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金で外交を動かした男「シェルドン・アデルソン」の死
執筆者:杉田弘毅 2021年2月8日
タグ: アメリカ 大統領選 トランプ
エリア: 北米
2019年12月、トランプ大統領(中央、当時)に燭台をプレゼントするアデルソン(左)と妻のミリアム(右)(ホワイトハウスHPより)
1月11日、シェルドン・アデルソンが非ホジキンリンパ腫の合併症で亡くなった。享年87。カジノ王で資産総額約300億ドル(約3兆1600億円)、世界の大富豪リストの常連であり、「アメリカンドリーム」を体現した米実業家だ。
アデルソンはドナルド・トランプ米前大統領の最大のパトロンであり、テルアビブにあった米大使館をエルサレムに移転させるなど、トランプ政権の際立つ親イスラエル政策の原動力でもある。
それにしても、カジノ王がなぜ米国の中東外交を動かせたのか。その人生を探ると、金が徹底的に政治を左右する今の米国システムのゆがみが浮き彫りになる。
ストリートファイター
アデルソンは文字通り街頭で叩き上げられた実業家だ。
小柄だががっしりした体格、赤茶色の髪でどこにいても目立つ。
1933年にボストンの下町に生まれた。父親はリトアニア系ユダヤ人移民のタクシー運転手、母親は縫製の仕事をしていた。12歳の時には新聞を街で売り、16歳でキャンディー販売のビジネスを始めた。
その後法廷筆記人など50以上の仕事に就いたというが、転機は、1970年代に商機が始まったコンピューターに目を付けたことだ。専門情報誌を皮切りに、79年にはラスベガスでコンピューター見本市「コムデックス」を開始。世界から参加者が詰めかけるコムデックスは、世界最大のコンピューター展示企業となった。アデルソンは参加者のためのホテル、そしてカジノをつくり儲けを膨らませた。
アデルソンは1995年、コムデックスを孫正義が率いるソフトバンクグループに売却した。その額は約8億ドル(約844億3155万円)である。孫は大金をはたいて米IT業界に進出し、2016年12月には大統領当選直後のトランプとニューヨークで会った。コムデックス買収を通じて、トランプのパトロンであるアデルソンの友人となるなど、米国で名の知られる投資家になったことが功を奏したのだった。
アデルソンはラスベガスのカジノビジネスに主戦場を移し、99年には15億ドル(約1583億円)をかけて、2つの野球場が入る規模のカジノホールと部屋数7000というホテルをオープンした。マカオなどアジアにも進出し、ギャンブル好きの中国人ビジネスマンらを相手に事業を広げた。アデルソンは、
「アジアにはラスベガスの5倍、あるいは10倍のカジノの客がいる」
とインタビューで語っている。日本の統合型リゾート(IR)事業進出も一時は熱心で、安倍晋三政権に働きかけていた。
3棟のビルの上に船を渡したようなシンガポールの「マリーナベイ・サンズ」は、彼の絶頂を象徴する。1時間ごとに増える資産が100万ドル(約1億500万円)とも200万ドル(約2億1000万円)とも言われた。
金も出すが指示も出す
アデルソンは儲けた金を政治につぎ込んだ。その結果、もっとも露骨に米国の外交を動かす民間人となった。「金も口も出す」だ。トランプ時代は「口」は「指示」にもなった。
ウォールストリート・ジャーナルによると、大統領選と議会選挙・地方選挙が行われた2020年は、総計で70億ドル(約7389億円)近い政治献金があったが、アデルソンは1億8300万ドル(約193億1700万円)を支出してトップである。その対象はトランプと共和党候補者たちだ。16年の選挙でもトランプと共和党に8000万ドル(約84億円)を出している。
政治との接点は、ラスベガスでのビジネスをスムーズに進めるための地元政治家への寄付で始まったが、1991年にイスラエル生まれでホロコースト生存者の親を持つ医師のミリアム夫人と結婚してからは、親イスラエル政策を進める共和党政治家に寄付は絞られた。
民主党嫌いも徹底しており、バラク・オバマ大統領が再選された2012年の大統領選には、「オバマを倒すため」と公言し、元下院議長のニュート・ギングリッチや上院議員のミット・ロムニーら、共和党の大統領候補や議会選候補に合計1億ドル(約105億5600万円)超を寄付した。
イスラエルに若い米政治家を訪問させる計画も始めたが、この頃イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフの熱烈な支持者ともなった。
トランプとの出会い
アデルソンの金を当てにして、共和党政治家たちのラスベガス詣でが始まったが、アデルソンは勝てる候補になかなか出会えなかった。2016年大統領選でも、最初はフロリダ州選出の上院議員マルコ・ルビオを推したが、ルビオは脱落した。
そんなアデルソンが最後にほれ込んだのが、ドナルド・トランプだった。トランプはアデルソンと2016年5月に会談。娘婿のジャレッド・クシュナーが正統派のユダヤ教徒であり、娘のイバンカがクシュナーとの結婚でユダヤ教徒に改宗したこと、アデルソンに気に入られた。
アデルソンはこの選挙で親イスラエル政策の実現を託し、トランプにふんだんに金をつぎ込んだ。2016年の選挙でトランプが当選した後は就任式用として500万ドル(約5億2700万円)を寄付し、就任式で特等席を用意された。2020年選挙でもトランプに莫大な献金をしたことは先述した通りだ。
トランプはこの頃、
「私は個人資産を持っているから、他の候補者とは違って人の金は要らない。支持してくれるだけでいい」
とよく言っていたが、現実は違ったのである。
加えてアデルソンとの接近は、トランプに資金だけでなくキリスト教右派の膨大な票ももたらした。イスラエルを無条件で支持するキリスト教右派は、今の共和党で最大の勢力である。
金で外交を動かした男「シェルドン・アデルソン」の死
執筆者:杉田弘毅 2021年2月8日
タグ: アメリカ 大統領選 トランプ
エリア: 北米
2019年12月、トランプ大統領(中央、当時)に燭台をプレゼントするアデルソン(左)と妻のミリアム(右)(ホワイトハウスHPより)
1月11日、シェルドン・アデルソンが非ホジキンリンパ腫の合併症で亡くなった。享年87。カジノ王で資産総額約300億ドル(約3兆1600億円)、世界の大富豪リストの常連であり、「アメリカンドリーム」を体現した米実業家だ。
アデルソンはドナルド・トランプ米前大統領の最大のパトロンであり、テルアビブにあった米大使館をエルサレムに移転させるなど、トランプ政権の際立つ親イスラエル政策の原動力でもある。
それにしても、カジノ王がなぜ米国の中東外交を動かせたのか。その人生を探ると、金が徹底的に政治を左右する今の米国システムのゆがみが浮き彫りになる。
ストリートファイター
アデルソンは文字通り街頭で叩き上げられた実業家だ。
小柄だががっしりした体格、赤茶色の髪でどこにいても目立つ。
1933年にボストンの下町に生まれた。父親はリトアニア系ユダヤ人移民のタクシー運転手、母親は縫製の仕事をしていた。12歳の時には新聞を街で売り、16歳でキャンディー販売のビジネスを始めた。
その後法廷筆記人など50以上の仕事に就いたというが、転機は、1970年代に商機が始まったコンピューターに目を付けたことだ。専門情報誌を皮切りに、79年にはラスベガスでコンピューター見本市「コムデックス」を開始。世界から参加者が詰めかけるコムデックスは、世界最大のコンピューター展示企業となった。アデルソンは参加者のためのホテル、そしてカジノをつくり儲けを膨らませた。
アデルソンは1995年、コムデックスを孫正義が率いるソフトバンクグループに売却した。その額は約8億ドル(約844億3155万円)である。孫は大金をはたいて米IT業界に進出し、2016年12月には大統領当選直後のトランプとニューヨークで会った。コムデックス買収を通じて、トランプのパトロンであるアデルソンの友人となるなど、米国で名の知られる投資家になったことが功を奏したのだった。
アデルソンはラスベガスのカジノビジネスに主戦場を移し、99年には15億ドル(約1583億円)をかけて、2つの野球場が入る規模のカジノホールと部屋数7000というホテルをオープンした。マカオなどアジアにも進出し、ギャンブル好きの中国人ビジネスマンらを相手に事業を広げた。アデルソンは、
「アジアにはラスベガスの5倍、あるいは10倍のカジノの客がいる」
とインタビューで語っている。日本の統合型リゾート(IR)事業進出も一時は熱心で、安倍晋三政権に働きかけていた。
3棟のビルの上に船を渡したようなシンガポールの「マリーナベイ・サンズ」は、彼の絶頂を象徴する。1時間ごとに増える資産が100万ドル(約1億500万円)とも200万ドル(約2億1000万円)とも言われた。
金も出すが指示も出す
アデルソンは儲けた金を政治につぎ込んだ。その結果、もっとも露骨に米国の外交を動かす民間人となった。「金も口も出す」だ。トランプ時代は「口」は「指示」にもなった。
ウォールストリート・ジャーナルによると、大統領選と議会選挙・地方選挙が行われた2020年は、総計で70億ドル(約7389億円)近い政治献金があったが、アデルソンは1億8300万ドル(約193億1700万円)を支出してトップである。その対象はトランプと共和党候補者たちだ。16年の選挙でもトランプと共和党に8000万ドル(約84億円)を出している。
政治との接点は、ラスベガスでのビジネスをスムーズに進めるための地元政治家への寄付で始まったが、1991年にイスラエル生まれでホロコースト生存者の親を持つ医師のミリアム夫人と結婚してからは、親イスラエル政策を進める共和党政治家に寄付は絞られた。
民主党嫌いも徹底しており、バラク・オバマ大統領が再選された2012年の大統領選には、「オバマを倒すため」と公言し、元下院議長のニュート・ギングリッチや上院議員のミット・ロムニーら、共和党の大統領候補や議会選候補に合計1億ドル(約105億5600万円)超を寄付した。
イスラエルに若い米政治家を訪問させる計画も始めたが、この頃イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフの熱烈な支持者ともなった。
トランプとの出会い
アデルソンの金を当てにして、共和党政治家たちのラスベガス詣でが始まったが、アデルソンは勝てる候補になかなか出会えなかった。2016年大統領選でも、最初はフロリダ州選出の上院議員マルコ・ルビオを推したが、ルビオは脱落した。
そんなアデルソンが最後にほれ込んだのが、ドナルド・トランプだった。トランプはアデルソンと2016年5月に会談。娘婿のジャレッド・クシュナーが正統派のユダヤ教徒であり、娘のイバンカがクシュナーとの結婚でユダヤ教徒に改宗したこと、アデルソンに気に入られた。
アデルソンはこの選挙で親イスラエル政策の実現を託し、トランプにふんだんに金をつぎ込んだ。2016年の選挙でトランプが当選した後は就任式用として500万ドル(約5億2700万円)を寄付し、就任式で特等席を用意された。2020年選挙でもトランプに莫大な献金をしたことは先述した通りだ。
トランプはこの頃、
「私は個人資産を持っているから、他の候補者とは違って人の金は要らない。支持してくれるだけでいい」
とよく言っていたが、現実は違ったのである。
加えてアデルソンとの接近は、トランプに資金だけでなくキリスト教右派の膨大な票ももたらした。イスラエルを無条件で支持するキリスト教右派は、今の共和党で最大の勢力である。
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