ねこ庭の独り言

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歴史的な選挙、目的の再確認 - 4 ( 賀屋興宣氏 )

2024-10-27 22:00:04 | 徒然の記

 あまり人を褒めない石原真太郎氏が評価していましたので、興味を持ちました。おぼろな記憶になりつつありますが、その人物は賀屋興宣氏でした。

 ウィキペディアで調べると、氏の略歴が次のように書かれています。

  ・賀屋は明治22年に広島で生まれ、東大卒業後に大蔵省へ入り、近衛内閣と東条内閣で大蔵大臣を務めた。

 ・東京裁判でA級戦犯となり、巣鴨刑務所で10年間服役し、昭和35年に岸信介氏たちと共に赦免され、池田内閣で法務大臣になった。

 ・その後、日本遺族会の会長を務め、昭和52年に88才で没した。

 ・政治家は誰もが勲章好きだが、氏は身を律することに厳しく、叙位・叙勲の全てを辞退している。

 「ねこ庭」の過去記事を見つけましたので、石原氏による賀屋氏評を転記します。

 ・賀屋氏は、戦争前から戦争にかけて無類の財政能力を発揮したために、戦争犯罪人に仕立て上げられた。

 ・この人物は、私が今まで政界で眺め渡した限り最も知的な人物だった。

 ・当時彼は左の陣営だけでなく、右側にも嫌われていた。

 ・この事実は、氏が左の人間のインチキを軽蔑していたように、大方の右も、いい加減なものでしかなかったということの証拠だ。

 ・自由党総裁だった緒方竹虎は、健康に一抹の不安を抱いていて、自分に万一のことがあったら総裁の座を継いで欲しいと頼んだ。

 ・この時賀屋氏は、犯罪人の名を被った人間は、国家の首班となり得る地位に就くべきではないと頑固に拒んだ。

 「ねこ庭」が注目したのは、石原氏が東京裁判への法的疑義を口にした時の、賀屋氏の返事でした。鮮明な文字となり、心に刻まれています。

 ・でもね、勝った者が、勝って奢って、負けた者を裁くのは、当たり前じゃありませんか。

 ・個人にせよ、国家にせよ、人間のやることは、所詮いい加減なものですよ。

 ・万が一、我々が勝っていたら、もっと無茶な裁判をやったでしょうな。

 占領軍により軍国主義者としてA級戦犯にされ、10年間刑務所にいた賀屋氏の言葉です。東京裁判の不条理を体験しながら恨みを一言も言わず、自己弁護もしていません。

 氏の答えを得た石原氏が、「冷静に、物事の本質を見通している」と感心していました。現在では多くの資料が世に出て、東京裁判の実態が見えるようになりましたが、それでも多くの国民は裁判について知りません。

 一方現在でも、復讐劇でしかなかった東京裁判の判決を、金科玉条として押し頂き、日本批判を展開して恥じない人間たちがいます。

 賀屋氏の言葉に最初は驚かされましたが、その後読書で色々な事実を知りますと、敬意を表すべき意見に変わりました。

 戦勝国への恨みを言わず、世界の常識と受け止めた氏は、むしろ今後の日本を考え、私のように右往左往しない政治家でした。

  氏が言外に語っているのは、東京裁判にいつまでもとらわれるな、東京裁判を乗り越えるべしと、そういうことでないかと理解しました。いつまでも、アメリカや連合国を恨むのでなく、敗戦後のことは敗戦後のこととして割り切るべしと、そういう思考だと思います。
 
 氏の言葉に従えば連合国の統治が完了した時から、以後の全ては日本の問題となったのです。戦後の政治の混乱と、反日左翼と反日マスコミの跋扈は、他国のせいではなくなります。
 
 アメリカや、中国、韓国・北朝鮮のせいでなく、ぜんぶ私たち国民の責任と、そう考えるのが妥当ということになります。
 
 南京事件、慰安婦、徴用工と、過去を執拗に蒸し返し、事実を針小棒大に捏造して敵対心を煽り、自分の責任を忘れている恥知らずな国の真似をしてはならないと、賀屋氏が教えています。
 
 「和をもって尊しとなす」という聖徳太子の言葉を、前回息子たちのために言い換えました。

  「自分だけが正しいとおもわず、相手の意見も聞きなさい。」

  「国も個人も我欲があるのはお互い様なのだから、どっちもどっちだと知りなさい。」

 こういう姿勢で議論に臨めば、対立する相手との間にも、「和」のある結論が導き出せる可能性が出てきます。賀屋氏は身をもって、太子の教えを私たちに伝えた政治家だったということになります。

 ですから「ねこ庭」の過去記事から「アメリカの意図」を整理する作業に臨む姿勢として、賀屋氏を見習おうと考えました。

 つまり、「恨みと憎しみ」の上に立たない事実の整理です。

 息子たちに言います。いつかお前たちがブログを読んでくれる日のことを願いながら、父は国民の勤めを果たそうと思います。
 
 次回は、戦後日本を属国にした「アメリカの対日政策」を、伊藤貫氏の動画から紹介します。
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2 コメント

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Unknown (あやか)
2024-10-28 16:22:10
賀屋興宣氏、、、、
私も、お名前は聞いたことがあります。
確か、、このかたは、
靖國神社三代目の宮司だった【賀茂百樹】様の甥だったんじゃないでしょうか。

賀屋興宣氏は、言動が首尾一貫した人格者だと、伺っております。
私が、学生時代だった時、誰かと話しているうちに、ふと賀屋興宣さんの名前がでたのですが、
その話し相手は、吐き捨てるように、
『ああ、賀屋興宣ね、あの、戦犯だな』と言ってたのを覚えています。
そういう見方しか出来ない人が多いですね。
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戦勝国がした「東京裁判」 (onecat01)
2024-10-28 16:38:30
 あやかさん。

 「東京裁判」が、そのように考える多くの国民をつくりましたね。

 あれ以来日本では、愛国心という言葉が「軍国主義者」「右翼」と同じ意味になってしまいました。

 貴方と話をされていた方が、自然な気持ちで日本を大切にしている人でしたら、今頃は「東京裁判」の実態を知り、賀屋氏を蔑んだ自分を恥じておられるかもしれませんね。

 ちょうど今の私のように・・・
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