だらだら日記goo編

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遊びをせんとやうまれけん

2005-07-07 23:28:14 | アート・文化
久しぶりのいい展覧会だった。
現代のスローライフの先駆者とでも言おうか、武相荘でも知られる白州正子の回顧展を日本橋高島屋で見てきた。
「かくれ里のひっそりした真空地帯を歩くのがすき」と白州は言う。
だから彼女の集めるのは彼女の眼にかなったものばかり。
ハートリッジ・スクールに留学していたのだから欧米の文化にも造詣が深いだろうが、ゴッホを集めることはしない。
その代わり、長命寺参詣曼荼羅なる、どうでもいいように見えるものを人を介して捜し求めたりする。
だが「伝統を受け継ぐとは過去にしがみつくことではない」と語るごとく、審美眼にかなえばなんでも求める。
たとえば展示品にデルフトの色絵のジョッキがあったし、当時としては前衛の梅原龍三郎も集める。
白州は梅原先生は「心底からのロマンティスト」ではないかと語る。
なるほど、展示されている楊貴妃の絵を眺めるとそんな気もしてくる。
しかし魯山人の器を毎日使っていると聞くとなんとも贅沢と思う。
その審美眼には夫の次郎の影響も強かったのだろう、今回は次郎関係の展示もあれこれある。
なんでも戦後吉田茂の下でGHQと交渉したとかで、startからobjektまで、米国は一直線だが日本はジグザグ思考だとといたり、憲法はあまりに「事務的」過ぎると考えていたり、今の改憲論議を次郎はどう思っていたろうと思う。
トヨタのソアラという車との関係での白州あての手紙があるが、「鶴川村」だけの宛名、これでよく白州に届いたものだ。
しかし今回の最大の目玉はおそらく「織部よびつぎ茶碗」ではないか。
「よびつぎ茶碗」なるものを僕は知らないが、荒川豊蔵が持っていたもので荒川は白州がこの茶碗に見とれている間、「どうだ参ったか」といわんばかりだったという。
おそらくそうなのだ、文化とはこの茶碗がそうである様に、人間のリレーで継承されていくものなのだ、おそらく白州さんはそのことをよくわかっていたのだろう。
そのほか、熊谷守一の「かみさま」「ほとけさま」の字あり、十一面観音あり、ビデオありと盛りだくさん。
今日から「電車男」なるドラマが始まったようで、帰りの電車ではその話題するものもいたが、そんなことを超越した世界がここにはある、18日まで日本橋高島屋にて、東京新聞の主催。