を理解した上で行って欲しいと、願いたくなります。自分自身も噛みしめる意味で、詩を転記いたします。

 マレーシア人のラジャ・ダト・ノンチック氏の詩。平成元年(1989)に、首都クアランプールで書かれたもの。
 
  かって 日本人は 清らかで美しかった
  かって 日本人は 親切でこころ豊かだった
  アジアの国の誰にでも
  自分のことのように 一生懸命つくしてくれた

  何千万人もの 人の中には 少しは 変な人もいたし
  おこりんぼや わがままな人もいた
  自分の考えを おしつけて いばってばかりいる人だって
  いなかったわけじゃない

  でも その頃の日本人は そんな少しの いやなことや
  不愉快さを超えて おおらかで まじめで
  希望にみちて明るかった

  戦後の日本人は 自分たちのことを 悪者だと思い込まされた
  学校でも ジャーナリズムも そうだとしか教えなかったから
  まじめに
  自分たちの父祖や先輩は
  悪いことばかりした残酷無情な
  ひどい人たちだったと 思っているようだ

  だから アジアの国に行ったら ひたすら ぺこぺこあやまって
  私たちはそんなことはいたしませんと
  いえばよいと思っている。

  そのくせ 経済力がついてきて 技術が向上してくると
  自分の国や自分までが えらいと思うようになってきて
  うわべや 口先では すまなかった 悪かったといいながら
  ひとりよがりの 
  自分本位の えらそうな態度をする
  そんな 今の日本人が 心配だ

  ほんとうに どうなっちまったんだろう
  日本人は そんなはずじゃなかったのに
  本当の日本人を知っているわたしたちは
  今は いつも 歯がゆくて 
  悔しい思いがする

  自分たちだけで 集まっては 自分たちだけの 楽しみや
  ぜいたくに ふけりながら 自分がお世話になって住んでいる
  自分の会社が仕事をしている その国と国民のことを
  さげすんだ目で見たり バカにしたりする

  こんなひとたちと 本当に 仲良くしていけるのだろうか
  どうして
  どうして日本人は
  こんなになってしまったんだ         
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2 コメント

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ねこ庭さんへ。 (テレビとうさん)
2019-07-10 16:52:22
枝葉末節な事ですが、「世界のドルが日本に溜まり、バブル経済を迎えたのですが」には表現に間違いがあります。
日本では「ドル」が使えない為、稼いだ「ドル」は直ぐに「円」に換える必要が出て来て、円貨不足になり「円買いによる円高」が進み、これを防ぐ為に日銀は金利を下げた事でバブルが発生しました。同時に「交換されなかったドル」はそのままアメリカに残り「アメリカ資産の爆買い」が起きました。当時の国際援助は「現地通貨の現地使用」を余儀なくされた結果だと思います。

日本に「ドル」が溜まる事も、アメリカに「円」が集まる事も(例外を除いて)殆ど有りません。表現上の違いかもしれませんが。
ご指摘に感謝します。 (onecat01)
2019-07-10 18:17:29
テレビとうさん殿。

 ご指摘に感謝いたします。数字の苦手な私は、通貨・為替問題がなかなか理解できません。

 プラザ合意で一挙に円高が進み、国内に、外貨としてのドルが、積み上がったのだとばかり思っておりました。過剰な円が国内に残り、行き場を求め、不動産や株に向かい、バブルとなったと、こういう理解でおりますが・・。

 これでもご不満かもしれませんが、本文の表現を少し修正いたします。

 今後とも、よろしくお願いいたします。

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