風の向くまま薫るまま

その日その時、感じたままに。

幻魔と狼男 ~平井和正氏を偲ぶ~

2015-01-19 21:52:07 | 日記




                     




SF作家、平井和正氏の「ウルフガイ・シリーズ」は、私が中学、高校の頃、最も夢中になって読んでいた小説でした。

ウルフガイ・シリーズには2種類あって、中学生の少年狼男を主人公にした「少年ウルフガイ」シリーズと、30歳過ぎの大人の狼男を主人公にした「アダルト・ウルフガイ」シリーズ。主人公の名前はどちらも同じ、「犬神明」。

どちらも好きだったけど、どちらかといえば「少年」シリーズの方が好きでしたね。近い年齢ということもあったし、少年故のガラスのように傷つきやすい、明少年の悲しみに強く惹かれたものでした。

狼男といっても、人を襲うような妖怪ではなく、大自然の「精霊」なんです。人間に絶望しながらも、それでも見捨てることが出来ずにいる、つい助けてしまう。そんな精霊。



初期の平井氏は、「人類ダメ小説」と銘打って、人間の愚かさ、ダメさ加減を告発するような小説ばかりを書いていました。ウルフガイ・シリーズもその一環で、人類のダメさ加減を、大自然の精霊が冷徹に眺めている、」という趣旨だったようです。

しかしこの犬神明“たち”は、ただ冷徹に眺めているだけだったろうか?彼は時に人間の行いに介入し、時にその悲しみを共有していた。彼ら犬神明“たち”は、本当は

人間が好きだったんじゃなかろうか。

それはそのまま、作者平井和正氏の真のスタンスだったような気がします。






                   




平井氏はマンガの原作も多く手掛けていました。

有名なところでは、桑田次郎の「エイトマン」や「エリート」、石森章太郎(当時)の「幻魔大戦」辺りでしょうか。


後に平井氏は「幻魔大戦」をノベライズします。初めのうちこそマンガに沿った展開でしたが、徐々に独自の展開を見せ始め、主人公、東丈(あづまじょう)が主催する幻魔研究会、通称GENKENの物語にシフトして行きます。

実はこの当時、平井氏は某新興宗教団体と関係するようになっており、その影響が相当強かったようです。

GENKENは途中で会長の東丈が忽然と姿を消してしまう。その後、東丈の姉、美千子が中心になって運営されていくのですが、カリスマを失った組織内では派閥争いが起こり始める。この辺の展開は、平井氏が関わっていた宗教組織の顛末とよく似ているんですね。平井氏はどうやら、自身が関わる団体の女性教祖の姿を、東三千子にダブらせて描こうとしていたのではないか、と思われる節があるわけです。

尤も幻魔大戦は完結することなく途中で終わってしまうので、結局どういうつもりだったのか、よくわかりません。いや、その後完結したのかも知れませんが、私はこの路線変更で急速に熱が冷めてしまい、幻魔大戦が一旦終了したのを機に、平井氏から離れてしまいました。

なので、その後のことはよくわかりません。



幻魔大戦はスピ系に多大な影響を与えたと云われているようですが、私自身は単純に小説として楽しんでいただけだったので、これによってスピ系に目覚めたということは、まったくありません。

私は一度だけ、いわゆる「手かざし」系宗教団体と関わりを持ったことがありますが、それは行きがかり上やむを得ないしがらみがあったからで、決して幻魔大戦の影響からではありませんでした。寧ろ、幻魔大戦で描かれていたような派閥争いがやはり行われていて、どんな偉そうなことを言っていても、所詮宗教団体などこんなものなんだなと、嵌り過ぎることをセーブさせてくれた面がありました。

結局その団体には、5年もいなかったんじゃないかな。真面目にやってみたのは最初の2~3年だけ、まあそれでもズルズルとしばらくは居てしまったわけですが、やっぱり幻魔大戦を読んでいたせいか、組織じゃだめだな、というのは思っていましたね。

そういう意味では、私にとっての幻魔大戦は、宗教団体に嵌らずに済ませてくれた、有難い小説だったということは、言えるかも知れません。

人生、何がどう自分に影響を与えるか、分からないものです。




尤も、私をそういう風に「導いて」くれた存在は、もっとずっと、「奥」の方におられたのかも知れませんがね。









                     




平井氏は一般的にSF作家と言われておりますが、科学に根差したような小説は殆ど書いていないはずです。

寧ろ人の心の暗黒面に肉薄した小説ばかりと言って良いでしょう。人の心の闇に潜む魔物が、虎の姿となって人を襲う「虎は暗闇より」とか、「メガロポリスの虎」なんてのもありましたね。

「サイボーグ・ブルース」という小説は瀕死の重傷を負った黒人警官が、サイボーグとなって復活するという話なのですが、物語の要となっているのは人種差別です。どんなに科学技術が発展しようとも、人の心は変わらない、相変わらず人種差別は続いているという、救いようがない小説でしたね。


でもこの方は、どこかで人間を信じたいと思っていたのではないでしょうか。それは犬神明のキャラクターによく表れていたのではないかと思うし、だからこそ某宗教団体との接触により、その面が急速に開花していったのではないでしょうか。

アダルトウルフガイ・シリーズは、犬神明は実は天使だった!という展開にシフトいきますし(「人狼白書」、「人狼天使」等)、宇宙の究極的闇と戦う話だった幻魔大戦は、登場人物たちの心の中の光と闇の戦いへとシフトしていったように思います。

「釈迦もキリストも人間から生まれたのだな」と、平井和正氏はつぶやいていたとか。

人間の持つ「光」の可能性に、目を向けようと、自身のスタンスをシフトさせたのでしょうね。

それはそれで、悪いことではなかった。

某宗教団体との、関わりさえなければ……。





晩年はどうやら、宗教団体との関わりは絶っていたようですが、今、平井氏の魂はどのような状態にあるのだろう?

きっと心根は優しい方だったと思っておりますので、どうか


安らかならんことを。






SF作家、平井和正。平成27年(2015)1月17日、急性心不全の為逝去。享年76歳。

合掌。