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イッピンNHK 「山から生まれた暮らしの道具~秋田・工芸品~」

2023-12-12 09:17:35 | イッピンNHK

 第233回 2019年9月24日 「山から生まれた暮らしの道具~秋田・工芸品~」リサーチャー: 生方ななえ

 番組内容
 東北を縦断する奥羽山脈。その山の恵みが生んだ工芸品が秋田県にある。横手市の山に自生するアケビのツルで作る手提げかごは、丈夫で型崩れしない。800年の歴史を持つ湯沢市の漆芸。地元の漆の木からとった漆だけを使い、1年をかけて塗り上げられる椀は、ほのかに赤みの差す独特の光沢を放つ。また、明治時代に一度途絶えた仙北市の焼き物、白岩焼。よみがえった神秘的な青色に、陶芸家が託したのは、雪解けの風景だった。

*https://www.nhk.or.jp/archives/chronicle/detail/?crnid=A201909241930001301000 より

 

 1.中川原信一さんのあけび籠

 東北では、昔から農作業の合間にあけび、ぶどう、葛、くるみなど山で採れる植物を編んで籠を作り、農作業の他、買い物かごとして使ってきました。

 プラスチック製の籠が普及し、山で採れる植物から作る籠の需要は減り、作り手も減ってきました。
 そのような中、秋田県横手市金沢に住む中川原信一さんは、カゴづくりの名人と称された父のもとで修行を積み、あけびの籠を作り続けています。
 
 その高い技術により、平成15(2003)年全国網み組み工芸展では大賞受賞など民芸関係の数々の賞を受賞されています。

 中川原信一さんは、横手の山で自生したあけびを自ら採集し、奥様の恵美子さんが蔓についた葉や根を丁寧に取り除いて、10日間天日干しします。
 更に室内で2カ月以上乾燥させて、しっかり水気を抜きます。
 これで、あけびの芯の中まで締まっていくのです。

 中川原さんは、編む前に蔓を奥羽山脈の伏流水に浸けます。
 それから、自らの感覚だけで、ふっくらとしたフォルムの籠を編み込んでいきます。
 消耗が激しい持ち手部分は、山の恵みを受けた良質な蔓を使い、しっかりと巻きつけていきます。

 

 2.川連漆器・寿次郎

 800年の歴史を持つ湯沢市の「川連漆器」(かわつらしっき)は、素朴でふくよかな形をし、ほのかに赤みの差す独特の光沢を放っている漆器です。

 「寿次郎」は明治初期に創業した後、代々変わらず、原材料の全てに天然素材を用い、全ての工程を手作業で行い、製造から販売に至るまで一貫して関わっています。

 佐藤史幸さんは石川県立輪島漆芸技術研修所で学んだ後、父・幸一さんの指導を受けながら、作品を作っています。
 そして、「自分で掻いた漆でお椀を塗ってみたい」という衝動に駆られて、地元湯沢産の「漆」を集めてもいます。

 史幸さんは早朝に「漆」を採取します。
 採取出来る貴重な木をなるべく傷つけないように、気を配ります。
 採取後、1年間おいて発酵させます。
 仕上げ塗りに使う半透明の飴色の「漆」を塗ると、質感とワインカラーの光沢が生まれてきます。
 
 塗り始めてから出来上がるまで1年を要しますが、後の世にも「漆」が残っているようにと、史幸さんは仲間とともに植樹にも勤しんでいます。

 秋田・川連塗 寿次郎 秋田県湯沢市川連町字大舘下山王119-3

 

 3.白岩焼窯元「和兵衛窯」

 「海鼠釉」の深い青色が印象的な「白岩焼」は、今からおよそ240年前、現在の仙北市角館町において秋田藩初の窯元として生まれました。
 
 当時秋田藩では鉱山の採掘が盛んで、鉱物の精製時に使う陶製の耐熱容器「ルツボ」を作る技術者として呼ばれた現在の福島県浪江町の「大堀相馬焼」の関係者・松本運七が創始しました。
 その技術は当時珍しいものだったので、角館のお役人は 「この技術を 外に漏らしてはならない」という「他言無用」の証文を、書かせるほどでした。
 
 そんな「白岩焼」でしたが、明治になり藩の庇護を失うと、衰退。
 更には、明治29(1896)年の真昼山地震により全ての窯が壊滅状態となり、わずかに復興した窯も明治33年には窯の火を消してしまいました。
 
 それから70年後、昭和に入って、江戸期の窯元の一人、渡邊勘左衛門の末裔・渡邊すなおさんが、昭和50年に「和兵衛窯」を築窯、白岩焼復興を果たしました。
 
 この頃、「白岩焼」と「樺細工」を訪ねて、民芸運動の柳宗悦と陶芸家であり人間国宝の 濱田庄司が度々同地を訪ねていました。
 昭和49年に当時の秋田県知事小畑勇二郎の依頼により濱田庄司が白岩の土の陶土適正の検査を行うと陶土としての質の良さが判明し、渡辺すなおさんに助言しました。
 すなおさんの夫、渡邊敏明さんが平成5年に登窯を完成させました。
 
 現在、お嬢さんの渡邊葵さんも「和兵衛窯」で制作活動されています。
 水色と赤茶色のコントラストが魅力的なお皿を作っています。

 陶芸家の渡邉葵さんは赤茶色になる部分には赤土が配合された土釉を使い、神秘的な青色は独特の「海鼠釉」で出しているとおっしゃいます。
 この海鼠釉には、「あきたこまち」の籾の灰を混ぜているそうです。
 水色と赤茶色のコントラストで、長い冬が終わり、雪の間から赤茶色の土が見え始める春の到来を表現しているのだそうです。

 白岩焼 和兵衛窯 秋田県仙北市角館町白岩本町36-2

*https://omotedana.hatenablog.com/entry/Ippin/Akita/crafts より


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