崇教真光ゆるツッコミ

カルト的宗教団体・真光の教義や御守護談にチクッとつっこみます。気まぐれ不定期更新。

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サンフランシスコ地震・2

2014-08-22 06:37:51 | 体験談
 サンフランシスコ・ロマプリータ地震、1989年10月18日。
 サンフランシスコ小道場、組み手Pさんの体験から。

 地震の瞬間、Pさんは一年前にやっと御奉戴のお許しをいただいた御神体のことを考えました。~略~
「ああ、御神体、御神体、私の御神体……」Pさんは大きなショックを受け、真っ青になって六階にある自分の部屋に駆け上がりました。そして息急き切ってドアを開けました──。
 何ということでしょう! Pさんの頬を一筋の感謝の涙が伝います。何ひとつ、全く何ひとつ動いていないのです! 御神体の花瓶の水がほんの少しこぼれているだけで、部屋の外の散らかり様からは全く考えられないほど、何も変わっていないのです──。~略~
 溢れ出る涙を拭おうともせず、Pさんはいつまでも、いつまでも、御神体の前に平伏したままでした──。(真光328号「海外だより」より)


 これを書いたのが体験した本人ではないせいか、えらく芝居がかった大袈裟な語り口になっていますね。組み手の体験談を実際より大仰に書いて機関誌に載せるのは真光の常套手段です。
 さて、これを読むとPさんは御神体のことしか頭にないようですね。ご本人と御神体が無事だったのは良かったと思いますが、人としてはちょっとどうなんでしょう。
 ふつう大地震に遭ったら、まず心配するのは家族やペットや友人知人の無事でしょう。Pさんには家族もペットも友人知人もいないのでしょうか。いるならいるで、その人たちの安否より御神体の方が大切なのでしょうか。
 大切なものは人それぞれですが、真っ先に親しい人たちのことを考えてあげられないというのは、あまりいい生き方をしていないのではないかと思います。大切な人がいないということですから。
 神様も大切だろうけど、この世に生きている以上、生命の危機の際には生身の人間を最優先に考えるようにしないと、いつか人としての道を誤ってしまうかもしれません。組み手さんには気をつけてほしいと思います。
 ところでこの記事では地震があったにもかかわらず御神体が無事だったということを奇跡として書いているようですが、被害の様子を写した写真は掲載されているのに、肝心の“奇跡”を撮った写真はありません。
 いつもそうです。
 機関誌には奇跡体験がわんさか書かれ、写真もたくさん載っているのに、奇跡そのものを写した写真が不思議なほどないのです。
 Pさんのように涙を流して平伏すほどの感動を味わったなら、写真に残す人がいてもいいと思いますが、奇跡体験の数に比べて奇跡の写真は無いに等しく、それ以外の写真ばかりが載っているのです。
 写真のことといい、体験談が不自然に大仰なことといい、かなりのところ話を作っているのではないかと私は思います。
 少なくとも同じ人物が複数の体験談に修正を入れていたのは確かだと思います。時代や記事によって人は代わっているようですが、文体や表現の仕方、句読点を打つ位置、漢字の使い方等、クセが同じなので。他人が修正して都合よく奇跡ということにしてしまっているのではないでしょうか。
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1 コメント

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Unknown (元組み手T)
2014-08-23 21:13:27
私がかつて居た道場は真光原理主義が徹底されており、「何をおいても命よりも御神体をお護りするという想いが無ければ組み手ではない」「災害で被害に遭うのは今まで曇りを積んできた自業自得である」などと幹部は平気で指導していました。


真光被害者の会「真光のニセ御守護談を暴露しよう」http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/3760/1390825225/l50にもありますが、東日本大震災ですら明らかな偽体験談を真光誌に載せており、被災者のお気持ちを踏みにじる行為だと思いました。

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