時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

イタリアの光・オランダの光(8)

2008年06月28日 | 絵のある部屋


Pieter Jansz Saenredam. Interior of the Choir of St Bavo at Haarlem, Panel, 82 x 110 cm. Philadelphia Museum of Art, Philadelphia, Penn., 1631. 

  初めてこの画家の作品に接した印象は、文字通り衝撃的だった。教会の内部であることは分かったが、まるで現代のコンクリート打ち放しの建物のように見えた。しかし、すぐに17世紀前半に描かれた宗教改革後のオランダ、プロテスタント教会の内部であることに気づく。  

  17世紀のヨーロッパ美術に多少のめりこんで見ていると、いつの頃からか画家や作品と宗教の関わりを思うことが多くなった。この時代、精神世界も文字通り大転換期だった。ながらくヨーロッパ世界を支配してきたカトリックの基盤は、プロテスタントの台頭により根底から揺らいでいた。なかでも、ヨーロッパの新教世界の中心的地位を占めるにいたったオランダ(ネーデルラント)の変化は劇的だった。  

  聖像、祭壇画などで埋め尽くされたカトリック教会を見慣れていると、この時期に描かれたネーデルラントの教会画は衝撃としてか言いようがない。教会は社会変化の基点だった。

  この当時描かれた教会の多くは16世紀半ばまでは、カトリック教会であったものであり、長年にわたり祭壇、聖像などの装飾で充たされていた。しかし、80年戦争ともいわれる新旧教対立の間にプロテスタントのものとなり、カトリック色は一掃された。

  1566年、カトリック教会の聖画像を破壊する「偶像破壊運動」iconoclasm によって、ほとんどの装飾は取り払われ、天蓋、壁面も白色に塗り改められた。描かれた教会の多くは、こうした改装なって日が浅いものと思われ、プロテスタント、とりわけカルヴァン派の教会のあるべき姿を具現している。聖像、装飾で埋め尽くされたカトリック教会を見慣れていた人々の目には、今日われわれが感じる以上の壮絶な衝撃であったことは想像に難くない。描かれた教会は、今日訪れてもいずれもかなり大規模なものであり、改修にも多大な年月、費用を要したものと思われる。 

  この時代の教会、市ホールなど建築絵画の専門家として、多数の作品を残しているピーテル・ヤンス・サーエンレダム Pieter Jansz Saenredam (1597, Assendelft-1665, Haarlem)は、精密なデッサンに基づき、きわめてモダーンな印象を与える教会画を描いた。時には実測までしたらしい。15歳の頃からハールレムに移り住み、死ぬまでそこに住んだ。父親は版画家で印刷屋だったらしい。イタリアなど外国へ行った様子はない。10年ほどグレバー Frans Pietersz.de Grebber の工房に弟子としていたようであり、1625年に画家ギルド、聖ルカ組合の組合員になっている。  

  活動した時代は、ほぼレンブラントと同じ時期である。この時代の宗教環境を推察するに貴重な記録である。サーエンレダムは自分の好んだ教会を対象に、鉛筆、ペン、チョークなどによる精密なデッサンに、絵の具で色彩を加え、陰影の微妙な変化を描いた上で、自分の工房で油彩に仕上げたらしい。  

  文字通り、建造物を描いた「教会画」ジャンルの先駆者であり、専門画家だった。画家の作品は50点近くが現存しているが、ほとんどすべてが教会を描いたものだ。アッセンデルフト、ハールレム、アムステルダム、ユトレヒト、アルクマール、ヘルトーヘンボッシュ、レーネンなど、対象が確認できる精確な作品群を残している。作品は実に詳細に細部まで書き込まれ、画家が制作過程に費やした時間と労力を髣髴とさせる写真のごとき見事さだ。ユトレヒトの教会を描いた作品(下掲)など、建築家が職業上、設計のために描いたのではないかと思うほどだ。


  
Drawing by Pieter Janszoon Saenredam  (1597-1665): Interior of the St. Martin's Dom in Utrecht

  とりわけ、画面全体に漂う空気の静謐な爽やかさであり、光と影の微妙な美しさが印象的である。サーエンレダムとその仲間の画家たちは、かつての教会画に特有な宗教性よりも、教会建築が見せるバランスとシンメトリーを重視した。サーエンレダムの作品には教会外部より内部を描いたものが多いが、オフ・ホワイトな天蓋や壁面が作り出す独特の美しさが印象的だ。視線を低いところから上方を見上げる構図で、教会の空間の広さ、壮大さを強調している。教会内にいるはずの人物なども、しばしば描かれず、建造物自体の美しさや雰囲気の再生に力点が置かれている。    

  改革者としてのカルヴァンが考えていたことが、どれだけこうした現実の教会に具現していたかは、必ずしも分からない。しかし、この教会画に見る光と陰影、それらが一体となった斬新なアイデンティティは、新教国として独立したオランダが目指したものであった。中世以来の重厚、華麗な教会を見慣れた人々の目に、この簡素な空間に光が差し込んだ教会は、新生オランダ共和国のあり方を象徴する場として清爽な印象を与えたに違いない。

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