奥井みさき、旅の記録と徒然日記

仕事の合間に旅行、旅行の合間に仕事。
フリーライター・奥井みさきの旅日記と、日々思うこと。
札幌からです。

男爵薯発祥の地碑

2020-06-15 05:33:28 | 北海道の旅日記(道北、道南)

 

 

場所は国道5号線(赤松街道)沿い、長万部方面から行くとスーパーアクス七飯店の手前右側にあります。
男爵イモの名前はそのイモを移植した川田龍吉男爵の名前が由来となっています。

川田男爵は1908年に11種類のイモを輸入し試作、アイリッシュ・コブラ―種が北海道に適していることを発見、
それを定着させ“男爵薯”として出荷し全道に広がっていきました。

 

 

 

 

農場の名は『清香園農場』といい、その跡地に建つのがこの碑です。
ちなみにその背後には「宮田清香園(せいかえん)」という果樹園が広がっています。

七飯町には官営の農場「七重官園」がありました。
    → https://blog.goo.ne.jp/okui-m/e/78fac08ac03d304f985ff5fd6934f625

北海道最先端の農業の研究施設があったこともこの地が選ばれた理由かもしれません。

川田男爵は1856年、土佐郡杓田村(現・高知市)生まれ、父は土佐藩士で後の日銀総裁です。
1877年にスコットランドに留学しグラスゴー大学で船舶機械技術を学ぶと共に農業にも関心を持ちます。

帰国後は日本郵船などを経て1906年、経営難だった函館ドック再建のために来道し見事立て直します。
男爵イモを植え付けたのは函館ドック在任中のことになります。

函館ドックを退社後は渡島当別(北斗市)に農場を開き機械化による最新式の農業を営みます。
渡島当別の当地には「男爵資料館」がありましたが現在は閉鎖されています。

川田男爵、なかなか面白い人物ではあります。
続きは明日。

※亀田郡七飯町鳴川1丁目4

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