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人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

怪獣ビヒモスを追いかけて(7):「手織り工業」の経済学

2018年09月14日 | 特別トピックス

「19世紀末、繊維工場で働く子供たち」

Mill _hildren, children employed at Coat's of Pausley, in the late 19th century, The Rise and Fall of King Cotton, by Anthony Brown, BBC:1984


Homespun の経済学
ホームスパンとは何かご存知だろうか。今の若い人たちはほとんど聞いたことがないかもしれない。家庭内で行われる織物、家内工業のことを意味することが多いが、日本でも戦後しばらくの間、多くの家庭で母親などが簡単な機械で、小さな毛織物のまフラーなどを作っていた。ここではイギリスの産業革命の黎明期を考えながら、産業革命はどんな条件があればどこに起きるのかという問題を少しばかり考えて見たい。実は「ホームスパン」は、産業革命の発生に重要な意味を持っていることを記しておきたい。これまで何度か取り上げてきた繊維産業を例に、再検討し、覚え書きとして整理することを試みてみたい

考えていることは、イギリスで起きた「産業革命」後、やや安易に「第一次」「第二次」「第三次」「第四次」・・・と使われるようになった「産業革命」なる事象の根源への探索であった。近年、インターネット・テクノロジー(IT) の世界的な展開について第4次産業革命、デジタル産業革命、IT産業革命というようなさまざまな表現、定義がなされているが、その本質、実質的影響・効果については論者によって異なり、不明で納得したがたい点も多い。何が真に「産業革命」という言葉に値するものか。歴史的的出来事の根源に再度遡る必要があるのではないか。すでに長い研究史の上で答えが出ているかに思われる産業革命の意味を、あらためて考え直してみたいと思っていた。

折しも、The Economist 誌(August 4th, 2018) が、’Homespun economics’ と題して、「産業革命は現代の生産性に新たな光を当てるか」とのクイズを提示しているのに出会った。それによると、18世紀のイギリスの女子労働者は1日にどのくらいの量の糸を紡いでいるのかという問いを冒頭で提示していた。こういう問いは、経済史家にとっては、’’(猫に) マタタビ’’のようなもので、学界内ではたちまち大きな議論が始まると茶化している。答は多分1日当たり4分の1ポンドから1ポンドの間だろうとしている。しかし、産業革命の発生要因についての現代的問題は、それよりはるかに意味が深いという。世界経済にとっての重要な含意を持つのは、技術進歩の特徴に関わるものだとされる。なぜ当時高度な技術も備えていた中国やインドではなく、英国に産業革命は生まれたのか。

世紀を越える研究成果があるにも関わらず、産業革命については良く考えて見ると不明なことが多い。いつどこでなぜ起きたか。改めて問われると、答えにつまることが多い。

“Homespun economics” The industrial revolution could shed light on money productivity, The Economist August 45h 2018

出所:蒸気エッセイに付せられたコミック的挿絵
The Economist August 4th, 2017
 

これは単に歴史家の関心事ではない。生産性が低いことは人間の発想力が弱化しているためか。技術を経済成長に転化することに失敗しているためではないか。18世紀イギリスで起きたことは正確にはいかなることで、この問題に光を照射することはできるのか。

「高賃金仮説」
ヨーロッパ諸国の中でなぜイギリスだけが、産業革命に成功したのか。とりわけ最後の点には多くの議論があるが、最近は Richard Allenが提示した”高賃金仮説” high-wage hypothesis が有力になっている。

ロバート・アレンRobert Allen『世界史のなかの産業革命』を読んでみた。産業革命はなぜ最初イギリスで起きたのか、という大問題に対し、「イギリスは高賃金かつ低エネルギー価格で、機械化(労働力→エネルギーの転換)が一見単純だが唯一経済的に割に合う地域だったから」という、穏当だが説得力ある議論が丁寧に展開される。長い論争の一つの到達点でもある。

The British Industrial Revolution in Global Perspective (New Approaches to Economic and Social History)
by Robert C. Allen

アレンの研究は、産業革命当時の高賃金に関する議論の整理をした。きわめて要約しえて言えば、20年以上、アレンはイギリスの産業革命解明の鍵はそれに先立つ時期において、消費と貿易の拡大をしていた点にあると主張してきた。産業革命の初期、イギリスは石炭が安く賃金は高かった。石炭を燃料とする機械を使い、労働者の賃金を抑え込むのは当然ともいえた。

産業革命の黎明期、イギリスでは労働力は高価で、石炭によるエネルギーはきわめて安かった。この労働力には女性と子供が主力として加わっていた。こうした条件はフランスなど大陸ヨーロッパではあまり当てはまらなかった。イギリスの賃金は大英帝国の貿易の成功によって高かった。1780年時点でフランスの起業家にジェニー紡績機を組み立てる説明があっても、彼らは食指を動かさなかっただろうといわれる。
今日見ると工場でそれぞれに与えられていた仕事を忠実に行っていたように見える女性や子供たちの姿だが、改めて産業革命の原動力を考えると、彼女たちが背負っていた別の重みを感じるようになる。現代の感覚で、なんとかわいそうな低賃金労働者と割り切ってしまうのは早計なのかもしれない。

革新の源は高賃金
産業革命の黎明期、英国の労働力は高価であり、石炭エネルギーはきわめて廉価だった。ヨーロッパ大陸では必ずしもそうではなかった。貿易相手国の中国やインドではイギリスと比較し、労働力はさらに安くエネルギーは高価だった。 ホームスパンなどに使われる労働力を蒸気の力で代替することを考えた技術者たちは、どこかでこのことを考えていたのだろうか。彼らが目指したことは、労働生産性を高め、さらに大きな革命・イノヴェーションへ繋がった。工場で糸くずにまみれて働く当時の子供達の画像もその役割や重みを考えると安易には見られない。

 

Robert C. Allen
The High Wage Economy
and the Industrial Revolution: A Restatement
The High Wage Economy and the Industrial Revolution: A Restatement.— M.: Publishing House Delo RANEPA, (Working Paper: Economics).


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