ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

日本の危機 - 解決への助走 -9

2019-11-17 16:19:11 | 徒然の記
 「日本は大国ではない。」「その答えは、98( 平成10 )年夏、中国政府高官に回覧された、 」「内部文書で明らかだ。」

 書き出しは、このように始まっています。いつものように、年号の記載はありません。

 「 " 21世紀に向けた中日関係について " 、と題された同文書は、」「日本の対中姿勢の甘さとは対照的に、極めて厳しい。」「まず、日本は、長期間世界第二位の経済大国であり、」「将来は、政治大国になる見方が一般的だったが、」「その見通しには、重大な修正を行うべき、」「と書かれている。」

 その修正とは、次の二点です。
 1.  予見できる将来において、日本は世界一流の強国になるのは難しい。
 2.  日中関係の重要部分は、経済関係だったが、日本経済が今後も低迷すれば、日中関係は怪しくなる。

 内部文書が語っている中身を、庶民の言葉で言えば、「金の切れ目が、縁の切れ目」、ということです。経済大国となった日本は、戦前のお詫びの気持ちも手伝い、ODA援助を通じ、巨額の支援を続けていました。以前ブログで、対中支援金の額と作られた施設について、報告したことがありますが、ここでは省略します。私が、驚きましたのは、内部文書に関する、氏の説明です。

 「この分析は、まさに戦後、国を支える唯一の柱が、」「経済力であった日本にとって、冷静な見方となっている。」「外交、安全保障面では、依然として外国に従属し、」「限られた役割しか果たせない日本に、」「中国は、」「歴史問題でその都度反発し、中日関係を破壊する人物には、」「厳正に対処するとし、」「未来の日中関係で、日本は、戦略的パートナーとして位置付けるには、」「適さないと、結んでいる。」

 「この内部文書を読めば、来日した江沢民主席が、」「終始、厳しい態度で歴史問題を言い、」「日本が提供した、ODA3千900億円に対しても、」「お礼の言葉でなく、」「評価するという、配慮に欠けた姿勢だったことの意味も、」「分かってくる。」

 何がどう分かったのかと、問い返したくなります。人なつこいの笑みを浮かべ、日本国民に手を振った鄧小平氏の訪日以来、日本政府と産業界は、どれほどの資金援助と技術援助を、してきたか。氏は知っているはずなのに、傲慢な江氏に反論もせず、再び中国共産党対外工作部門の、責任者の話を紹介します。 ( 江沢民氏の訪日時、内閣総理大臣は、退陣した橋本総理から、小渕総理に交代していました。 )

 「江沢民主席の訪日を、中国政府は、」「一時取り止めも、考えたのです。」「もともと、橋本政権を前提の訪日でしたから。」「それでも来日したのは、21世紀への、」「パートナーシップを築くためでした。」「しかし、結果は失敗だった。」「日本側が、江沢民主席の意図を理解せず、」「戦略、戦術の双方を、欠いていたからです。」
 
 「パートナーシップ構築のためには、過去の歴史を、」「徹底的に精算することが、必要でした。」「しかし、日本がそれをしない。」「文字で謝罪せずに、口頭のお詫びにとどまった。」「主席の怒りは、予想以上に強く、」「外相、駐日大使にも、責任問題が及びかねない現状です。」

 対外工作責任者とは、いったい何者なのか。私なら怒り心頭で批判するのに、氏は彼に、言いたい放題を言わせ、穏やかにコメントします。

 「日本滞在中、江主席は確かに、」「繰り返し、歴史に学ぶことの必要性を強調した。」「内部文書と、ピッタリ符合する姿勢だ。」「戦略に基づいて、対日批判をする中国に対し、」「日本もまた、日本の戦略と主張を持つべきだ。」

 冷静な意見は、二つの意味に取れます。
  1.  戦略として批判しているのだから、本気で相手にする必要はない。  
  2.  日本も対抗して、戦略を持てば良い。

 江沢民氏の訪日について、ネットの情報を紹介します。
 「平成10年11月、江沢民は、」「中国の国家元首として、初めて日本を訪れた。」「この訪日で江は、」「日本政府による歴史教育が、不十分だから、」「(日本国民の)不幸な歴史に対する知識が、極めて乏しい、」「と発言して、日本の歴史教育を激しく非難した。」「小渕恵三首相が、韓国大統領の金大中と交わした、」「日韓共同宣言の中で、 " 痛切な反省と心からのお詫び " と記述しており、」「同様の文言を、日中共同宣言に明記するよう要求した。」

 「その執拗さから、彼は日本国民の反発を買った。」「訪日中の11月26日に行われた、天皇主催の宮中晩餐会では、」「答礼のスピーチについて、中華人民共和国外交部は、」「歴史問題に踏み込まない草稿を、準備していたが、」「晩餐会直前に、江沢民の意向で内容が差し替えられ、」「晩餐会の席上で、過去の歴史について、遠慮のない日本批判を行った。」

 だから私は、江氏の訪日に関し、穏やかに語る櫻井氏に、大いなる不満を感じました。私の記憶する限りでは、中国の指導者は、日本にとってロクな人物がいません。とくに江氏は、その筆頭です。

1.   平成6年、江沢民政権は、「愛国主義教育実施要綱」を制定し、反日教育を開始した。
2.  平成7年、「抗日戦争勝利50周年」から、徹底した反日教育を推進していった。
3.   同年9月3日に北京で開催された、「首都各界による抗日戦争記念ならびに世界反ファシスト戦争勝利50周年大会」で、江は演説し、日中戦争の被害者数を、それまでの2,100万人から引き上げ、3,500万人とした。

4.   平成10年8月、江は、外国に駐在する特命全権大使など、外交当局者を集めた会議で、次の指示を出した。
  「日本に対しては、台湾問題をとことん言い続けるとともに、歴史問題を終始強調し、しかも永遠に言い続けなくてはならない」

 念のため、江沢民氏の悪辣な実績を、ネットの情報から転記いたしました。これを知れば、息子たちだけでなく、訪問される方々も、私の怒りを理解していただけると思います。残念ながら、スペースがオーバーいたしましたので、櫻井氏の、凛とした意見を紹介するのは、次回になります。
コメント