


神戸の元町にあるパティスリーグレゴリーコレは大好物のお店です。フランス・ニースの「ホテルネグレスコ」で総製菓長を務めていたフランス人パティシエのグレコリ・コレ氏が腕を売振るうお店です。お得意はチョコレートを使ったケーキには家族一同目がありません。
左下のアプソリュは逸品です。アート作品を思わせる作品は、職業は違えど「こだわり」を持つ手仕事に変わりはありません。このほか、ミルフィーユショコラクリームもお薦めです。お土産にトリュフバニーユを買いました。
そんな匠には及びませんが、知り合いのごふく店から帯留のアドバイスを求められました。画像では見ずらいようですが、台は鼈甲で、四角いカットは珊瑚です。上から桃色珊瑚、赤珊瑚、白珊瑚です。他にダイヤを埋め込んでいます。これからの季節に合いませんし、改良の余地がまだ残っています・・・。


大好きなジャズピアニストんの三上クさんのジャスライブがあります。
三上クニ(WE THREE TRIO)のスタイルは「マンハッタンスタイル」とも言われているようです。3年前にジャストフレンズで生ライブを聴かせていただきました。ベースの弦が切れるというアクシデントがありましたが、スイングとは違う感性の鼓動を感じジャズにハマりました。会場でサインして頂いたCDジャケットです。お気に入りの曲はsummer timeです。

素敵なライブに合わせて着物を合わせてみました。
卵色のリボンレース地単衣にレコード盤柄の
塩瀬帯をコーディネートしてみました。

日 時:5月23日(土) 18:00~
場 所:大川上美良布神社
賛同金:一口2000円(高校生以下無料)
川上さま(大川上美良市神社)
約2千年前、第十代崇神天皇の時代に疫病が流行し、万民が苦しんだとき、天皇は大物主命のお告げによって、大物主命の子孫の大田々称古命に神々を祭らせました。それ以来、疫病が治まり、人々は安心して暮せるようになったと言われています。当神社の主祭神は、この大田々称古命であり、この世にも縁の深い大物主命、活玉依比売命(おおものぬしのみこと いくたまよりひめのみこと)陶津耳命(すえつみみのみこと)陶津耳命(すえつみみのみこと)櫛御方命(くしみかたのみこと)飯肩巣見命(いいかたすみのみこと)美良比売命(びらひめのみこと)などが合祀されています。
当神社は、今から約1500前の第二十代雄に造られました。延喜式の武内社と岩いわれるもので、高知県内では二十一社のひとつに数えられます。

三上クニ ( ジャズピアニスト)
1954年東京生まれ。
日本での音楽活動を経て1975年単身渡米。
バド・パウエル直系のピアニスト。
バリー・ハリス初の日本人生徒として、ビバップ・ス
タイルの薫陶を受ける。1991年から、ライオネル・
ハンプトン楽団に12年間、専属ピアニストとして在
籍し、全米・ヨーロッパ諸国を演奏旅行する。現在は
デューク・エリントン楽団や自己のピアノ・トリオを
率いて全米を中心に活動中。NY在住。
長谷川 明彦 ( ドラム)
池 田 聡 ( ベース)
オーパIWASIRO ( フルート・サックス)

四国山の不入山を源流とする四万十川は、山深い谷間をゆったりと清流が流れ、沈下橋や田畑などの風景は川本来の姿が残されています。美しい清流には集落があり、住民と共生する豊かな自然と川エビ捕り、ウナギ、青ノリ、アユの火振り漁などを楽しむ暮らしが根付いるのです。
日本最後の清流四万十川がどのようにして誕生したのでしょうか。高知県は太平洋に面し四国山脈に遮られ公共交通手段が少ないため、高度成長期やバブル全盛時代にも大きなプロジェクトとは縁のない地域でした。、何とか大企業の誘致をと躍起になっている時もありましたが、気がつけば周回遅れを逆手に取れば、周回後れのトップランナーに躍り出ることで、自然環境ではトップに立つこと栄光が待っていました。また、高度成長期においてダム開発に反対す住民運動が展開したこともあげられます。日本最後の清流をダムのない川に取り戻せることができるでしょうか。

四万十川は決して特別の川ではありません。ひと昔前までは、全国のどこにでもあった普通に川です。
護岸工事で生態系全てを遠ざけ、神戸では三面張りコンクリートの巨大用水路が尊い命まで奪うことになりました。自然と共生できるよう補正予算の一部を河川修復に充てて頂きたいものです。

壮観!川渡しに500匹のこいのぼりが風に舞っています。まさに、空を泳ぐこいのぼりです。
四万十川が最後の清流でなく、あちこちに清流を取り戻していける技術が日本にはあると思います。
単なる観光資源ではなく、第二、第三の四万十川が復活できるようひとりひとりの意識改革が大事です。これからも、小さいときからの環境教育実践を続けていきます。
沖野建築HP http://www.okinokenchiku.ecnet.jp/

京都南座の五月花形歌舞伎小笠原諸礼忠孝通し狂言「小笠原騒動 」に行きました。生憎の雨です。
(配役)
犬神兵部/岡田良助 中村 橋之助
小笠原隼人/奴菊平 片岡 愛之助
小笠原豊前守/飛脚小平次 中村 勘太郎
お大の方/小平次女房お早 中村 七之助
隼人妹小萩/林数馬 中村 壱太郎
良助母お浦 上村 吉 弥
良助女房おかの/小笠原遠江守 市村 萬次郎
(みどころ)
九州・豊前国。小笠原家では、お家乗っ取りを企む執権・犬神兵部(ひょうぶ)(橋之助)とお大(だい)の方(七之助)一味の陰謀により、お大の方は自らの手で実父まで殺める残虐さは、犬神兵部との間に身篭った子を藩主にしようと企んでいるのです。
そんな中、狩りに出た藩主の小笠原豊前守(ぶぜんのかみ)(勘太郎)が白狐を射ようとするのを家臣の小笠原隼人(はいと)(愛之助)は押し止め、また藩政の乱れを意見するが、兵部やお大の方の言いなりとなっている豊前守の逆鱗に触れ閉門を言い渡されます。
兵部は、大望の妨げになると隼人に刺客を差し向けますが、絶体絶命に陥った隼人の前に、最前助けた白狐の化身である奴菊平(愛之助)が現れ隼人を救い出しました。隼人から分家小笠原遠江守(とおとうみのかみ)(萬次郎)への密書を託された召使のお早(七之助)は、その道中で兵部に加担する足軽の岡田良助(橋之助)に殺され密書を奪われます。良助一家は、お早の亡霊に夜な夜な悩まされ、ついに一家心中という結末をむかえます。
最愛の家族を失って、良助はやっと改心することができました。お早が命と引き換えにした連判状と訴状を犬神兵部屋敷から盗み出しますが、妻のお早を殺された飛脚の小平次(勘太郎)とバッタリ出合います。水車小屋で激闘の末、断末魔の良助から遠江守へ届ける兵部一味の連判状と訴状を託されます。
程なく通りかかる遠江守の行列に小平次は直訴した瞬間、一発の銃声が辺り一面に響き、籠の中の遠江守は絶命していまいますが・・・。しかし、影武者であることが判明し、陰謀を企んだお大の方は自害することに。



何度も紹介しましたウールの単衣です。シワにもならず旅行には重宝しました。雨で濡れても洗濯機でOKは嬉しいですね。レースの付け帯と苗色の帯締めだけでは寂しいので石黒香舗の「にほひ袋」をアクセント代わりにしました。本来は、歌舞伎などの観劇は江戸小紋のようなシンプルな着物と染め帯などが基本です。今回の着まわしはお手本にはなりませんが、雨に時や小旅行には便利です。

御所解模様
江戸のオートクチュールの代表格に御所解模様があります。江戸時代後期の模様のひとつで、一面に描かれた風景模様は、着物意匠の「定番」となりました。
四季折々の松、梅、流水、秋草、菊、紅葉などが配された中に、文芸的景物の御所車、松扇、枝折戸が描かれています。長く権力の象徴であった武家階級への憧れや能楽からの物語から題材をとったものもあります。
小袖模様
小袖に付けられた模様もことで、慶長、寛文、元禄模様という特徴があります。
慶長小袖は、刺繍、絞り染め、摺箔を用いることで豪華さが目立ちます。
寛文模様とは、肩にポイントを置くため、模様のない空白ができることで大胆さが目を引きます。
特に絞りを中心に刺繍や摺箔が重宝されています。
元禄模様は、江戸後期に誕生した図形をもとに自由な作風が主となっています。


小袖の模様は、身にまとう人をより美しく見せるものであると同時に、その人の趣味や教養を語るものでもありました。「文様意匠」「色」「技法」は時代を超えて私たちを魅了しているのではないでしょうか。
建築意匠について http://www.okinokenchiku.ecnet.jp/

長らく門外不出であった松坂屋京都染織参考館の総数一万点のコレクションを誇るなかで、門外不出であった江戸時代初期から後期までを綱羅する小袖と、意匠の変遷をたどる上で重要な資料となる雛形と呼ばれるデザイン帳、、調度品、装身具など実に幅広い作品を中心に約300件の名品が大阪市立美術館で初公開されています。



これらの小袖は、色、技法、意匠などに贅が尽くされたものが多く見られ、制作当時の意匠感覚や染織技術を知る貴重な資料といえます。洋画家の岡田三郎助がモデルに着せて描いた品々や、今まで残された当時の小袖のなかでも、逸品中の逸品と名高い「御車花鳥文様小袖」も展示されています。

小袖とは日本の伝統的な衣服の一つで、袖の小さい衣服という意味で用いられてきました。江戸時代になると、華やかな模様や色が好まれるようになり、小袖を身につける女性たちは、呉服屋に好みの小袖を注文し作らせました。小袖には花鳥風月、和歌や物語や名所を思い起こさせる文字や器物、風物を意匠の一部に表すなど、四季の移ろいを大切にする日本人の感性が豊かに独創的に表現されています。

藤の花が見頃になりました。日本には美しい四季に似合う風土と文化があります。着物の柄は季節を先取りしますが、藤の花の振袖を楽しんでください。
振袖の由来
振袖が晴れ着として広まったの江戸時代に入ってからです。特に良家の娘は振りの長い着物を着ていたようです。また振袖にはもうひとつ「長い袖で厄を振り払う」という意味もあります。特に19歳は女性の厄年。さまざまな災難や病気などから身を守るため、長い袂で厄を払いたまえと、神仏に参拝したことが振袖の始まりです。
この習慣が現在の成人式に繋がっています。現在の振袖は、ほとんどが本振袖で袖丈も3尺前後が一般的です。きものの中で最も華麗で豪華な振袖は、結婚適齢期を迎えた美しい女性にふさわしい代表的な装いのひとつです。日本文化を正統に受け継ぐ振袖は生活が多様してしまい、成人式ではじめて着物に接する女性が大半でしょう。雑誌やDMなどで拝見する振袖を否定する訳ではありませんが、正統な職人技をこ後世に伝えていくためには、日本人の手仕事から生まれたものを身につけていくこも大事でしょう。




紹介した新聞エコバックの別バージョンを偶然見つけました。
今日は、実家に車を走らせて物部川の上流にあるコンビニ「パロサントたむら」に寄りました。
心と体にやさしいものを届けたくて・・・・・。
若いオーナーの気配りが嬉しい、お目当ての“とろけるプリン”を購入です!


個数限定生産・オリジナルです。遺伝子組み換えなし、PHF,IPコーン、炭、土壌中菌、オリゴ糖、ニンニク、酵素等を使用し、高波動水を与えた、元気な鶏の卵で、県内のシフォンケーキで有名な某手作りお菓子屋さんでもコレが使われているとか。小さなお菓子ひとつであっても、人の口に入るものを作るのだから、自分が心地よい状態で作ると食べる人も心地よくなるんじゃないか?と思いで作られているのです!!
こちらはお薦めのぼうしパンと手づくりいげのき大楠カラメルクッキーです。
神母ノ木(いげのき)神社にある樹齢500年以上のクスノキをモチーフにしたクッキーは、生地の中に鼈甲アメを閉じ込め、卵は使わずバターでコクを出します。レモンと蜂蜜でサッパリ感を出しています。


パロサントたむら http://www5.ocn.ne.jp/~palosant/
Alla bout 神母ノ木マップ
江戸時代の昔から、物部川を下ってきた物資の荷揚げ拠点として栄え、昭和中期は製繭業が盛んに。
商店街は大賑わいで、料亭が軒を連ねていたという。
平成のいま、高知工科大学に若者が集い、人と情報が交わる拠点として、新しい色が加わりつつあるまち 神母ノ木(いげのき)
時代に応じて姿を変えてきた。
新しいものと古いものが、心地よくブレンドされた「風ふくまち」であなたもどうぞ、ひと呼吸ー。
風呂敷を楽しみましょう・・・・・。
風呂敷は本来、ものを包み、持ち運ぶという日常利用のための布でした。今エコアイテムとして注目されています。環境問題が取り上げられるなか、風呂敷を持ち歩けば究極のマイバッグとして活用できます。また、贈り物のラッピングのように使用したり、お部屋のインテリアとして利用したりなど、重宝されるようになりました。
綿の風呂敷は大きくて丈夫です。

季節の柄を楽しめます。
おりこうさんの風呂敷・・・・・。
四角型、丸型、球体でも、どのような形のものでも包めることができます。洗濯すれば何回でも繰り返し使え、
小さく折りたたむことができて場所をとらず、カバンに入ても邪魔になりません。

びん包みと本(CDなども)包みです。
贈り物に最適・・・・・。
過剰ラッピングにリボンで贈る豪華さが目立つものは、頂いた時は嬉しいですが、そのままゴミに出すには忍びないし、かといって何かの時に使おうと仕舞っておいても結局使わずにいる場倍が多くないでしょうか。
その点、風呂敷だと、季節ごとに風呂敷の柄を選び、包み方にもひと工夫すれば、贈り物を受け取る方も、
喜んでいただけるのではないでしょうか。後は、自由にお任せしましょ!
額に入れてインテリアになるよう季節の柄を選んであげれば、自分も楽しめて得した気分になれそう!!
ひっかけ包み
小輪の花
風呂敷&究極のエコバック・・・・・。
高知県四万十町十和村に道のえき“とおわ”があります。
そこで人気なのが新聞で出来たエコバックです!新聞は地元紙の高知新聞を使用します。古新聞が循環する四万十川方式リサイクルバックです。コンセプトは、何と「包装紙を使わず新聞つこぅたらどうやろぅ?」
「ただ包むだけやとおもしろくないけん」新聞をレジバッグとして再活用する運動を四万十川流域からスタートさせようと新聞紙古紙100%のバッグをつくりました!!


新聞バックの問い合わせは道の駅 とおわまでhttp://www.shimanto-towa.com/rss.php
風呂敷は本来、ものを包み、持ち運ぶという日常利用のための布でした。今エコアイテムとして注目されています。環境問題が取り上げられるなか、風呂敷を持ち歩けば究極のマイバッグとして活用できます。また、贈り物のラッピングのように使用したり、お部屋のインテリアとして利用したりなど、重宝されるようになりました。
綿の風呂敷は大きくて丈夫です。

季節の柄を楽しめます。
おりこうさんの風呂敷・・・・・。
四角型、丸型、球体でも、どのような形のものでも包めることができます。洗濯すれば何回でも繰り返し使え、
小さく折りたたむことができて場所をとらず、カバンに入ても邪魔になりません。

びん包みと本(CDなども)包みです。
贈り物に最適・・・・・。
過剰ラッピングにリボンで贈る豪華さが目立つものは、頂いた時は嬉しいですが、そのままゴミに出すには忍びないし、かといって何かの時に使おうと仕舞っておいても結局使わずにいる場倍が多くないでしょうか。
その点、風呂敷だと、季節ごとに風呂敷の柄を選び、包み方にもひと工夫すれば、贈り物を受け取る方も、
喜んでいただけるのではないでしょうか。後は、自由にお任せしましょ!
額に入れてインテリアになるよう季節の柄を選んであげれば、自分も楽しめて得した気分になれそう!!
ひっかけ包み
小輪の花
風呂敷&究極のエコバック・・・・・。
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新聞バックの問い合わせは道の駅 とおわまでhttp://www.shimanto-towa.com/rss.php
タンスに眠っている着物や、祖母、母、叔母の古き着物を着始めての毎日です。
そもそも、着物って着にくい、面倒なものだったのでしょうか。
きっかけは・・・・・。
祖母、叔母、母親の着物がたくさんありました。しかし、体格の違いでタンスに眠ったままになっていました。
時代はバブル期に入りブランドモノが主流を占めて着る機会ないまま過ごしていました。
大きなキッカケは、子どもが成長し主人の仕事の現場に出るようになってからです。家を建てる棟梁という仕事です。
今の建築工法は様々ですが、主人は材木を金具なして組み合わせる伝統構法の技術を用います。
木は平地では育ちません。
山の斜面で50年ほどかけて生長していきます。例えば、斜面の東西南北では年輪や色なども違ってきます。
棟梁である主人は120本を超える柱に居場所を与える墨付けから家を造っていきます。
その仕事ぶりを見て、生活のなかで物足りなかったもの、自分が探していたものが見つけることができました。
探していたものは・・・・・。
ロハスな暮らしや、和食の見直し、地産地消、無垢屋自然素材の家など風土や文化を見直す動きがあります。
身体を包む衣服についてはどうなんだろうと・・・・。
石油製品で出来た衣服を赤ちゃんから一生身につけることって危険じゃないの?食の安心・安全はあっても
衣服の安全・安心ってなんだろう。不思議じゃないですか。
そもそも日本では、生糸は麻、綿、絹で地域で取れたもので作ることが普通です。
洋服の文化は明治以降100年ほどですが、着物は長い歴史の中で改良されて今の着物に行き着きました。。
高温多湿の島国では、着物で暮すことが健康に一番良いと気付き、普段の生活に着物を着はじめました。
実際に生活してみて・・・・・。
実に楽ですよ!
体にに負担を掛けない、健康な体を作っているというのが実感できます。
具体的には、着物の構造ですね。
まず、どんな着物でも袖部分の脇から下は開いています。襟も若干開けますから、発汗作用のためでしょう。
着物は、体温を巧く調節し人間の五感を刺激するように作られた優れた健康な衣服であると実感しています。
どんな場所で着るの?
私はたいてい毎日着物を着てますが、人それぞれです。休日だけとか、お友達と出かける時に
年に1回でもよいから着てみようと計画を立てることです。
そのために、若い女性に着付けを無料で教えてあげています。昨年夏には、ニューヨークのシャロンちゃんも。
また、着物をお持ちでない方には、私用の中からお好みのものを貸し出して、お金を掛けずに親しんでもらいます。とにかく、「着て出かけよう!!」その精神、それでいいんです。
年に何回か、着物で出かけやすい企画も提供しているので気軽にチャレンジしてください。
お勧めはウールの単衣です・・・・・。
ウールの単衣だと2万以内で購入できます。(仕立てはミシンですが気にしない)
洗濯はネット洗いできます。そして、裏地がありませんが温かいので、真夏6月~9月を除いて着用可能です。
バックも和装品でなく何でもOKです。浴衣でも贅沢すれば仕立て込みで10万円はかかる場倍もあるので、
お手ごろ価格で助かります。左右二通りの着方を紹介します。(金額は帯も含めて3万以内)

昭和20年頃の母親の帯を合わせました。

使用した帯はタイの民芸品でテーブルセンター(¥1500円)です。
帯揚げはバ柄のスカーフ、帯留めもバラのブローチでコーディネートしました。
環境に良い住いとは、健康に棲まうことは・・・・・。http://www.okinokenciku.ecnet.jp/まで
一緒に考えてみませんか。
そもそも、着物って着にくい、面倒なものだったのでしょうか。
きっかけは・・・・・。
祖母、叔母、母親の着物がたくさんありました。しかし、体格の違いでタンスに眠ったままになっていました。
時代はバブル期に入りブランドモノが主流を占めて着る機会ないまま過ごしていました。
大きなキッカケは、子どもが成長し主人の仕事の現場に出るようになってからです。家を建てる棟梁という仕事です。
今の建築工法は様々ですが、主人は材木を金具なして組み合わせる伝統構法の技術を用います。
木は平地では育ちません。
山の斜面で50年ほどかけて生長していきます。例えば、斜面の東西南北では年輪や色なども違ってきます。
棟梁である主人は120本を超える柱に居場所を与える墨付けから家を造っていきます。
その仕事ぶりを見て、生活のなかで物足りなかったもの、自分が探していたものが見つけることができました。
探していたものは・・・・・。
ロハスな暮らしや、和食の見直し、地産地消、無垢屋自然素材の家など風土や文化を見直す動きがあります。
身体を包む衣服についてはどうなんだろうと・・・・。
石油製品で出来た衣服を赤ちゃんから一生身につけることって危険じゃないの?食の安心・安全はあっても
衣服の安全・安心ってなんだろう。不思議じゃないですか。
そもそも日本では、生糸は麻、綿、絹で地域で取れたもので作ることが普通です。
洋服の文化は明治以降100年ほどですが、着物は長い歴史の中で改良されて今の着物に行き着きました。。
高温多湿の島国では、着物で暮すことが健康に一番良いと気付き、普段の生活に着物を着はじめました。
実際に生活してみて・・・・・。
実に楽ですよ!

体にに負担を掛けない、健康な体を作っているというのが実感できます。
具体的には、着物の構造ですね。
まず、どんな着物でも袖部分の脇から下は開いています。襟も若干開けますから、発汗作用のためでしょう。
着物は、体温を巧く調節し人間の五感を刺激するように作られた優れた健康な衣服であると実感しています。
どんな場所で着るの?
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そのために、若い女性に着付けを無料で教えてあげています。昨年夏には、ニューヨークのシャロンちゃんも。
また、着物をお持ちでない方には、私用の中からお好みのものを貸し出して、お金を掛けずに親しんでもらいます。とにかく、「着て出かけよう!!」その精神、それでいいんです。
年に何回か、着物で出かけやすい企画も提供しているので気軽にチャレンジしてください。
お勧めはウールの単衣です・・・・・。
ウールの単衣だと2万以内で購入できます。(仕立てはミシンですが気にしない)
洗濯はネット洗いできます。そして、裏地がありませんが温かいので、真夏6月~9月を除いて着用可能です。
バックも和装品でなく何でもOKです。浴衣でも贅沢すれば仕立て込みで10万円はかかる場倍もあるので、
お手ごろ価格で助かります。左右二通りの着方を紹介します。(金額は帯も含めて3万以内)

昭和20年頃の母親の帯を合わせました。

使用した帯はタイの民芸品でテーブルセンター(¥1500円)です。
帯揚げはバ柄のスカーフ、帯留めもバラのブローチでコーディネートしました。
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