時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

断裂深まるアメリカ(4)

2010年12月19日 | 移民政策を追って



「不法滞在者」といわれる人々
  
外国人(移民)労働者の分類カテゴリーのひとつに、「不法滞在者」illegalsといわれるグループがある。彼らの多くは仕事の機会を求めて、越境してきたとみられる。不法滞在者と見られる人たちは、相手国に入国する際に要求される旅券、査証、身元引受書などの書類を保持することなく、書類の提示を求められる国境線上の税関、入国管理事務所などを回避し、あるいはそれらの書類は保持し、最初は合法的に入国するが、その後は、在留が認められている期限や目的の範囲を越えて、当該国に滞在している。 しかし、現実の世界に入ると、不法滞在する動機などもさまざまであり、近年は「不規則移民」irregular migrants という表現も使われるようになった。しかし、あまり分かりやすい表現ではない。

  前回の事例からも想定されるように、「不法滞在者」といわれる人々の背景はきわめて多様で、客観的な区分も容易ではない。そのため、ある程度多くの事例を蓄積、観察する必要が生まれる。彼らの数が少ない間は注目を集めないが、ある水準を超えると社会的問題として浮上する。

 アメリカに限ったことではないが、多数の「不法滞在者」をそのままの状態で放置しておくことが適切でないとの段階に達すると、多くの国は彼らを国民として受け入れるか、出身国へ送還するかの選択を迫られる。しかし、入国の経緯に大きな個人差がある以上、すべての「不法滞在者」を一括して扱うことは多くの場合不可能に近い。二者択一の扱いはできなくなり、一定のルールの設定と導入、さらに国家形成の思想が問われることになる。

ルールが生まれるまで
 そのために、現実の「不法滞在者」の中から国民が合意できるようなルール・範疇を抽出する努力が必要となる。アメリカあるいはヨーロッパのいくつかの国で、この方向に添った議論が行われてきた。日本でも法務省などでは検討が行われているようだが、国民の間に開かれた議論とはなっていない。当然、国民の多くが関心を抱くにはいたっていない。この点、欧米の移民が多い国では、ある社会的「常識」が形成されてきている。

前回に続き、別の事例を見てみよう。

事例2
マーガレット・グリモン Margaret Grimond の場合

 マーガレットはアメリカに生まれたが、まだ幼い時に母親とスコットランドへ渡った。その後ずっとスコットランドで暮らし、80歳になった時、これまで知らない外国で家族の休暇を楽しみたいとオーストラリアへ旅した。実は彼女にとって、これはイギリスを離れる最初の経験だった。その時、新しく入手したアメリカ合衆国の旅券を使用した。休暇を楽しみ、オーストラリアからイギリスに戻り入国審査を受けると、この旅券ではイギリス滞在は認められない。四週間以内に退去するように指示された。

 彼女はイギリス入管法の扱いでは、これまで「不規則移民」irregular migrant として滞在していたことになる。他方、マーガレット・グレモンはアメリカ旅券を取得したことで、自分がイギリス国民ではないことを知っていた。しかし、イギリスにいる間、その点の変更を求める行動も起こしていなかった。
 
QUESTION
 さて、ここで読者の皆さんに質問をひとつ。 皆さんだったらマーガレット・グレモンにいかなる裁定を下すでしょう。そして、その理由は?
 
 
話を戻すと:
 結果として、彼女のニュースは国際的な新聞種になった。そこに展開した社会的議論の結果が反映して、グレモンはイギリス滞在を認められることになった。多くのイギリス人は、入管法のルールがいかなるものであれ、一部の官僚は別として、これほど長くイギリスに住んだ人を退去させる道徳的不合理さを感じただろう。彼女はたしかに不規則移民ではあったが、この時点まで来ると、そのことは問題ではなくなっている。
   
 グレモンにはイギリスに定住する道徳上の権利が生まれているとみられる。なぜなら、彼女は1)幼い時に両親に伴われてイギリスに入国しており、その時の責任はない。その後イギリスで生育したことで法的立場にかかわりなく、実質的にイギリス国民となっている。2)大変長くイギリスに住んでいた。

 社会的メンバーシップの概念は、イギリス国籍法 British Nationality Act of 1981 で暗黙裏に認められているが、市民権取得への道にはなお多くの制限がある。とりわけこの法律は「領土内で生まれた者はすべて市民とする」(the jus soli rule:出生地ルール) という伝統ルールを否定している(アメリカ、カナダは維持)。市民権の自動的取得は、1)市民の子供たちと、2)永住者のみに限られている。それにもかかわらず、この法律は例外をイギリスで生まれた者のすべてと人生の最初の10年間に成長した者に与えている。イギリスは国と強いつながりを持った者を退去させようとはしなかった。

 BNAの10年ルールは強制的なものだ。しかし他国がその通りにしているわけではない。一般に、その国で生まれてはいないが、子供時代の10年を過ごした者に同じ論理がさらに強く当てはまるとみられる。6-16歳(または8-18歳)の10年は、1-10歳よりも当該国にとっては意味がある。これらの若者に国外退去を強制するのは残酷と考えられる。しかし、アメリカ、EU諸国の多くは今でもこれを要求している。
 
 その国で生まれていなくとも6-16歳という少年に重きを置く理由は、この時期に子供とその地域社会における重要な社会的関係が形成され、対応する教育も行われる年齢であるという点にある。両親がたとえばマーガレット・グリモンをその地に連れてきただけという理由で、彼女をその地から引き離すのは道徳的にも好ましいことではないという考えだ。「不規則な」状態は、幼少の頃に両親に連れられてきた子供にとっては、年数の経過とともに意味が薄れることになる。
 
居住年数の評価
 それと同時に、グリモンの事例の第二の条件、受け入れ国であったイギリスに何年いたかという年数の絶対的な長さが問題になる。不法に入国していても、国外退去を命じるには適当でない年齢が、社会的に生まれてくるのではないか。それでは何年くらいの年数が考えられるか。これはかなり難しい点ではある。ただ、15-20年その地に住めば、入国の際の不法性は十分相殺されていると考えられる。グレモンの場合も、イギリス永住を認めるかの審理が終わった時、彼女は「アメリカに戻っても、知人も友人もだれもいないことを心配していた」と述べている。彼女の場合は、幸い社会的注目を集めたがために、特別の計らいを受けた。しかし、もし注目をひかなかったら、官僚的な手続きで送還されていたかもしれない。
 
 これらの事例を通して、不法滞在者であろうとも、出生国へ送還することが適切であるか否かに関するあるルール作りの輪郭が見えてきた。しかし、現実はさらに複雑だ。引き続いて、事例を見てみたい。
 
 
 この事例および解説は、前回同様 Carens(2010, 8-13)に依拠している。

 

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