時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

イタリアの光・オランダの光(10)

2008年07月13日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

Honthorst, Gerrit van. Christ before the High Priest, c.1617. Oil on canvas, 272 x 183 cm, National Gallery, London

 大祭司カイアファ(カヤパ)の前に呼び出され、教えについて問いただされているキリストを描いたこの作品、一本の蝋燭が映し出す緊迫した情景である。ホントホルストがローマ滞在時代、最重要なパトロンであった ギウスティニアーニ Marchese Vincenzo Giustiniani のために制作したとされている。ラ・トゥールの研究書にも比較考証のために、しばしば登場するおなじみの一枚だ。 
  
    ラトゥールが徒弟時代を含めて、いかなる修業時代を過ごし、誰から最も多くの影響を受けたかについては、ほとんど謎のままだ。徒弟修業をした工房すら記録はない。しかし、長らくこの画家の作品や生まれ育った風土を辿っていると見えてくるものがある。そのひとつは、キアロスキューロといわれる明暗画法だ。これを最もダイナミックに駆使した画家は、17世紀最初のヨーロッパ画壇に大きな影響を与えたカラヴァッジョである。レオナルド・ダ・ヴィンチが創始者といわれるが、時代環境から見て、ラトゥールがカラヴァッジョから何らかの影響を受けたことだけはほぼ間違いない。しかし、その伝達の経路は霧の中だ。

  ロレーヌのヴィックという小さな町のパン屋の息子に生まれ育ちながら、天賦の才に恵まれた一方、時代の流れにも敏感で、人気のあるジャンルを注意深く選んでいた。同じ主題をさまざまに描き分けたのもそのひとつの選択だった。ヨーロッパの画壇、とりわけイタリアと北方ネーデルラントの動向には敏感であったことが推測できる。ロレーヌという地域自体が両者の中間にあって、二つの文化を取り結ぶ場でもあった。
しかし、いかなる経路でカラヴァッジョなどの画法を学び、体得していったかは不透明だ。画家がイタリアへ行った記録はなにもない。

 17世紀初め、ロレーヌからローマへ行った画家はかなりいたようだが、決して安易な道ではなかった。旅費もかかり、さまざまなリスクも待ち受けていた。他方、北方ネーデルラントへの道は、距離的にはかなり近く、旅もしやすかったと思われる。

 ユトレヒト・カラヴァジェスティの中で、これまで取り上げたバビューレン、テル・ブリュッヘンと並んで数えられるのは、ホントホルストだ。この画家ヘラルト・ファン・ホントホルスト Gerrit van Honthorst (1590, Utrecht – 1656, Utrecht) は、3人の中ではその在世中に最も名声を得た画家であったかもしれない。

 テル・ブリュッヘンがそうであったように、ユトレヒトの歴史画家アブラハム・ブロマールトの工房で徒弟修業をした後、1616年頃、イタリアへ行っている。そして、イタリアに滞在している間に著名な画家として知られるようになった。イタリアではゲラールド・デッラ・ノッテ Gherardo della Notte( 「夜景」のゲラールド)という名で知られていた。カラヴァジェスティの一人として名をなしていた。そして4年ほどの滞在の後、1620年頃にユトレヒトへ戻ってきた。

 ユトレヒトでは、テル・ブルッヘンと共に画学校を始めた。1623年には、ユトレヒト画家組合の長になっている。今日ではラトゥールの作品とされているものの中には、ホントホルストの作品ではないかとされたものもあった。ホントホルストが描いた蝋燭の光の下に照らし出された迫真力ある上掲のような光景は、確かにラ・トゥールときわめて近いものを感じさせる。

 ホントホルストはパトロンには恵まれていたらしい。イングランド王チャールズ1世の姉で、プファルツ選帝侯妃エリーザベトは、領地をハプスブルク家に奪われ、オランダへ亡命した。そして、子供の絵の教師として依頼を受けたホントホルストは、宮廷に出入りするようになった。その後、チャールズ1世が評判を聞くところとなり、イングランドへ招聘される。帰国後もチャールズ1世夫妻、バッキンガム公、プファルツ選帝候などが庇護する画家として、多数の肖像画の制作に追われた。さらにオラニエ公妃アマリアの宮廷画家として、1637年にはハーグへ移り住んだ。



Gerrit van Honthorst Childhood of Christ 1620 Oil on canvas
The Hermitage, St. Petersburg

 この二人の画家の描いたイエスと大工ヨセフの夜の作業場の情景などは、もしかすると同一の画家が時間をおいて描いたのかもしれないと思わせるほどだ。二人は活動した場は異なったが、ほとんど同時代人である(生年はホントホルストが3年早い)。作品の深み、完成度という点から見ると、ラ・トゥールの大工ヨセフとイエスの方が、一日の長がある。しかし、主題の選択、人物の配置、色彩など多くの点で、この時代に共有されていたものが二つの作品に流れている気がする。ラトゥールは、オランダに吹くイタリアの風を感じたのではないか。



Georges de La Tour, Christ in the Carpenter's Shop, 1645
Oil on canvas, 137 x 101 cm
Musee du Louvre, Paris

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